医学界新聞

対談・座談会 國井修,大曲貴夫,斎藤浩輝,南宮湖

2023.09.04 週刊医学界新聞(通常号):第3531号より

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 COVID-19の世界的なパンデミックによって,ワクチンや診断キット,治療薬といった感染症危機対応医薬品等(Medical Countermeasures:MCM)を早期に開発する重要性が改めて認識された。コロナ禍では世界各国で大規模な臨床試験が行われ,MCMが早急に実用化されたものの,本邦では諸外国と比較して速やかに開発が進まなかった実態がある。

 そうした状況下,2023年5月13~14日にG7長崎保健大臣会合が開催され,パンデミック時における国際社会の医療協働体制の在り方が議論された。新たな感染症がいつ流行するか予測できない中で,日本はMCM開発にどう貢献できるのか。グローバルヘルス領域のトップランナー4氏による座談会から,パンデミックの迅速な収束を実現するためのヒントを探る。

(企画・編集協力=医療法人明正会/Allm Inc./東北大学・神代和明氏)

斎藤 COVID-19の感染拡大を収束させるために海外ではワクチンや治療薬が迅速に開発された一方で,日本では研究開発が速やかに進みませんでした。国内における研究開発体制が改善されなければ,次のパンデミックに対応できない可能性があります。迅速にパンデミックを収束させるために国際協働で進行するMCMの開発に,日本は今後どう貢献していけばよいでしょうか。本日は,コロナ禍でみえた国内の感染症領域における臨床試験・研究体制の課題を中心に議論したいと思います。

斎藤 コロナ禍においては,「国際的に懸念される公衆衛生上の緊急事態(PHEIC)」を2020年1月にWHOが宣言してから1年以内にワクチンが開発されました。従来のMCMの生産体制を考えると類を見ない早さと言えます。なぜ早期開発が可能だったのでしょうか。

國井 政府と研究機関,ベンチャーや製薬企業などがタッグを組み,大規模な臨床試験体制が世界各地で敷かれたことが最大の要因でしょう。臨床試験や承認審査が効率化されたことで,ワクチンの早期開発につながりました。

 パンデミックの収束に向けた迅速なMCM開発の重要性が認識されたことを受け,2021年に英国で開催されたG7サミットでは「100 Days Mission」(MEMO)が提言され,実現に向けた行動計画が示されています1)

大曲 今年の5月にはG7長崎保健大臣会合が開催され,研究開発の加速化や発展途上国を含めた全ての人への公平なMCMアクセス体制の構築が話題に挙がりました。日本でもワクチンをいち早く生産したかったものの,海外に比べ早期の実用化はかなわず,国内で接種するワクチンは輸入に頼ることとなりました。諸外国と比較して,MCMの開発では日本は後手に回っています。

斎藤 日本ではなぜ研究開発が遅れたのでしょう。

大曲 これまでのパンデミックでは感染者の隔離といった公衆衛生上での拡散抑制が優先され,MCM開発を同時並行で早期に行う必要があると臨床現場で強く意識されてこなかったからです。そのためコロナ禍においても,研究開発に必要な試料やデータを臨床現場から集めるのに時間がかかってしまいました。

南宮 私はコロナ制圧タスクフォースのメンバーとしてCOVID-19の重症化にかかわる遺伝子の解析を行い,全国からおよそ6500検体を集めたのですが,その際に検体にひもづく臨床情報を集めるのが何より大変だと感じました。日本には患者の発生届をオンライン上で報告できる新型コロナウイルス感染者等情報把握・管理支援システム(HER-SYS)があるにもかかわらずです。同システムで集めた臨床情報は研究開発には使用できませんでした。次のパンデミックまでに,臨床と研究が共通して使用できるデータ基盤を整備してほしいです。

國井 まずは国内の臨床試験を含めた研究開発体制において,理想と現実の差を埋めるのにクリアすべき課題を洗い出す「ギャップ分析」が必要です。MCM開発の中心的役割を担うべき臨床研究中核病院では必須でしょう。臨床対応をしながら研究開発も行うのは容易ではありませんが,「次のパンデミック時には自分たちが新薬を創る」との意識を持ってほしいですね。

大曲 同感です。内閣官房新型コロナウイルス感染症対応に関する有識者会議(座長=自治医科大学・永井良三氏)による「政府の新型コロナウイルスパンデミック対策に関する意見書」で政府の対応や保健・医療の提供体制が適切であったかが検証されました。これを踏まえた上で,研究開発の詳細についてのギャップ分析が必要であると思っています。國井先生のおっしゃるように,迅速なMCM開発を実現するために,まずはここから始めるべきでしょう。

南宮 ギャップ分析を行う際に,MCMの開発が早かった他国を参考にするのも一手です。研究開発が早かった他国の事例はありますか。

國井 迅速診断キットなら,例えば韓国です。韓国はアフリカを含めた海外に早期開発した迅速診断キットを輸出して,国際貢献をすると共に利益を上げました。将来のパンデミックに向けて,ワクチン開発や製造でも国際展開しようと現在,国を挙げて努力しています。

大曲 韓国は中東呼吸器症候群(MERS)が初めて確認された2012年以降,産官学が連携したMCMの研究開発プラットフォームを構築していました。日本でも同様の体制が整備されることが望まれます。

斎藤 COVID-19感染拡大当初,米国では行政のみならず民間企業が早々に検査体制のネットワークに加わったことで,医療現場で対応可能な検体の量が増え,検査にかかる時間が格段に短縮されたと聞いています。MCMの開発体制に民間企業を巻き込む視点も重要です。

國井 重要というより必須でしょう。老舗の製薬企業だけでなく,新技術を持つベンチャーにも加わってもらい,開発速度と成功率を上げる必要があります。

 一方で民間企業を巻き込むには収益,または少なくとも損失を補うようなインセンティブも必要です。売上が見込めない,もしくは大損失を被る可能性が高い中では,民間企業の参入は望むべくもありません。

斎藤 短期間でのMCM開発では,国立感染症研究所といった公的機関が中心となりつつも,研究の質・量が保証された複数の民間企業と協働しながら開発を行います。パンデミック時は各機関が臨床対応に追われているため,そうした臨床試験体制を一から組もうとしてもなかなか難しいと思います。ですので,“平時”から迅速な臨床試験・研究が可能な体制を構築しておく必要がありますね。

斎藤 そのためには,試料やデータ収集の点で医療者の協力が欠かせません。平時からの備えとして,日本の医療現場に求めることは何でしょうか。

大曲 「研究開発のプレーヤーに現場の医療者は含まれる」との認識を浸透させることです。なぜなら,例えばワクチン開発であれば,ウイルスを抽出する検体を,どのような症状の患者から採取したのかといった臨床情報も意味を持つからです。

南宮 加えて,海外との共同研究に積極的に参加する臨床医を増やすことも平時からの備えとして必要でしょう。共同研究時に得られる,同じ目標に向かって各国の臨床医が切磋琢磨する感覚は,パンデミック時にMCM開発を海外と競い合うのと同様のマインドであり,この体験は研究開発のモチベーションを高めてくれます。その結果,パンデミックが起こった際に「MCM開発において日本がイニシアチブを取る」との意識につながるのです。

斎藤 医療界全体で「海外との共同研究に積極的に参加したい」との機運が高まってほしいですね。その結果,パンデミック時の速やかなMCM開発に関して当事者意識を持った医療者が増えることを期待しています。

國井 施設間での情報や試料の共有を素早く行える体制を組んでおくことも重要です。特に迅速な情報の収集・分析・発信は危機管理にとって必須でありながら,コロナ禍では中央と地方,行政と医療機関など組織間の情報伝達が迅速・円滑だったとは言えません。危機管理におけるリスク(クライシス)コミュニケーションは専門性と経験が必要な分野ですので,同分野の人材育成も平時からすべきです。

南宮 確かに行政と現場とのコミュニケーションはうまくいきませんでしたね。感染拡大時,感染者の取り扱いに関する通知文書などが,厚生労働省から連日届いていたものの,臨床対応をしながら文書に目を通す時間はなかなか取れませんでした。しかも,わかりやすく端的にまとめられていれば理解も早かったのでしょうが,実際はそうではなかった。さまざまな議論がなされた上での通知だとは理解しつつも,現場との温度差を感じました。

國井 行政からの情報や指示は,ユーザー側の視点に立って簡潔,明瞭,迅速に伝達される必要があります。これもリスク(クライシス)コミュニケーションの要点のひとつです。

斎藤 ここまでの議論で「グローバルな視点を持った臨床医をいかに増やしていくか」が論点に挙がりました。グローバルヘルス領域の人材育成に関して,皆さんが感じている課題は何ですか。

大曲 感染症医が活躍する領域が広がってきていることを次の世代に示す点です。コロナ禍では院内での感染症診療・感染管理は当然として,ワクチン・治療薬の研究開発や行政との連携,海外との共同研究など,感染症医には幅広い活動範囲が求められました。私としてもそうした感染症医としてのロールモデルを次世代に示しきれなかった反省があるので,後輩たちに今後の感染症医の可能性を伝えていきたいです。

南宮 次世代の教育は重要ですよね。私も将来的には,基礎研究の成果を医療現場で実用化することをめざしたトランスレーショナルリサーチに,自施設に限らず日本中の若手を起用して,海外でOJTできる機会を創出できたらと考えています。

斎藤 グローバルヘルスに貢献できるポストを大学や病院などさまざまな機関で確保しておくことも重要ではないでしょうか。臨床医・感染症医の活躍の場がこれだけ広がっているにもかかわらず,海外との共同研究に日本から参加できるポストは依然として少ないままです。

南宮 グローバルヘルスにかかわりたい医療者は,国立国際医療研究センターといった公的機関での勤務を志すことが一般的な従来のキャリアパスでした。一方で次のパンデミック時に各機関が連携しやすくするためには,国際的な視点を有する人材が多様なセクターに在籍していることが不可欠です。グローバルヘルスに貢献できる医療者の絶対数を増やしていきたいです。

國井 同感です。今後はもっと多くの方々にグローバルヘルス分野で活躍していただき,「健康危機から世界を守ることは日本の臨床現場にとってもメリットがある」と感じられるようになってほしいです。

國井 将来への対策を立てるには「タテ・ヨコ・そろばん」が重要です。タテは歴史から学ぶこと,ヨコは海外の対応から学ぶこと,そろばんはデータやエビデンスから学ぶことを意味します。コロナ禍での経験や諸外国の対応を踏まえて,次のパンデミックまでに次世代の医療者に伝えたいことがあれば教えてください。

大曲 COVID-19の症状や疫学的特徴を感染拡大早期にまとめたChenらの報告2)は,その速報性と希少性から世界中の論文に引用されました。新興感染症の流行時は,発生早期からの臨床情報の収集が重要なため,研究開発を「自分事」としてとらえる医療者が増えることを期待しています。

斎藤 諸外国と日本の対応を比較した際に,医療機関や行政,自治体,保健所,民間企業などさまざまなステークホルダーのつなぎ役となる存在が重要だと感じました。今後はそうした役割を担えるポストが増えて,国内の臨床研究を引っ張ってほしいと思います。

南宮 若い臨床医が積極的に海外との共同研究に参加して,最先端の知識やノウハウを学んで日本に持ち帰ってくれたらうれしく思います。慣れないうちは気後れしてしまうかもしれませんが,共通した研究目標に向かって試行錯誤することはこの上なく楽しい経験だと伝えたいです。

國井 コロナ禍から得た教訓や学びを具体的な提言や行動計画に移して,今後の臨床試験・研究体制を前進させていってもらいたいです。次のパンデミックでは100日以内にMCMを開発する。それを目標に皆で頑張りましょう。

(了)

新興感染症の流行時において,「国際的に懸念される公衆衛生上の緊急事態」をWHOが宣言してから100日以内の有効なワクチンの承認や治療薬の開発をめざす国際目標。COVID-19の感染拡大を受け,2021年6月11~13日に英国で開催されたG7サミットにて提案された。臨床試験の承認までの時間短縮など,WHOや感染症流行対策イノベーション連合(CEPI)といった国際機関が2026年までにクリアすべき課題が示されている。


1)G7. 100 Days Mission to respond to future pandemic threats. 2021.
2)Lancet. 2020[PMID:32007143]

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公益社団法人 グローバルヘルス技術振興基金 CEO

1988年自治医大,94年米ハーバード大公衆衛生大学院卒。国立国際医療研究センター,東大国際地域保健学講師,外務省などを経て,2004年長崎大熱帯医学研究所教授。06年UNICEF職員としてニューヨーク本部,ミャンマー,ソマリア国事務所に勤務。13年世界エイズ・結核・マラリア対策基金局長を経て22年より現職。「2023年G7グローバルヘルス・タスクフォース」の副主査および「100日ミッション・プラス」班の座長を務める。

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国立国際医療研究センター 国際感染症センター長

1997年佐賀医大(当時)卒。聖路加国際病院で研鑽を積んだ後に2002年より米テキサス大に留学。04年に帰国後,静岡県立静岡がんセンターで感染症医療に従事する。11年から国立国際医療研究センターに勤務し,12年より現職。「2023年G7グローバルヘルス・タスクフォース」内の「100日ミッション・プラス」班のメンバー。東京都の新型コロナウイルス感染症医療アドバイザーを務める。

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聖マリアンナ医科大学 救急医学 講師

2005年新潟大卒。米国で公衆衛生学修士・感染症専門医取得後,16年に厚労省感染症危機管理専門家養成プログラムに参加し,WHO本部に勤務。18年より現職。臨床,研究,行政面でCOVID-19対応に関与し,厚労科研にて行われた22年度「感染症パンデミックに即応する臨床研究のための体制についての国際調査および我が国の将来の体制整備に向けた研究」に参画した。

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慶應義塾大学医学部 感染症学教室 専任講師

2007年慶大卒。総合病院国保旭中央病院,慶大医学部呼吸器内科を経て,18年から米国国立衛生研究所に留学。21年4月より現職。新型コロナウイルスから社会を守る時限的な緊急プロジェクト「コロナ制圧タスクフォース」のメンバー。同研究チームにて,COVID-19の重症化にかかわる遺伝子(DOCK2)の同定に成功する。JSTさきがけ研究員(兼任)としてネクストパンデミックの研究体制基盤構築に取り組む。

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