医学界新聞

取材記事

2023.06.12 週刊医学界新聞(レジデント号):第3521号より

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大杉泰弘氏

 第14回日本プライマリ・ケア連合学会学術大会(大会長=藤田医大・大杉泰弘氏:右写真)が5月12~14日,「プライマリ・ケアのニューノーマル――プライマリ・ケアの卓越性と次世代医療との融合」をテーマにポートメッセなごや(名古屋市),他にて開催された。本紙では,医療従事者のウェルビーイング,およびかかりつけ医の制度化に関するシンポジウムの模様を報告する。

 医療従事者も一人の“労働者”である――。患者のため,医学・医療の発展のため,日々身を粉にして働く医療従事者は,この前提を時に忘れてしまっているのではないか。こうした問題提起に基づき,シンポジウム「仲間を救う! 医療従事者のためのウェルビーイング」(座長=大阪医薬大・鈴木富雄氏,千葉大・鋪野紀好氏)では,医療者自身のケアや医療チームのウェルビーイングを保つための方策について議論が展開された。

 まず登壇したのは,米国内科学会(ACP)日本支部のPhysicians' Well-being Committeeの委員長として医師のウェルビーイング向上をめざし活動する牧石徹也氏(島根大)。下記に示す事例をもとに,バーンアウト症候群について解説した。

事例

 救急専門医として市中病院救急部に勤務する30代女性のA氏。仕事ぶりは「まじめで明るい」と周囲からの評価も高い。独身で子どもはいなかった。一方で職場は慢性的に人手不足。週2回の一人当直があり,当直明けは入院患者対応を行うため離院は昼過ぎと多忙を極めた。また,同僚の女性医師は子育てのために時短勤務,自己主張の強い若手医師が在籍しており,職場にはギスギスした雰囲気が漂う。

 ある日突然,A氏は出勤をしなくなった。

 バーンアウト症候群は,過度なストレスによる情緒的な消耗が原因となって起こる労働意欲の喪失と定義され,主症状は情緒的消耗。医療従事者は,高いバーンアウトのリスクに常にさらされ,とりわけ医師の有病率は30~50%と他職種よりもリスクが高いことが紹介された(Mayo Clin Proc. 2019[PMID:30832797])。また,「バーンアウトは個人のキャリアを大きく変容させてしまうだけでなく,労働意欲の喪失に伴って生産性の低下や離職といった医療システムにも影響を及ぼし,提供される患者ケアの質低下にもつながる」ことを氏は危惧する。個人・職場・病院の単位で働き方を工夫(Mayo Clin Proc. 2017[PMID:27871627])していく必要性,そしてMini-Z(Intern Med. 2021[PMID:33612686],日本語版はACP日本支部のWebサイトにて近日公開予定)などの評価尺度を用いた定期的なバーンアウトの評価の重要性を語り,発表を終えた。

 続いて,日本プライマリ・ケア連合学会の予防医療・健康増進・産業保健委員会で産業保健チームリーダーを務める産業医・労働衛生コンサルタントの安藤明美氏(安藤労働衛生コンサルタント事務所)は,プライマリ・ケア領域の医療従事者が働く環境課題に言及した。診療所固有の課題として①コミュニティが小さく,プライバシー保護が難しいこと,②産業保健スタッフが不在であることを挙げ,「メンタルヘルスの不調で休職する,あるいは不調から復職する際は,職場環境の専門家である産業保健と連携し,適切な支援へとつなげるべき」との見解を示した。

 富田医院の院長としてプライマリ・ケア診療に携わりながら嘱託産業医としても30年以上のキャリアを有する富田さつき氏は,「診療所のリーダーである院長には,地域の患者,そして勤務するスタッフのウェルビーイングを守る責務があるものの,一人で対応するには負担が大きすぎるのではないか」と指摘する。「診療中,机をバンと叩いて何もかも放り投げたい衝動に駆られた」と自身のバーンアウト経験が診療所内の組織づくりを見直すきっかけになったことに触れ,院長の負担を軽減させ,スタッフのマネジメント役も担えるようなサブリーダーを診療所内で育成する意義を説いた。

 プライマリ・ケア領域における看護職の勤務体制について発表したのは,保健師の田中千恵美氏(アクトグレースサポート株式会社)だ。勤務する診療所によって多少の相違はあると前置きした上で,看護師の人員の増減が業務量に大きく影響する点,一人の看護師が担当する業務の幅が広く量も多い点などの課題を列挙し,何か問題が起こった際に相談できる相手・時間が限られる傾向にあることを懸念した。解決策の一つとしてセルフケアの実践を提案。「仕事と日常生活にメリハリをつけることが大切」と参加者に呼びかけた。

 コロナ禍を経た今,「かかりつけ医とは何か」が国民的テーマとして取り上げられている。感染対策が脆弱な診療所や小病院では発熱・上気道症状を持つ患者の診療に消極的な状況が続き,自宅療養患者に対する往診も一部の医療機関が対応するだけにとどまった。こうした事態を受け,全世代型社会保障構築会議や政府・骨太方針など複数の場でかかりつけ医の在り方が議論され,最終的には2022年12月の厚労省社会保障審議会医療部会が「かかりつけ医機能報告制度」の創設を提案。本制度の整備などを盛り込んだ関連法が23年5月12日,参院本会議で可決・成立するに至った。

 シンポジウム「かかりつけ医の制度化の行方は? プライマリ・ケアの発展につなげるために」では,冒頭で座長の松下明氏(岡山家庭医療センター奈義・津山・湯郷ファミリークリニック)がこうした経緯を説明。「プライマリ・ケア領域の医療者にとってもエポックメイキングな展開だ」と述べ,シンポジウムの趣旨を説明した。

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シンポジウム「かかりつけ医の制度の行方は?」

 続けて草場鉄周氏(北海道家庭医療学センター)が,かかりつけ医機能報告制度を概説。これまで曖昧だった「かかりつけ医機能」について全国共通の定義付けがなされること,法整備や情報収集も含めた国・都道府県が関与する枠組みができたことを評価した。一方で,本制度の対象者が慢性疾患を持つ高齢者等に限定される見込みであることや「かかりつけ医機能」について第三者による質保証の仕組みがないことに言及。「かかりつけ医機能に関する医療提供体制改革の第一歩に過ぎない」との見解を示した。

 「将来必ず来る“いざという時”のためになじみの医師がいることは,終身給付の公的年金に匹敵する安心感を与えてくれる」。こう語ったのは,全世代型社会保障構築会議の構成員としてプライマリ・ケアの整備推進を強く主張した政治経済学者・権丈善一氏(慶大)だ。経済学では「消費者の選好は神聖不可侵である」という公準から消費者理論が組み立てられるのに対して,プライマリ・ケアの制度化の議論ではサービス提供者(医療専門家)がニーズの有無を断定する傾向にあるという。今一度患者の視点に立ち返り,患者・医療者双方の「手上げ方式」で始め,徐々にかかりつけ医を普及させるべきと訴えた。

 COVID-19流行時に患者が医療機関を受診できなかったのはかかりつけ医制度がなかったから――。こうした主張に松田晋哉氏(産業医大)は懐疑的な見方を示し,機能分化とネットワーク化が進んでいない日本の医療システムの問題を指摘した。例えば仏では緊急時の医療提供体制拡充を法制化しており,COVID-19軽症者のプライマリ・ケアへのアクセスが保障された。日本の場合はプライマリ・ケアが十分に機能した個別的事例はあっても,それが制度的に体系化されていないことが問題なのだという。では,日本型のかかりつけ医制度をどのように整備していくべきか。松田氏は「母子保健制度の成功をモデルとして,特定健診・特定保健指導をかかりつけ医機能の中核にできるのでは」と私案を提示。また,都市部の課題は複数診療科のネットワーク,地方の課題は総合診療機能の強化であり,地域特性に合わせたかかりつけ医モデルの体系化が望まれると結んだ。

 そのほか,飯野奈津子氏(山梨大客員教授)は,自身の介護経験を踏まえてプライマリ・ケアの鍵を握る信頼関係構築のポイントを解説。山口育子氏(NPO法人ささえあい医療人権センターCOML)は患者の立場からかかりつけ医機能の制度的位置付けの明確化を求めた。討論では,かかりつけ医の生涯教育の質担保やグループ診療の推進が今後の課題として議論された。

 かかりつけ医機能報告制度に関する今後のスケジュールとしては,23年度に制度の詳細の検討を行い,24年度から全国一律での医療機能情報の公表を実施。25年度からは地域の協議の場において「かかりつけ医機能」に関する議論が行われる見込みだ。地域のプライマリ・ケア医療者の積極的関与による地域完結型ネットワークの構築が期待される。

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写真で語るプライマリ・ケア

広報イベント「写真で語るプライマリ・ケア」では,演者が写真を数枚持ち寄り,その写真がプライマリ・ケアとどうかかわるかプレゼンしていくセッションが開催された。写真は市立奈良病院研修医の因間朱里氏が学術集会の会場で撮影した作品。「日本プライマリ・ケア連合学会(JPCA)の学術大会は,アットホームな空気が魅力です。子どもが芝生で遊んで残していった一直線の切り株が,まるで未来への一本道のように見え,JPCA2023の独自性とプライマリ・ケアの将来性を象徴するような構図になりました」。

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