医学界新聞

対談・座談会 近藤尚己,平沼仁実,守本陽一,柴垣維乃

2023.12.18 週刊医学界新聞(通常号):第3546号より

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 地域の多様なケアの担い手との連携を深めて患者の社会的課題へ対応する「社会的処方」が,地域医療従事者の間で盛り上がりを見せている。一方で,患者の社会的課題は複合的に絡み合い個別性が高いため,社会的処方のノウハウやメソッドは共有されづらい。今後国内で普及させていくにはどうすればよいか。日本プライマリ・ケア連合学会における「健康の社会的決定要因検討委員会」で副委員長を務める近藤尚己氏を司会に,社会的処方を各地で実践する3氏と共に議論が展開された。

近藤 医療機関において患者の貧困や孤立といった健康の社会的決定要因(Social Determinants of Health:SDH)に対応する取り組みが各地で展開されています。英国の公的医療保険サービス(National Health Service:NHS)がそうした活動を「社会的処方(social prescribing)」と銘打って全国展開を始めたことが発端となり,社会的処方は今や世界各地で盛り上がりを見せています。日本でも活動が活発化する中で,本領域に関心があっても取り組み方がいまいちわからない医療者も少なからずいるでしょう。そこで本日は,社会的処方の実践者である皆さんと共に,さらなる普及に向けた課題などをお話しできればと思います。

近藤 議論を始める前に定義を整理しておきます。「社会的処方」の語が指す範囲は幅広く,議論が錯綜することもしばしば経験します。そこで今回は,医療機関を起点とした社会的処方を「患者の社会的課題を診療現場で把握し,解決が必要な場合に地域と共同して対応していくプロセス」と定義します。日本における社会的処方の在り方を検討した「社会的処方白書」1)では,その手順を①対象者の社会・経済的課題を発見する,②地域社会につなげる,③生活に伴走する,の3段階に分けています。私見ですが,「③生活に伴走する」のは当然ながら医療者だけでは難しく,かつそれは望ましい状況ではないため,医療者が行うべきなのは,通常は①②までと考えます。英国の一部の地域では社会的処方の役割やリンクワーカー(註1)の種類について,①②のような患者さんの紹介をヘルスコネクター,③のようなつながりを創出する活動をコミュニティコネクターと呼び,分けているようです。本座談会でもこの二者は分けて考えるものとします。

 それでは,まず初めに皆さんが行う活動の概要を教えてください。

守本 私は医学生時代から地域診断や健康なまちづくりに関心があり,知人たちと手作りの屋台を引きながらコーヒーやお茶を配りつつ地域住民の健康相談に乗る「YATAI CAFÉ(モバイル屋台de健康カフェ)」を運営していました。その後,総合診療医として活動する傍ら,図書館型地域共生拠点「だいかい文庫」を2020年より開業し,ソーシャルワーカーを配置して,本を軸としたコミュニティ形成と来訪者や医療福祉機関から紹介された方を地域コミュニティにつなげる活動を行っています(写真)。他にも医師として豊岡健康福祉事務所(他の都道府県での保健所に相当)にも所属し,社会的処方モデル事業や重層的支援体制整備事業など,地域の保健医療福祉に関する施策の企画支援なども行っています。

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写真 つながりを創出する取り組みの一例
(左)だいかい文庫,(右)「医師焼き芋」の活動。

平沼 私は家庭医として従事する中で,診察室ではつくることができない健康の存在や,医療の枠を越えて患者さんと関係性を築く重要性を日々実感していました。こうした想いから焼き芋を販売しながら地域の方と健康について気軽に話し合う「医師焼き芋」の活動を2021年より開始しています(写真)。

柴垣 三重県名張市の地域包括支援センターでは,保健福祉に関する身近な相談窓口として「まちの保健室」を市内15か所に設置し,総合相談支援や地域住民の健康づくりをサポートしています。他にも,医師会と地域包括支援センターとの情報連携による患者の社会生活面への支援や,地域住民を対象としたリンクワーカー養成研修などを行っており,全世代における地域包括ケアの実現をめざしています。

近藤 それぞれの手法でつながりを創出していて素晴らしいですね。皆さんの活動は医療機関の枠を越えている点で,ヘルスコネクターの役割に加えて,先に述べたコミュニティコネクターの役割を果たしていると感じました。社会的処方の面白さや醍醐味はどういった点なのでしょう。

守本 メンタルヘルスの不調を抱え不登校になっていた学生が地域とのつながりを持った結果,生き生きした姿になっていくのを経験したことがあります。こうした瞬間を目の当たりにすると,地域のつながりの重要性に改めて気づかされると同時に,社会的処方の面白さを感じます。

平沼 活動を経て感じたことではっきりと言えるのは,私自身が元気になっていることです。診療所で診察しているだけでは出会えなかった人たちとのつながりが,自身の活力になっています。

柴垣 まさにその通り! 社会的処方の面白さは,地域住民だけでなく支援者側である職員も含め皆が元気になっていくことです。地域のつながりを持ってエンパワメントされるには,支援者⇔要支援者という概念を超えていく必要があり,その過程における自由度の高さが社会的処方の醍醐味なのかもしれません。

近藤 英国の社会的処方ネットワークという団体では,社会的処方の活動を進める際に重要な3つの点として,①人間中心性(Person-Centeredness),②エンパワメント(Empowerment),③共創(Co-Production)を挙げています2)。エンパワメントの対象には,患者さんはもちろん医療者(支援者)側も含まれています。医療者のみでできることには限りがあり,さまざまな人とのつながりや関係性によって,できるケアが拡大する。これが,私が社会的処方を知った時に強く惹かれた点でした。

近藤 つながりを創出する取り組みにかかる問題でよく目にするのが,資金の問題に加えて実施者のモチベーションが維持できず活動規模が次第に縮小してしまうことです。ボランティアでの実施が大半であることに起因しますが,活動を継続するコツはありますか。

守本 気負い過ぎず,まずは自らが活動を楽しむことです。YATAI CAFÉの時は市民活動の延長線のような感覚でした。医療者や住民といった活動にかかわる参加者全員で楽しむことを意識し,かつ参加者間でフラットな関係性が形成されていたからこそ,収益が出なくても定期的に活動できていたのだと思います。

平沼 同感です。個人レベルで活動していると有志での参加が前提となるので,無理や強要をしないことを大切にしています。

柴垣 通常の診療業務やプライベートの時間もあるわけですし,活動の規模が大きくなると「やらざるを得ない」感覚になってしまうかもしれません。

近藤 つながりを創出する医療者を集めて,ノウハウを共有する「まちづくり系医師サミット」のような機会があるとよいですね。学会の学術大会などの場で何かできないか考えてみたいと思います。

守本 社会的処方の受け皿となるコミュニティ開発は,実践者が増えていくことが重要です。また,個々の活動内容の多様化や拠点を持ってずっと在り続けることも選択肢として挙げられます。平沼先生は医師焼き芋の今後について,どのような展開を考えていらっしゃいますか。

平沼 現時点では拠点化などは考えていません。たしかに拠点化したほうができることが増えていくかもしれませんが,現状の規模感が心地よいと感じているので,今後も緩く続けていけたらと考えています。

守本 なるほど。受け皿となる市民活動は楽しんでやっていくことで継続できると思うので,運営者が心地よいかは大事な視点です。

近藤 社会的処方を普及させるに当たり,拠点化に加えて話題に挙がるのが制度化の是非です。例えば住民同士のつながりを創出する拠点づくりとしてコミュニティスペースを併設する診療所を最近よく見かけます。そうした医療機関に経済的なインセンティブをつける制度があったらどう思いますか。

平沼 私が始めた活動は「医師焼き芋」と銘打っているものの,できれば医療らしさを消したいと思っているので,医療機関内でそうした交流の促進を行うことには少々懐疑的です。ただし,私のように有志で活動するだけではなかなか全国に普及しないので,このあたりは考え方が難しいですね。

守本 社会的処方の受け皿となるコミュニティの開発や運営にインセンティブがつく制度について,個人的には賛成です。そのような制度があることで,従来は経済的な理由によって医療機関の枠を出た取り組みを始められなかった医療者が,活動を開始するきっかけになるかもしれません。へき地などでは地域資源となるコミュニティが少ない地域も多くあり,診療所の待合室といった井戸端会議の場には受け皿としての存在意義があります。個人レベルで活動を始め,行政や社会福祉協議会などと協働しながら徐々に活動の規模を大きくしていく。そうした医療機関が日本全国で増えていけば,本領域はますます盛り上がるのではないでしょうか。

近藤 ご意見に賛同します。社会的処方を医療制度に組み込むと,地域福祉の活動などを過度に医療化(註2)してしまうのではとの指摘をよく受けます。しかし,私はむしろ社会的処方は脱医療化の手段になり得ると思っています。生活の困り事を抱える患者さんを医療機関だけで囲い込んで対応するのではなく,地域社会の中で面的に支えていければ,ケア全体の質は上がるのではないでしょうか。

 とはいえ,新たに「社会的処方加算」のような診療報酬の仕組みをつくるよりも,まずは現行の制度内でできることを考えるべきでしょう。特に,制度化の文脈においてSDHの要素を考慮すべきなのにされていない加算・算定要件がないかを確認することは重要です。例えば,2018年度新設の「入退院支援加算」では入院早期より生活困窮等,退院困難な社会的要因を有する患者さんに支援した場合に加算が付きます。また,2022年度新設の「こころの連携指導料」は患者の孤立状況の評価に基づき,かかりつけ医が精神科や心療内科に診療情報提供を行った場合に算定されます。つまり,ヘルスコネクターの役割に限定されるものの,社会的処方に関する診療報酬が既に認定(制度化)されていると言えるのです。

 名張市では医療機関から「要支援の患者さんの存在」は共有されてくるのでしょうか。

柴垣 はい。2020年より医療機関と地域包括支援センター間の情報連携を開始し,当初は緊急で公的な制度対応が必要な事例の共有が目立ったものの,今ではいわゆる「社会的処方」的な緩やかにつながりをつくる事例も徐々に増えてきています。今年度から医師会だけでなく薬剤師会や歯科医師会などさまざまな団体と連携しています。

近藤 安定した支援体制に期待が膨らみます。医療者から地域包括支援センター等へ患者さんの紹介を促す金銭的インセンティブの制度について,行政側からはどう見えますか。

柴垣 加算があったら紹介の数自体は増えるかもしれません。ですが,現場としては平時から情報連携できる仕組みが機能していること,顔が見えて支え合える関係づくりのほうが重要だと感じます。

守本 同感です。加算がなくても連携しようとしているのが現状ですし,無理に制度化を急ぐ必要もないと考えます。領域を超えた「いろいろな人とのつながり」によって新たなケアの可能性が生まれることが社会的処方の面白さですから。

近藤 さまざまな地域で試験的に運用しながら,各地に適した取り組みを促すような制度が育っていくと良いと思いました。今後も多様な担い手と共に,多角的に検討していきたいですね。

近藤 さきほどは医療者側へのインセンティブの話が出ましたが,医療と地域とのつながりを促す活動に対して,地域包括支援センターへ補助金やインセンティブが提供される制度があったらどうですか。

柴垣 活動を続けられる財源の確保は重要ですし,「地域の健康につながる大事な活動だ」との認識が職員間で広がる点でも実現したらありがたいです。ただし,金銭面以外にも人材の確保が当センターの課題として挙げられます。つながりを創出する取り組みは自由度が高くて楽しく行うことができる反面,住民との間に信頼関係ができてエンパワメントができるようになるまでに時間がかかります。一つの取り組みを始めても即効性は高くないので,効果を評価するまでにはある程度の期間が必要であり,その間は同じ職員が担当する必要があります。そうなるとどうしても少数精鋭になりがちです。

 ですので,研修は座学でなくフィールドワークで行い,支援の面白さを感じてもらうことを意識しています。マイクロバスを借りて,だいかい文庫を見学するツアーを現在計画中です(笑)。

守本 ぜひ遠足気分でいらしてください! モチベーションを持続させるために,活動や研修の初期段階から堅苦しくない雰囲気にするのは重要です。肩の力を抜いて一人の人として純粋に活動を楽しむ。そのためには,それこそ行政職員が焼き芋を販売しても構わないと思います。

平沼 地域の課題は個別性が高いので同じ活動は難しいのかもしれませんが,焼き芋販売は芋さえあれば気軽に始められるので,初めの一歩の踏み出し方に悩む方がもしいれば,ぜひまねしてほしいです。

柴垣 食に訴求できるのは魅力的です。ですが,活動主体が行政だとどうしても役割や肩書を意識してしまい,専門性の罠にとらわれてしまうのですよね。行政職員というよろいを脱いで市民性を取り戻すのが肝要かもしれません。

近藤 これだけ各専門職の領域が細分化されてくると,「他の専門職の領域侵犯をしてはいけない」といった空気感が生まれてしまいます。しかし今求められているのは,医療や福祉といった各領域が専門性を超えて協力し,全人的なケアをめざすこと。この共通の理解を提供して連携を促すドライバーとして「社会的処方」という用語が注目されているのでしょう。

 まだまだ検討すべきことはたくさんあるものの,本日の議論を通じて社会的処方の可能性を改めて感じました。国内における本領域の発展に向けて,お互いに頑張っていければうれしいです。本日はありがとうございました。

 (了)


註1:医療者から患者さんを引き受けて,適切な場につなげる橋渡し役。日本では医療ソーシャルワーカーや保健師,介護支援専門員などがリンクワーカーの役割を担っているが,他にも担い手となり得る人材は多い。

註2:これまで医療の範囲内で対応してこなかった問題に対して,医療が必要以上に介入すること。社会的処方に関しては,従来は福祉の範囲内で対応していた問題に医療が介入することによって社会福祉士等の負担が増すといった懸念が指摘されている。

1)オレンジクロス.社会的処方白書.2021.
2)Social Prescribing Network. REPORT OF THE ANNUAL SOCIAL PRESCRIBING NETWORK CONFERENCE. 2016.

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京都大学大学院 医学研究科 社会健康医学系専攻 社会疫学分野 教授

2000年山梨医大(当時)卒。05年同大大学院博士課程修了。06年米ハーバード大公衆衛生大学院研究フェロー,10年山梨大大学院社会医学講座講師,12年東大大学院医学系研究科健康教育・社会学分野/保健社会行動学分野准教授などを経て,20年より現職。日本プライマリ・ケア連合学会の健康の社会的決定要因検討委員会副委員長。著書に『健康格差対策の進め方』(医学書院),『実践SDH診療』(中外医学社)など。

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武蔵国分寺 公園クリニック

2007年福島医大を卒業後,河北総合病院に入職する。千葉大病院を経て16年より現職。家庭医として従事する中で医療の枠を越えた患者との関係性の大切さを感じたことから,国分寺市協働事業「こくぶんじカレッジ(こくカレ)」に参加し,21年より焼き芋を販売しながら対話の場をつくる「医師焼き芋」の活動を始める。

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一般社団法人 ケアと暮らしの編集社 代表理事

2018年自治医大を卒業後,公立豊岡病院にて初期研修。学生時代から地域医療に関心があり,屋台を引きながらコーヒーやお茶を配り歩くYATAI CAFEを始める。20年公立豊岡病院出石医療センター総合診療科。同年に一般社団法人ケアと暮らしの編集社を設立し,図書館型地域共生拠点「だいかい文庫」を開設。22年からは兵庫県豊岡健康福祉事務所にも所属し,地域共生社会の構築に尽力する。

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三重県名張市 福祉子ども部 地域包括支援センター センター長

保健師として大阪府大東市役所を経て,2008年三重県名張市役所に入職。18年福祉子ども部地域包括支援センター係長を経て22年より現職。20年度より「リンクワーカー養成研修」に取り組み,地域住民の保健福祉に関する身近な相談窓口である「まちの保健室」や「名張市地域福祉教育総合支援ネットワーク」など重層的な相談支援体制を通して,誰一人取り残されない地域の実現をめざす。

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