FAQ
知って得する知財の知識――特許編
寄稿 小林只
2023.07.24 週刊医学界新聞(通常号):第3526号より
知的財産は一般的に「知財(ちざい)」と略して使われます。知財とは「価値のある情報」であり,知財の活用という文脈では「第三者に対して優位性を持つ資産」とも言えます。アイデア,技術,知識,ノウハウ,ネットワーク,人材,組織等がこれに該当します。これら知財の中で,法律により特定の権利が付与されたものを「知的財産権」(以下,知財権)と呼びます。知財権とは「創造性を保護し,イノベーションを促進する」ための法制度です。具体的には,特許権(アイデアの保護),意匠権(デザインの保護),商標権(ブランドの保護),著作権(作品の保護)等があります。著作権は高校の情報教育の必須学習内容となり,知的財産教育を提供する大学も増加しています。メディアでもドラマ『それってパクリじゃないですか?』(日本テレビ系)が放映され,一般の関心も高まっています。今回は,これら知財権の中でも特に医学生や医療者から頻繁に寄せられる質問について,特許権を中心に回答していきます。
FAQ 1
医療者が特許権について知ることで,どんなメリットがありますか?
2点ご紹介します。1点目はアイデアを適切に保護し,社会や現場をより良くしようという医療者や研究開発者たちのモチベーションを高めることです。素晴らしいアイデアほど「第三者に模倣される」のが世の常です。自身や自社で研究開発を行わず,他人の研究結果を「活用」するほうが低コスト・低労力・有益であるならば,誰も新たなアイデアを公表しなくなります。また,重複した研究が増え,社会全体の研究開発スピードが遅延する恐れもあります。特許制度とは,特許庁の審査によって認められたアイデアや技術を「一定期間,独占的に使用することを認める」かつ「そのアイデアや技術を世界中に公開する」ことで,研究開発やイノベーションを加速させる制度として各国で活用されています(図)。自身が思い描いたアイデアが具体化し,社会に普及し,人々の役に立つ。これは医療者だけでなく,多くの人々が夢見ることでしょう。課題解決のため関連企業と協業し,システムやパッケージとして構築,事業化して普及させる強力な手段の1つが特許権です。特許出願すること,そして取得することは,研究者であれば論文と同等以上の「実績」になります。
2点目は,医療の仕組みを理解できることです。「なぜこの薬の合剤ができないのか」「なぜ各社のいいとこ取りの機器が開発されないのか」という疑問を拝聴します。製造販売には非常に複雑かつ多段階のステップがあり,それら1つずつに各企業の貴重なノウハウ(秘匿技術)が含まれています。例えば,医薬品や医療機器が購入者の元へ届くのは,製造(品質の管理,量産体制など),流通(輸送費など),販売後の管理(安全管理など)を企業が労力・コストをかけて行っているからです(このような製造販売全体を担当する企業を事業会社とも呼びます)。ある製品やサービス,流通のプロセス等に特許権が取得できていれば,一定期間(最大20年,医薬品は25年)その企業は協業先を自分で選び,戦略的に事業を拡大できます。現在,「オープン&クローズ戦略」がグローバルで進み,何を協業(オープン)し,何を自社秘匿技術(クローズ)にするのかを戦略的に実行するために切磋琢磨しています。つまり,いいとこ取りの製品が実現するかどうかは各企業の製造販売戦略に大きく依拠するのです。決して現場のニーズを軽んじているのではありません。「合わせる」という協業行為は,特許権の利活用やノウハウ管理等を手札とする企業間の駆け引きの上で成り立っています。
Answer
特許権は,自身のアイデアや技術を具体化し,広く普及させるための強力な手段です。
FAQ 2
研究論文として発表,あるいは学会で一度でも発表してしまったら特許権が取れなくなるって本当ですか?
研究論文は,世の中に研究成果を広く知らせることが目的です。一方で,特許権はアイデアや技術を独占的に使う権利を保有することで産業を促進させることが目的です。そもそも特許権は,特許庁へ申請し審査され,一定の基準を満たし,費用(特許年金と言います)を支払うことで権利が付与されます(図)。この審査基準の1つに「新規性」があります。新規性とは,同じアイデアや技術が既に「公開」されているかで判断されます。学会の抄録,大学の広報記事,SNSの記事(公開記事はもちろん,友達限定公開も含む),臨床研究の情報公開としてUMINや研究機関Webサイト等に一度でも公開してしまうと,それだけで新規性が失われます(特許庁の審査官は公開情報を調査するプロです)。近年流行りの企業・金融機関・官公庁等が主催するアイデアピッチコンテストに出場して発表することも同じです。
運良く,既に公開していたことが明らかとならず,特許庁の審査段階で見つからず,特許権が取得できたとしても,この特許権を排除したい競合企業が一生懸命に調査し,「学会発表の演者スライドを第三者が写真に収めていて,そのスライドに特許権の内容を意図するアイデアが記載されていたこと」を見つけられてしまったら,特許権取得からたとえ数年が経過していても,その事実1つで無効審判(行政処分の1つ)により,特許権が無効(なかったこと)にされてしまいます。このような調査(専門的には無効調査と言います)を行う専門家や企業も多くあります。しかも,この「公開」は「世界中で」というのがポイントです。例えば,日本の学会の地方会でアイデアを一度発表してしまった場合,これが原因で米国や欧州で特許権が取得できなくなります。
特許は国ごとに申請し,審査を経て,権利を取得する必要があります(一方で,1つの国で出願したら全世界へ情報は公開されます)。そのため日本のみで特許権を取得しても,外国ではその特許技術が自由に使えてしまいます。「日本」に限って言えば,発表して1年以内であれば,新規性喪失の例外規定(特許法30条)により特許権取得は可能な場合もありますが,外国では同様の制度を適用することは難しく,日本以外で特許権を取得することは原則できません。グローバル化が進んだ現在,特にバイオ系(基礎研究成果)のベンチャー企業は各国へ特許出願をしていなければ優位性を保てず,協業する事業会社も,研究開発に投資してくれる企業も集まらないのが現実です。
Answer
一度でも公表(例:学会,Webサイト,SNS)すると,特許権の取得は困難になります(運良く取得できても後日「無効」になる場合もある)。公表前に特許出願が必須です。
もう一言
「特許権についてどこに相談したらよいですか?」と聞かれることがあります。大学やアカデミア関連の人々(教員,スタッフ,客員研究員など)の場合,最近では組織内に産学連携担当者や知財担当者が在籍していることがほとんどです。医療機関に勤務する医療者は,各種相談窓口にお気軽にご相談ください。例えば独立行政法人工業所有権情報・研修館(INPIT)が47都道府県に設置した知財総合支援窓口では無料で相談対応をしており,主要都市では出張相談会も開催されています。都道府県や市町村の弁理士会,弁理士・知的財産コンサルタントの事務所も利用可能です。上記に相談すると,特許権取得はもちろんのこと,協業・連携候補の企業,第三者へのアイデア提供の方法や契約についてもアドバイスを得られます。
特許権を含む知財について学習する際は,国家資格である知的財産管理技能士の学習サイト,知財初心者の研究者向けのWebサイトや書籍1),知財のビジネスへの活用事例紹介動画なども参考にしてみてください。
参考文献
1)中島清一.産学連携ナビゲーション 医学研究者・企業のための特許出願Q&A.南江堂;2014.
小林 只(こばやし・ただし)氏 株式会社アカデミア研究開発支援 代表取締役社長/弘前大学医学部附属病院総合診療部 学内講師
2008年島根大医学部卒。20年より弘前大病院総合診療部学内講師。同大で医療法学の講義を担当。23年大学認定ベンチャー・株式会社アカデミア研究開発支援を創業。研究開発×知財法務×事業の三刀流として多分野の新規事業を支援する。博士(医学)。1級知的財産管理技能士,知的財産アナリスト。
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