医学界新聞プラス
[第1回] インパクトの高い症例報告を執筆するために
『トップジャーナルへの掲載を叶える ケースレポート執筆法』より
連載 向川原充,金城光代
2023.01.27
トップジャーナルへの掲載を叶える ケースレポート執筆法
臨床で出合った症例を報告するのは,臨床医として大切な役割である――。
一人でも多くの患者さんを助けるため,あるいは医学の発展に貢献するためにケースレポートの執筆は必要である。そう理解しながらも,「この症例は報告に値するのだろうか?」「どうすればアクセプトされるのか?」といった悩みから,二の足を踏んでしまう人も少なくないだろう。 そんな時に手に取りたいのが『トップジャーナルへの掲載を叶える ケースレポート執筆法』だ。臨床医の多忙な業務の合間でも執筆を進められる戦略とは何か。本書では,初学者向けの基礎から,熟練者による指導方法まで,効果的な執筆プロセスを解説する。
医学界新聞プラスでは,本書の「序章」の内容を抜粋し,症例報告の種類と考え方,本書の目的と活用方法を4回に分けて連載していく。
臨床医として日常診療に携わる中,誰もが一度は症例報告(ケースレポート)を執筆したことがあると思います。それは院内の症例検討会としてまとめた症例かもしれませんし,あるいは学会発表や査読ジャーナルへの報告かもしれません。多忙な臨床業務の合間を縫って行うひとつの〈研究〉成果として,臨床医にとって症例報告は,身近な存在ではないでしょうか。
執筆者としてのみならず,読み手としても,臨床医にとって症例報告は身近な〈研究〉手法です。もちろん,症例報告は大規模臨床研究のように質の高いエビデンスを生み出すことはありません。正直なところ,引用されることもあまりないのが実情です。しかしながら,臨床症例をまとめた短い報告は,時として大規模臨床研究以上に臨床医の記憶に残り,鑑別診断を整理するためのパールを提供し,そして日常診療──場合によっては,数時間後の救急外来での診療──にも役立つことがあるものです。また,学生時代に勉強会などの形で,The New England Journal of Medicine(以下,NEJM)をはじめとした,著名な医学ジャーナルに掲載された症例を再検討することも,今では珍しくありません。
私たちは通常,こうした記憶に残る症例報告を,読み手として見ることが多いものです。確かに,著名な医学ジャーナルに掲載される症例報告の多くは,欧米諸国からのものがほとんどです。例えばNEJMの「Clinical Problem-Solving」は,「Case Records of the Massachusetts General Hospital」と併せて多くの医師が講読する症例報告のセクションですが,2022年11月現在,アジアの医療機関からの掲載症例はわずか1例です。Journal of the American Medical Association(以下,JAMA)の「Clinical Challenges」は,短いながらも臨床医として気付きや学びの多いセクションですが,日本からの同セクションへの投稿も,決して多くありません。
ここでは日本からの掲載が少ない理由について,詳細に分析することは控えます。ですが私たちのこれまでの執筆経験を振り返るとき,こうしたトップジャーナルに症例報告を掲載することは,決して夢物語でないことだけは指摘できます。私たちはこれまで,沖縄県立中部病院をはじめとする教育研修病院において,診療や教育に携わりながら,その合間を縫って症例報告の執筆を行ってきました。私たちが症例報告の執筆を継続してきた理由は,ひとえに私たち自身がこうした誌上症例から学び,またその教訓によって臨床で救われることが少なくなかったからです。読み手のひとりとして,私たちは症例報告執筆を責務のひとつとして捉え,目の前の現場から学んだ教訓をより広く知らしめ,注意喚起する方法を日々模索してきました。これらの成果はNEJMの「Clinical Problem-Solving」1),JAMAおよびその系列ジャーナルの「Clinical Challenges」など2-8)に複数掲載されています。日常臨床や教育業務の合間の執筆ですので,1日たった10分さえ執筆の時間を確保できない日も少なくありません。ですがこうした臨床業務の傍ら,これらのジャーナルに症例報告を掲載していくことは,決して不可能なことではないのです。
もちろん,いわゆるトップジャーナルに掲載されることが全てではありません。医師にとって,症例報告執筆の動機はさまざまです。専門医取得のために学会誌に投稿することかもしれませんし,あるいは商業誌への執筆が目的かもしれません。しかしながら,現実として多忙な臨床医が日々必ず目を通すのは,それぞれの領域で著名なジャーナルのみであることにも,留意する必要があるでしょう。いわゆるトップジャーナルに掲載された症例は,より多くの医師に読まれる可能性があるのです。その意味で,私たち自身が普段講読する医学ジャーナルへの掲載を──それも,英文で──目指すことは,現場での教訓をより広く共有するためにも,ある意味自然なことだと言えるのではないでしょうか。
症例報告の種類
ここでまず,症例報告の種類について少し考えてみましょう。症例報告は,大きく以下の5種類に分けられます。
・臨床推論提示型
・クイズ型
・簡易的文献レビュー添付型
・網羅的文献レビュー型
・画像投稿
臨床推論提示型
臨床推論提示型とは,経過を細分化し,診断に至るまでの臨床推論のプロセスを提示するものです。代表的なものにはNEJMの「Clinical Problem-Solving」があります注1が,それ以外にもJournal of Hospital MedicineやJournal of General Internal Medicineなどが,同様のセクションを持っています。症例報告の中では最も長文の部類であり,実際,執筆から掲載までかなりの労力が必要となります。そのためか,ジャーナルによっては執筆プロセスがシステム化されているものもあります。例えばJournal of Hospital Medicineでは,あらかじめ症例の経過や教訓の要点をまとめて提出し,その内容によって,実際に執筆するにふさわしいかが編集部によって判断されます。もちろん,原稿は後に査読されるため,最終的に掲載されない可能性は残ります。ですが,少なくとも全く掲載可能性のない症例報告執筆に時間を費やすことだけは避けられるでしょう。
クイズ型
クイズ型は,臨床経過の途中で読者に選択肢を提示し,次の診断的検査や治療,あるいは臨床診断を選ばせるものです。JAMA系列の「Clinical Challenges」が特に有名です。簡易的文献レビューに基づきディスカッションを執筆するなど,クイズの有無を除けばいわゆる通常の症例報告と大差ありません。投稿に際しては,ジャーナルによってクイズに求めるものが異なることを認識する必要があります。例えばJAMAの親ジャーナルであれば,シンプルな症例は採択されないでしょう。一方でJAMA系列のサブジャーナルであれば,むしろシンプルで教育的な選択肢が求められることもあります。実際私たちの投稿がJAMA Oncologyに掲載された5)とき,編集部が求めていたのは,専門医試験に出題されるような症例と選択肢のようでした。
簡易的文献レビュー添付型
簡易的文献レビュー添付型とは,いわゆる狭義の(私たちが通常イメージする)症例報告です。症例の経過をまとめた後,その領域で鍵となる文献に基づき,症例の教訓を討議します。ほとんどのジャーナルが,この形式で症例報告を掲載していると思われます。なお,JAMA Internal Medicineの「The Teachable Moment」など,筆頭著者を研修医/専攻医などに限定しているものもあります。
網羅的文献レビュー型
網羅的文献レビュー型は,簡易的文献レビュー添付型と比べて,文献レビューの比重が大きな症例報告です。網羅的とはいえ,システマティック・レビュー(Systematic review)の手法に則ることを求められるのはあまりありません。ですが,先行文献を詳細にまとめるなど,症例提示よりも文献解析の比重が大きくなるため,チームとして計画的に執筆を行う必要があります。Lancet系列の「Grand Round」が,その代表例として挙げられるでしょう。
画像投稿
画像投稿は,印象的な臨床画像に100語程度の短い説明を付記する形式です。日本からもNEJMの画像セクションには過去に複数の掲載があります。症例報告とは大きく性質が異なりますが,執筆語数が非常に少なくて済むため,手軽に投稿できるのがメリットと言えるでしょう。
これら5種類のうち,本書で主に扱うのは,NEJMやJAMAなどが掲載する,臨床推論提示型およびクイズ型の症例報告です注2。とはいえ,執筆に向けた考え方は他の種類にも応用できると私たちは考えています。したがって,どのような症例報告を執筆する際も,本書の内容は活用できるはずです。
注1 NEJMは2022年1月にNEJM Evidenceと呼ばれるサブジャーナルを刊行しました。ここには「Morning Report」と呼ばれる,まさにモーニング・レポート(毎朝研修医を対象に,前日入院した興味深い患者の臨床推論を,指導医の指導のもと議論するケース・カンファレンス)をそのまま文字起こししたような形式の論文が掲載されています。NEJM Evidenceの今後の方向性(PubMed収載,インパクト・ファクターなど)は本稿執筆時点では判然としませんが,投稿先のひとつとして検討の余地はあります。
注2 画像投稿については,第1章のコラム(⇒『トップジャーナルへの掲載を叶える ケースレポート執筆法』67頁)にその着眼点を含めてまとめました。
文献
1) Mukaigawara M, et al:A curve ball. N Engl J Med. 383(10):970-975, 2020.[PMID:32877587]
2) Mukaigawara M:Going home, dying. JAMA Intern Med. 176(11):1603, 2016.[PMID:27668403]
3) Mukaigawara M, et al:Diffusely elevated ST segments on electrocardiography. JAMA Cardiol. 1:229-230, 2016.[PMID:27437899]
4) Mukaigawara M, et al:Fever, rash, and abnormal liver function test results. JAMA. 320(24):2591-2592, 2018.[PMID:30489618]
5) Teruya H, et al:Progressive dyspnea in a woman with genital skin lesions. JAMA Oncol. 6(3):433-434, 2020.[PMID:31917408]
6) Yano H, et al:Eosinophilic fasciitis. JAMA Dermatol. 156(5):582, 2020.[PMID:32236499]
7) Yano H, et al:Pruritic rash and diarrhea. JAMA. 325(11):1103-1104, 2021.[PMID:33724306]
8) Oshima T, et al:Chronic Abdominal Pain and Anemia in a 59-Year-Old Man. JAMA. 328(2):198-199, 2022.[PMID:35749111]
トップジャーナルへの掲載を叶える ケースレポート執筆法
アクセプトの鍵は、ロジックと記憶に残るストーリーにある
<内容紹介>症例報告をテーマとした類書はあるが、その多くは掲載されるためのテクニック集であり、指導医の目線から論文執筆の指導法を解説したものはない。本書はインパクトのあるジャーナルに掲載されるための要素(症例の物語性、重層化されたすぐに活かせる学びのポイント、効果的な執筆チーム編成など)を概説し、症例報告を執筆する「考え方」や「方法論」を提示する。
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