医学界新聞

対談・座談会 井上智子,藤田倶子,川崎優子,北素子

2023.07.31 週刊医学界新聞(看護号):第3527号より

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 日本の高等教育機関における看護学教育の質を保証するために,2018年に日本看護学教育評価機構(JABNE,代表理事:高田早苗氏)が設立され,JABNEが定めた評価基準に基づき看護学分野別評価(MEMO)が行われている。JABNEは20年度より評価事業を開始し,23年3月時点で21校が受審,そのうち20校が適合認定を取得している。

 本紙では,JABNE評価委員会で委員長を務める井上智子氏を司会に,看護学分野別評価を受審した看護系大学に所属する教員3氏を加えた座談会を企画した。受審を経て感じた変化とは。

井上 1992年の「看護婦等の人材確保の促進に関する法律」の制定を機に看護学部等を設置する大学が急増し,高等教育機関における看護学教育の質保証が求められています。また,看護系大学に設けられた養成課程には,単科大学,看護学部,○○学部看護学科,さらには○△学科看護学専攻といった多種多様な形態があることから,なおさら教育の質を担保する必要があるのです。

 こうした状況を受け,日本看護系大学協議会(JANPU)を設立者として2018年にJABNEが発足しました。JABNEは養成課程の設置形態にかかわらず,カリキュラムの適正性や教育方法,教員数などを点検する看護学分野別評価を行います。私はJABNE評価委員会の委員長として看護学分野別評価をとりまとめ,JABNE正会員139校(2023年7月時点)のうち,23年3月までに21校が受審,そのうち20校が適合認定を取得しています。

 本日は適合認定を取得した大学から受審時の実務を担った3人の先生方にお集まりいただきました()。看護学分野別評価が自大学の教育にどのような影響をもたらしたかを話していきたいと思います。

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 各大学のプロフィール

井上 看護学分野別評価は,受審前年度に自大学の教育活動を自己点検し,翌年度に書面・実地調査が実施されます()。評価のプロセスは2年間と長期にわたり,携わる教員の負担は少なくありません。それでも受審を決断した理由を聞かせてください。

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 看護学分野別評価のプロセス
受審を希望する大学は受審前々年度に看護学教育評価事前申請書を提出する。受審前年度の一年間で自己点検・評価報告書を作成・提出する。受審年度にはJABNEの評価員による書面調査・実地調査が行われ,年度末に評価結果が確定する。

川崎 兵庫県立大学では元々,自己評価委員会を常設し,自己点検・評価報告書の作成および学外の有識者による外部委員評価の受審に定期的に取り組んできました。そのため「自分たちが行う教育について定期的に点検する」ことが定着しており,外部委員評価を看護学分野別評価へ移行することが学内で共有され,受審に至りました。

藤田 千里金蘭大学の場合,JABNEによる看護学分野別評価の評価員研修に私と当時の学部長が参加し,研修を受ける過程で適合認定取得の重要性を感じて受審に至りました。また,本学には看護学部,栄養学部,教育学部の3学部があり,学生数や教員数は看護学部が一番多いです。そのため,看護学部の教育の質が保証されることは大学全体のイメージアップにつながるとも考えました。

 東京慈恵会医科大学には医学部の中に医学科と看護学科があり,医学科は日本医学教育評価機構(JACME)による医学教育分野別評価を14年度に受審していました。これを受け,看護学科でも適合認定を取得することで教育の質が保証されていることを学内外に示したかったのです。

井上 医学科と同様に受審した結果,看護学科のプレゼンスが高まったと言えますね。教育内容・体制などを評価する専門機関からの適合認定は対内/外的に宣伝できる材料となるので,認定取得をPR活動に積極的に活用してほしいと思います。

井上 では受審を経て,自大学の教育にどのような変化があったかを教えてください。

川崎 受審することで教員のモチベーションが高まったと感じます。受審前年度に行った自己点検の過程で,各科目がディプロマ・ポリシーやカリキュラム・ポリシーとどう関係しているかを確認しました。この作業は,各教員が「大学で提供している看護学教育のどの部分を自分が担っているのか」の意識化につながりました。

井上 慌ただしく授業をこなしているとそうした視点を忘れがちですが,学生の成長過程に自身がどう関与しているかを意識することは,仕事のモチベーションアップにつながりますよね。

川崎 ええ。実地調査では評価員が本学の学生や若手教員に日々の授業の感想や教育体制などについてヒアリングするのですが,ヒアリング後の講評の中で「若手教員が『授業を行う際は自大学の教育理念を意識している』と言っていた」と評価員から伺い,本学の教育理念が継承されていることを知ることができました。受審には教員の大学への帰属意識を高められる副次的効果もあると思います。

 本学では,適合認定の取得に当たって必要な「臨床教員制度」()を新たに導入しました。制度の新設は大変な作業でしたが,同制度を導入したことで臨地実習が充実したと感じます。実習に引率する教員と臨地実習指導者の間に臨床教員が入ることで,教員と臨地実習指導者間の意思疎通がしやすくなりました。その結果,実習における双方の要望を共有しやすくなり,学生が患者さんのベッドサイドに行く時間や機会が増えたとの声が実習担当の教員から聞かれます。

藤田 本学も受審をきっかけに教育体制の見直しが図られました。受審時には教員数の適正性も評価されるのですが,本学では特定の領域で欠員が生じていました。ですので,人事委員会に現状を報告し,受審を人員確保の必要性を説明する材料としたのです。その結果,欠員補充の必要性が理解され,継続的な募集をかけることができました。受審に当たり,人員が足りていない窮状を大学事務局や教授会で共有できたのは良かったです。

井上 適合認定を取得するには,教員が一定数確保されている,もしくは看護教員一人当たりの学生数がJANPUで行われた直近の実態調査のデータを上回る努力をしていることが求められます。大学事務局の理解が得られず,必要な教育体制が十分に整備できていない大学もあると思いますので,交渉をうまく進める“外圧”として看護学分野別評価を利用するのも良いかもしれません。

井上 受審の際にどのような点に苦労したかをお聞かせいただけますか。

川崎 大学の定款や学則,大学案内,学生便覧といった根拠資料の管理です。本学は公立大学であるため,経営部の人事異動が定期的にある関係上,根拠資料の集約・管理が自己評価委員会の担当教員主導で実施されました。そのため受審前年度の準備期間には負担が大きくなります。今後は,経営部とともに大学運営にかかわる資料データを管理するシステム整備に取り組んでいきたいです。

藤田 本学でも根拠資料の管理は大変でした。受審が決まった当初,受審を見据えて対策委員会を編成すべきかの議論がなされたのですが,自己点検を実施した21年度は依然としてコロナ禍への対応に追われていたことから,自己点検・評価報告書は私がたたき台をつくり,各領域長に確認していただく形で進めました。他の先生方からの協力も得ていましたが,根拠資料の収集や管理に苦労したので,受審のための対策委員会を編成して作業を分担して行えば良かったと感じています。

 本学の場合,21年度の受審でしたので,受審に当たって参考にすべき資料が少なかったのが大変でした。当時は評価報告書の総評が抜粋されてJABNEのWebサイト上に載っているのみでしたので,20年度受審校である昭和大学から教員をお招きし,看護学科の全教員対象にFD(Faculty Development)を行ったのです。22年度からは受審した大学の評価報告書が全文掲載されているので,これから受審する大学はそうした資料を参照すると良いと思います。

井上 受審校からの生の声を聞くことは貴重な経験ですね。

 はい。加えて,「看護学分野別評価の受審は大学の一大行事である」との認識を看護学科の全教員で共有したかった点もFD実施の理由として挙げられます。本学では看護学科の内部質保証委員会とIR委員会に受審準備を担当してもらいましたが,全ての教員に受審を「自分事」として考えてほしかったのです。

井上 受審は組織として成長できる好機だと言えます。JABNEとしても受審を機に教育体制が改善しやすい組織風土になることを願っています。

井上 ここまでの議論で,受審用の対策委員会を編成したかが話題に挙がりました。これから受審する大学に向けて,学内にそうした対策委員会を編成する際の注意点があれば教えてください。

藤田 対策委員会には事務方の職員も巻き込むべきでしょう。履修要項など教員だけでは集めづらい根拠資料があり,受審のための準備を一部の担当者のみで進めると負担が大きくなります。

 事務方の協力は不可欠ですよね。事務方も含めて関係者間で受審する必要性を共有しておくことが重要だと思います。

川崎 委員会は,受審のための臨時的な組織ではなく,受審後も評価内容をもとに自大学の教育改善に向けて自走していける常設委員会として位置づける必要があると思います。委員会の機能が維持されれば,自浄作用が働きやすい組織となり,提供される教育のレベル向上へとつながるでしょう。

井上 自大学の教育の質が保証されていることを対外的にアピールできる点は重要です。今後は受審,適合認定を取得する大学がますます増えそうな予感がします。

 受審を通して自分たちが行う教育の意味や目的を再確認できることは,普段の仕事を振り返る良い機会になります。受審には一定の時間と労力を要しますが,乗り越えれば組織の成長にもつながると伝えたいです。

藤田 今までは「自分たちが行ってきた教育は正しかったか」について自信がありませんでした。しかし,適合認定を取得したことで「これでよかったのだ」と教育に対する自信が持てたのが正直な感想です。受審を機に学内における教育面での課題が一つでも解決することを願っています。

井上 看護系大学はこの30年で急増し,養成課程の数は現在300を超えています。急増したからこそ教育の質を担保・底上げすることが,看護系大学全体の責務と言えるでしょう。ぜひ受審をご検討いただければ幸いです。

(了)

 大学教育の質を保証する評価制度として,機関別評価と専門分野別評価が存在する。前者は文部科学省が認可した機関別評価機関が運営体制や設備などの観点から大学全体を組織体として評価するもので,学校教育法によって受審が法制化されている。一方,後者は学位プログラムごとに教育内容や教育方法を評価するもので,受審は法制化されていない。

 専門分野別評価自体は医学・薬学分野で先行しており,看護学ではJABNEが20年度より評価事業を開始。看護学分野別評価は,①教育理念・教育目標に基づく教育課程の枠組み,②教育課程における教育・学修活動,③教育課程の評価と改革,④入学者選抜の評価基準を設ける。受審要件として,①JABNEの正会員であり,年会費(10万円)を納入していること,②学部・学科等設置後完成年次を迎え,完成年次の文部科学省の設置計画履行状況等調査を終了していること,③機関別評価を受審し適合と認証されていることの3点が挙げられる。受審料は150万円。


:「臨床教員」という称号を大学から付与または任用された臨地実習施設の職員を指す。

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国際医療福祉大学 大学院 教授/成田看護学部長

1977年徳島大教育学部特別教科(看護)教員養成課程卒。81年千葉大大学院修士課程修了。博士(保健学)。2022年より現職。JABNEで業務執行理事および評価委員長を務める。

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千里金蘭大学 看護学部看護学科 看護学部長/教授

1986年兵庫県立厚生専門学院看護学科卒。2015年大阪市大大学院看護学研究科生活看護支援システム領域在宅看護学分野博士後期課程修了。22年より現職。

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兵庫県立大学 看護学部看護学科 自己評価委員会 委員長/教授

1994年埼玉県立衛生短大(当時)卒。2012年兵庫県立大大学院看護学研究科博士後期課程修了。20年より現職。同大が看護学分野別評価を受審した22年度に,教育研究活動等を点検する学内組織である自己評価委員会で委員長を務めた。

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東京慈恵会医科大学 医学部看護学科 看護学科長/教授

1995年立命館大文学部卒。2001年日赤看護大大学院看護学研究科博士後期課程修了。10年より現職。22年度よりJABNEで理事および評価委員を務める。

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