医学界新聞

寄稿 中村健一

2023.11.20 週刊医学界新聞(通常号):第3542号より

 分散型臨床試験(Decentralized Clinical Trial:DCT)とは,オンライン治験あるいはリモート治験とも呼ばれる新たなタイプの臨床試験である。従来,患者が臨床試験に参加するには医療機関への来院が必要であったが,DCTでは全くの来院なしに臨床試験への参加が可能となったり(フルリモート型DCT),一部をリモートに置き換えることで来院回数を減らしたりすることが可能となる(ハイブリッド型DCT)。

 がん領域では2019年よりがん遺伝子パネル検査が保険収載されたものの,パネル検査を受けたとしても実際に治療薬へ到達できる患者の割合は9.4%と極めて低い1)。その原因の1つが地方に在住する患者の治験アクセスの悪さである。特に希少がん,希少フラクションの治験は都市部に集中しており,地方在住の患者が頻回に都市部まで通院して治験に参加することには,時間的,経済的,身体的に大きな負担が伴った。DCTは,こうした地方在住の患者における治験へのアクセスを劇的に改善させる手法として期待されている。

 DCTの良い適応となるのは,①アクセス面での制約がある場合(例:患者が遠隔地に在住,高齢者や障害を持つ患者で移動が困難),②患者が医療機関を訪れることがリスクとなる場合(例:コロナ禍での来院),③ウェアラブルデバイスやスマートフォンを介した情報収集が適している場合(例:患者自身が報告するQOLがアウトカムである場合)などが挙げられる。DCTは米国を中心に,移動に困難を抱える精神神経疾患患者等に対して行われてきたが,日本でもコロナ禍を契機に初診からのオンライン診療が可能となり,各領域で試みられるようになった。がん領域でも,2022年より愛知県がんセンターで,医師主導治験によるフルリモート型DCTが開始となり2),23年からは国立がん研究センター中央病院(以下,国がん中央)においても,希少がん医師主導治験に対してフルリモート型DCTが導入された。

 国がん中央で実施しているフルリモート型DCTの仕組みをに示す。従来,地方在住の患者が国がん中央の治験に参加するにはビジットごとに東京まで何時間もかけて通院する必要があった。しかし,フルリモート型DCTではオンライン診療で国がん中央と患者自宅近隣のパートナー施設を結び,患者は東京に来ることなく治験への参加が可能となる。治験参加への同意はeConsentと呼ばれるシステム上でデジタルサインを行うことによってなされ,治験薬(経口薬)は国がん中央から患者宅へ直接配送される。一方,治験で必要な血液検査や画像検査等は患者が自宅近隣のパートナー施設を受診する形で実施し,検査結果はパートナー施設から国がん中央へ共有される。この仕組みにより,患者は自宅近隣を離れることなく遠隔地から治験への参加が可能となる。

3542_0201.png
 国立がん研究センター中央病院で実施しているフルリモート型DCTの仕組み

 なお,このパートナー施設は,「医薬品の臨床試験の実施の基準に関する省令」(GCP省令)39条の2に定められた委受託契約により,検査等を委託された施設との位置づけとなる。つまり治験実施機関には相当しないため,倫理審査を受ける必要はなく,治験責任医師や治験分担医師としてのトレーニングも免除される(委託業務を遂行するためのトレーニングは必要)。またデータ入力は,共有された検査結果に基づき国がん中央で行う。そのため遠隔地への訪問モニタリングが不要となり,モニタリングコストが大幅に軽減できるメリットも存在する。

 こうしたフルリモート型DCTのメリットをまとめると,まず患者にとっては自宅近隣から移動することなく治験への参加が可能となり,治験へのアクセスが劇的に改善する。治験実施機関にとっては日本全国から患者をリクルートすることが可能となり,早期に患者登録を完了できるようになる。また,製薬企業にとっても,早期の患者登録完了により承認時期の前倒しが可能となるほか,登録期間の短縮やモニタリングの簡略化によってコストダウンが可能になるなど,多くのステークホルダーにとってメリットがある仕組みと言える。

 今回の仕組みで導入している主なDCT要素は,eConsent,オンライン診療,データ共有システム,治験薬直接配送の4つである。このうちeConsentとオンライン診療は市販のDCT用システムを利用している。前者については厚生労働省から2023年3月にガイダンスが発出されており3),今後DCTに関連したガイダンスが順次公表されることになっている。一方,市販のDCT用システムには診療予約や医療費決済の仕組みが組み込まれていなかったため,別のシステムを準備することを余儀なくされた。また,遠隔地のパートナー施設から国がん中央へインターネットを介して検査結果を共有するには,医療情報の電子的な取り扱いを定めた3省2ガイドラインを遵守する必要がある4, 5)。しかしながら,今回の仕組みに適した市販のデータ共有システムが存在しなかったため,インハウスで独自のデータ共有システムを構築する必要が生じた。結果的に複数のシステムを組み合わせた手順とせざるを得なかったわけだが,DCT実施に必要な要素がオールインワンで揃ったシステムが開発され,さらにそのシステムに合わせた標準的な手順が整備されれば,今後各医療機関における導入が容易になるであろう。

 今回提示した仕組みは,理論的にはパートナー施設が海外に存在する場合でも可能である。実際,この仕組みを海外へ拡張するために,タイをはじめ,いくつかの国と交渉を行ってきた。拡大に当たっての最大の障壁は,国境を越えてオンライン診療を行うには現地国の医師免許が必要という点であった。タイ保健省と最初に交渉を行った際にも,日本の医師が日本からオンライン診療を行うにはタイの医師免許が必要という説明を受けた。

 しかし,DCTにおけるタイ側のメリットを関係各所へ粘り強く働きかけた結果,2023年6月にタイ保健省と国がん中央との間で,国境を越えたDCT推進のための協力覚書を締結するに至った。この覚書にはDCTを担当する国がん中央の医師にtemporary medical license(臨時医師免許)を発行することが含まれており,国境を越えたDCT実現に向けた最大の障壁が取り除かれた。現在はタイ側のパートナー施設を決定し,登録開始に向けた準備を進めている。

 今回紹介したフルリモート型DCTの1例目は希少がんに対する医師主導治験であるが,同時に来院とリモートでのオンライン診療を組み合わせるハイブリッド型DCTの準備を,企業治験や特定臨床研究で進めている。DCTは患者や治験実施機関,パートナー施設,製薬企業等,多くのステークホルダーにメリットのある仕組みであり,今後事例が増えることが見込まれるが,そのためには効率的なオペレーションを可能にする統合型のシステムの構築と手順の標準化が不可欠である。特に施設間でのクラウド上のデータ共有とモニタリングの簡略化は,今後の治験DXの本丸であり,日本全体での取り組みが期待される。


1)厚労省.がんゲノム医療中核拠点病院等の指定について.2023.
2)Cancer Sci. 2023[PMID:36971104]
3)厚労省.治験及び製造販売後臨床試験における電磁的方法を用いた説明及び同意に関する留意点について.2023.
4)厚労省.医療情報システムの安全管理に関するガイドライン 第6.0版.2023.
5)経産省,総務省.医療情報を取り扱う情報システム・サービスの提供事業者における安全管理ガイドライン1.1版.2023.

3542_0202.jpg

国立がん研究センター中央病院 国際開発部門長

1999年京大医学部卒業後,関連病院で7年間外科医として勤務。2006年より国立がん研究センター中央病院で日本臨床腫瘍研究グループ(JCOG)の運営・管理に当たる。15年には同院で医師主導治験の支援部門を立ち上げ,日本最大規模の支援機能を有する組織を構築。20年より現職。アジア臨床試験ネットワーク構築やDCT実装,治験に関する規制要件の政策提言等を行う。横市大および広島大客員教授。

開く

医学書院IDの登録設定により、
更新通知をメールで受け取れます。

医学界新聞公式SNS

  • Facebook