医学界新聞

寄稿 松丸実奈

2023.10.23 週刊医学界新聞(看護号):第3538号より

 毎日の生活に医療的ケアが必要な,「医療的ケア児」と呼ばれる子どもが全国には約2万人います。そして「医療的ケア児」とひとくくりにされるものの,その一人ひとりに家族がいて,毎日の生活があります。医療的ケアが必要でも,ベッドで過ごすだけでなく子どもらしい当たり前の毎日を楽しむこと,家族も一人の個人として自分の生活を楽しめるようになることが大事です。しかし,実際には医療的ケアを必要とする子どもたちが新しい経験をする機会は少なく,その家族も余裕なく日々の生活に追われているのが現実です。

 私たち「にこり」は2016年から福岡県で活動を開始しました。医療的ケア児や小児がん患児などの在宅医療を必要とする子どもたちを対象とした 「小児の訪問看護ステーション にこり」と「こどもデイサービス にこり」の活動をもとに,2018年9月からNPO法人として活動し,現在は相談支援,居宅介護,福祉有償運送などの各事業に加えて,喀痰吸引研修,介護職員初任者研修,保育所等訪問事業を通して医療的ケア児と呼ばれる子どもたちの包括的な支援を行っています。さらに2020年からは育児に悩んでいるお母さんや,「社会的ハイリスク妊婦」と呼ばれ子どもの養育環境に課題がある家庭のサポートを行っています。

 訪問看護とは看護師などが居宅を訪問して,主治医の指示や連携により行う看護 (療養上の世話または必要な診療の補助)です。病気や障害があっても,医療機器を使用しながらでも,自宅で暮らせるように多職種と協働しながら療養生活を支援する事業で,医療保険では訪問看護師がケアできるのは居宅(自宅)に限定されています(つまり,自宅以外では利用できません)。

 一方,福岡県では全ての医療的ケア児を対象として市町村の福祉サービスとして長時間利用できるように「医療的ケア児在宅レスパイト事業」が2019年度に補助事業として開始されました。また,医療保険では自宅に限られる訪問看護の派遣先が,「自宅以外の場所を含む」と明記されました。この「医療的ケア児在宅レスパイト事業」では,訪問看護料(1時間当たり上限7500円)を,県と医療的ケア児が居住する市町村が2分の1ずつ負担し,訪問看護ステーションなど事業者側に支払う制度となっています。県内の自治体によっては利用できない地域もありますが,にこりの活動地域である北九州市では2020年10月より開始され,現在は年間48時間まで利用可能となっています。

 この「医療的ケア児在宅レスパイト事業」は年間48時間,つまり1年間365日のうちわずか2日間分しか使えません。それでも,医療的ケア児とその家族にとって大きな助けになっています。この事業を使って,訪問看護師が外出のサポートをすることで,家の外に出る第一歩を踏みだしたり,きょうだいと一緒に運動会に参加したりできています。

 実際に,この在宅レスパイト事業を使った事例を紹介します。人工呼吸器が必要な“せなちゃん”と,近隣の消防署へ遊びに行きました。呼吸器を使っている子どもに慣れていない消防隊員の方に実際抱っこしてもらうと,最初は戸惑っていたのですが,次第に「うちの子と同い年です」「どこにお住まいですか?」など救命救命士さんが声をかけてくれるようになりました。

 医療的ケア児支援法案が2021年に成立し,今後はこうした社会制度が全国的に整っていくことが期待されます。ただし,それだけでは不十分です。子どもたちが地域で育つには,家族だけでなく,地域全体で子どもを育てる必要があるのではないでしょうか。人は知らないことには残酷になれますが,知れば優しくなれます。「医療的ケア児」とその家族が地域で楽しく生活するためには,何より地域の人にその存在を知ってもらうことが大事だと考えています。

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写真 医療的ケア児在宅レスパイト事業の一環で波津海水浴場へ(福岡県遠賀郡岡垣町)
子どもたちに願い事があるとき,「医療的ケアが必要だからできません」ではなくて,「どんな工夫をしたらその思いをかなえられるのか」を考えて,にこりは行動してきました。それが,子どもたちの可能性を広げるきっかけになることを信じて。

 日々の生活に医療が必要な子どもたちとその家族にとって,家の外への移動は大変なことで,病院の受診も簡単ではありません。人工呼吸器などのさまざまな医療機器の運搬,気管吸引などの医療処置などが必要となるため,移動の際には家族だけではなく医療従事者を含む複数人がかかわる必要があります。そのため移動することをあきらめることが多く,災害の時ですら自宅から避難することをあきらめている家庭も少なくありません。さらに健康な子どもたちと同じような屋外での経験もできず,通学も制限され,病院受診の際には両親ともが休暇を取る必要があるため,家族の就業継続も困難となります。

 移動に支援が必要な人に対する障害福祉サービスとして移動支援事業があります。しかし医療的ケア児を対象とした,医療行為ができる複数のスタッフが必要となるような場合は想定されていません。現行の制度設計では不採算事業となるため,医療的ケア児を対象とした移動支援事業に参入する民間事業者は少ないのが現状です。

 にこりは2018年より,同法人の医療・福祉サービスを利用している人に限定して移動支援事業を行ってきました。加えて,移動支援事業の対象と認められない移動に関しては福祉有償運送(にこりタクシー)として対応しています。福祉有償運送とは,タクシーなどの公共交通機関では要介護者や身体障害者などに対する十分な輸送サービスが確保できないと認められる場合に,NPO法人などが実費の範囲内であり,営利とは認められない範囲の対価によって,乗車定員11人未満の自家用車を使用して行う個別輸送のサービスです。

 にこりタクシーが誕生した裏側には,交通事故で中途障害になり,病院で長期間入院した医療的ケア児の存在があります。「好きだった魚釣りに行きたい」という本人の口に出せない希望と家族の願いをかなえるために,にこりタクシーを始めました。

 最初はたった1人の外出をサポートするために始まったにこりタクシーも,今では多くの医療的ケア児の受診のサポートとして利用されています。そのため,にこりでは看護師やヘルパーだけでなく事務職も含め,多くのスタッフが福祉サービスの運転手として移動支援できるよう,福祉有償運送の資格も取得しています。この実績が認められて,北九州市以外の市町村でも福祉有償運送事業が可能となりました。さらに,2023年度からは北九州市の医療的ケア児の通学サポート事業の協力事業者として,通学のサポートを開始しています。

 私たちNPO法人にこりの活動は,「目の前の子どもと家族の当たり前の願いをかなえていく」ために必要な事業であり,一つひとつの事業が始まった背景には子どもたちの物語があります。家族に「大丈夫だよ。一緒に悩み,一緒に笑いながら,ゆっくり子育てしていこう」と言える伴走者が必要だと日々実感しています。

 医療的ケア児の支援政策の中心を担うこども家庭庁が2023年4月に発足しました。子どもと家族が本当に望んでいることが政策立案者に届いて,医療的ケア児とその家族を取り巻く環境が「医療的ケア児支援法」の提唱する理念に近づくことを期待しています。医療的ケア児をサポートしている私たちも,子どもたちの日常を発信し続けたいと思います。


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NPO法人にこり代表/看護師

1978年福岡県生まれ。2016年に友人の子どもが出生時の障害により医療的ケアが必要となったため,退院後のサポートを行う小児専門の「訪問看護ステーションにこり」を開設。18年にはNPO法人を設立。デイサービスや福祉有償運送などの医療的ケア児に対する包括的な支援を展開するとともに,20年からは産前産後に特化した訪問看護,産後ケア事業も行っている。

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