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書評
2023.12.18 週刊医学界新聞(通常号):第3546号より
《評者》 市原 真 札幌厚生病院病理診断科主任部長
書評ってもっと冷静に書いたほうがいいですよと言われ
羽田空港に降り立ち,京急にて品川方面へ向かったあの日のことを私は今なお鮮明に覚えている。泉岳寺。長いエスカレーター。壁面の鏡でネクタイを直す。受付で1000円。緩やかな斜面。足早に前方右端の定位置。繰り広げられる喧々諤々の議論と,画像・病理対比。
早期胃癌研究会(人呼んで早胃研)の熱気は私の眼鏡に結露を起こした。私は明かりの落とされた笹川記念会館大ホールの片隅で,ハンディライトで手元の抄録を照らし,読影者のコメントを一言一句書き留めた。旭川のサイトウですけれども。佐久のオヤマですが。広島大学のタナカですけれども読影以前にまず写真のピントについて。病理のワタナベです。最前列でマイク前に立つ人びとの,顔を知る前にまず口調を覚え,それから読影や病理解説の筋道を身につけた。見取り稽古の10余年。消化管形態学はここで教わった。
本書に満ちる気迫と理念はまさに早胃研だ。美しく「物言いたげ」な臨床画像の数々。病変にすぐ飛び付くことなかれ,「背景粘膜」を読み落としては読影委員から愛の鞭を受ける。白色光観察から色素撒布へ,弱拡大から中拡大へ,空気量を変化させながら病変のマクロ形態を「独りよがりではない」読影用語で鋭く読み解き,しかし決して冗長にならぬよう必要十分な時間で述べるべし。時代とともに研ぎ澄まされていく各種の画像強調観察。パターン分類を用いて統計学的に診断名を類推する試みは診断の均てん化に大きく貢献する。しかし,真の「読影者」は,パターン分けでお仕着せの分類を済ませることなく,X線・内視鏡所見から病理組織像がイマジンできるような「意味の濃い読影」で会場を酔わせる。
本書には,早胃研の熱気と知力が脈々と受け継がれている。「腺頸部になんらかの細胞浸潤があれば腺管はヒザカックンを受けたようになって頭が乱れるはずでしょう」。「表層に薄皮一枚非癌の上皮が覆っていて奥に何か液状のものを包んだ構造があるために透明感が出てくるのではないでしょうか」。ああ,他人に薦めたい。しかし,もはや,絶句してしまう。記憶があふれてばかりだ。思い入れがありすぎる。こういうやりとりをずっと聞いて私は育ったのだから。申し訳ない。これは書評ではない。書評をしたい。
「診断へのアプローチ」の日本語がいちいち美しい。「臨床経過」があるから絵合わせゲームではない臨床の厚みが伝わるので素晴らしい。「プラスONEポイント」は卓越したミニレビューの様相であり本書の華である。「鑑別診断の考え方」,ああ,「の考え方」を付け加えた先生はどなたですか? 素晴らしいナッジだと思います。感服しました。
Zoomにより研究会は様変わりし,北の地に住む私が泉岳寺を訪れる機会は減った。一抹の寂しさを埋めてくれたのが本書だ。シリーズ前作(2023年4月増大号)の「基本と応用」に続き,今回堂々と「応用と発展」と冠した先生はどなたでしょうか,エモすぎてエモが渋滞です。書評なんてできないよ。好き過ぎて。
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