医学界新聞


“総合的に患者をみる”ということ

対談・座談会 葛西龍樹,松下明,春田淳志

2023.06.12 週刊医学界新聞(レジデント号):第3521号より

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 医学生が卒業までに身に付けておくべき必須の実践的診療能力に関する学修目標等を示した「医学教育モデル・コア・カリキュラム」令和4年度改訂版1)が,2022年11月に公表された。そこでは「医師として求められる基本的な資質・能力」として「総合的に患者・生活者をみる姿勢」が新たに追加され,その学修目標として「患者中心の医療」が掲げられている。

 複雑性を増す社会で医療を行うに当たって必要とされるそうした姿勢を,医学生にどう教授してゆけば良いのか。本紙では,カナダで家庭医療の専門トレーニングを受け帰国して以来,領域の発展に寄与し続けてきた葛西氏,米国で家族志向のケアを学んだ後,地域での家庭医療実践に従事する松下氏,そして総合診療医・家庭医の立場から「医学教育モデル・コア・カリキュラム」改訂に携わった春田氏による座談会を企画。効果的な教育の方法を探った。

葛西 「医学教育モデル・コア・カリキュラム」(以下,コアカリ)令和4年度改訂版1)では,学修目標として「患者中心の医療」が挙げられているだけでなく,学修方略の事例の中で,「患者中心の医療の方法」「家族志向のケア」の講義を行うことが示されています。この変更を初めて目にした時,率直に驚きました。全国の医学教育で展開すべく作成されたコアカリの中に,自身が長年注力してきた家庭医療のコアとなる考え方が盛り込まれているとは思ってもみなかったからです。うれしかったですね。

 本日は,コアカリ改訂の話を伺いながら,家庭医療とは何かを医学生に伝える方法を考えていければと思います。

葛西 まずは春田先生から,コアカリ改訂の経緯をお話しいただけますか。

春田 コアカリでは,6年間の医学教育において各大学が策定するカリキュラムの中で,全大学が共通して取り組むべきコアとなる部分を抽出してモデル化し,体系的に整理しています。学修時間数の3分の2を目安にコアカリを参考とし,残りの3分の1の内容は各大学が自主的に編成するものとしています。

 令和4年度改訂の準備は2020年から始まり,「医学教育モデル・コア・カリキュラム等の次期改訂に向けた調査・研究医学チーム」が発足しました。私は2020年度にはカリキュラム分析チームとして,21年度には7つあるプロジェクトチーム(PT)のうち社会PTに所属して,地域医療や総合診療の教授方法についての実態調査に携わりました。その中で見えてきたのは,1~2年次には地域医療・総合診療についての講義が開講されているものの,高学年になるにつれ学習機会が希薄になっていくことです。さらに,大学病院での実習で目にするのは細分化・専門化された医師の在り方で,学生もそれをスタンダードととらえているようでした。

松下 大学病院は総合診療医の真価を発揮しにくい場所ですし,そもそも総合診療医の数自体が少ないです。学生に適切なロールモデルを示せていない場合が多そうです。

春田 そのとおりです。総合的に患者をとらえるとはどういうことなのかが学生に十分に伝わっていないため,その不足を補完するカリキュラムが必要だと考えました。

葛西 コアカリでは,総合的に患者をとらえることをどう定義していますか。

春田 患者や家族を取り巻く文脈(世代,経済,仕事,生活環境など)や家族・地域との関係性を踏まえ,目の前にいる患者について1人の人間として身体・心理・社会的側面を体系的にとらえ,その人の人生の流れの中に位置づける,といったところです。そのために必要な能力とその涵養法を,社会PTの知見に加え,社会と医療にかかわる専門家18人を対象にインタビューを行うことで見定めていったのですが,カリキュラムとして体系的な記述にどう落とし込むのかが難しい点でした。総合診療医,文科省の企画官,医学教育の専門家といったメンバーで議論を繰り返しました。

松下 最終的にはどのようなところに落ち着いたのですか。

春田 「視点とアプローチ」という形でまとめることになりました。「全人的な視点とアプローチ」「地域の視点とアプローチ」「人生の視点とアプローチ」「社会の視点とアプローチ」の4つです。

 コアカリは4層に分かれていて,第1層の「総合的に患者・生活者をみる姿勢」を支えるものとして,第2層の視点とアプローチ4つがあり,その下の第3層に「患者中心の医療」「根拠に基づいた医療(EBM)」といった項目があります。さらにその下部に第4層として,具体的な学修目標が記載されています。「患者の社会的背景(経済的・制度的側面等)が病いに及ぼす影響を理解している」などですね。

葛西 大変なお仕事だったと思います。近年のカリキュラムは,言葉で明示的に記述するのが特徴ですね。英国家庭医学会の専門研修カリキュラムにも,膨大な記述があります。翻って,90年代カナダの家庭医養成カリキュラムは,4つの大きな柱を示した上で家庭医療学の標準的なテキストの理解を前提とする,半ば暗黙知のアプローチでした。両者に優劣はありませんが,トレンドの変化を感じます。

葛西 松下先生は,総合的に患者をとらえることを長年臨床で実践し続けているわけですが,そうした道に進むモチベーションはどこにあったのですか。

松下 川崎医大病院で研修医をしていた当時,患者家族とどう向き合うかは私の一つのテーマで,コミュニケーションの勉強をしていたこともあり,その対応には比較的自信を持っていました。しかし,入院直後に急変した患者さんの家族が非常に混乱されて,その対応に難渋することがありました。予期しない展開の中で患者さんだけでなく家族ともうまくかかわることの難しさを感じる体験でした。そうした時,当時カナダ帰りで同院にいらした葛西先生が,『家族志向のプライマリ・ケア』(丸善出版)2)を紹介してくださったのです。米ロチェスター大の家庭医らが作った教科書で,「家族の木」(図1)や「生物・心理・社会モデル」(図2)を示しながら展開される解説を読んで,開眼する思いでした。

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図1 家族の木(文献2より転載)
外来を受診する患者は通常一人であるが,その患者の背後に木があり,家族がいるとイメージしながら診療を行うことを示す。
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図2 生物・心理・社会モデル(文献2より一部改変)
個人を中心に,臓器・細胞とミクロへ向かうベクトルと,家族・地域とマクロへ向かうベクトルがあり,それぞれの階層がつながって,同時進行で両方のベクトルの現象がみられるという考え。内科医・精神科医であるジョージ・エンゲルが提唱した。

葛西 臨床での体験が学びのベースにあったのですね。

松下 はい。患者やその家族をひとつの塊としてとらえて,かつそれを地球全体の規模まで含めた視野で見ていく発想は,分野ごとに切り分けられた教育を受けていた私には衝撃的でした。同時に,それまでの臨床経験に照らして,その確からしさが腑に落ちもしました。当時の日本には家庭医療専門医制度がなかったため自信を持ちきれず,研修修了後に渡米し,3年間の研修のうち他施設に行ける1か月のエレクティブ期間でロチェスター大を訪れて,教科書の著者らの教えを請いました。

春田 影響を受けた教科書の作り手に直接会いに行くというのはすごい行動力です。

松下 米国で得た学びを日本に持ち帰って広げるために,原著第2版の翻訳をさせてもらったという次第です。

葛西 私も松下先生と同様に,カナダでの研修期間中に1か月のエレクティブを利用して,『患者中心の医療の方法』(羊土社)3)原著者の1人であり“カナダ家庭医療学の父”と呼ばれるイアン・マクウィニー先生に師事しました。今ある邦訳は原著第3版をもとにしていますが,教育・臨床実践ともに膨大な研究がその後も蓄積されていますので,現在準備中の第4版も楽しみにしています。

葛西 「患者中心の医療」や「家族志向のケア」をはじめとする,家庭医療のコアとなる考え方が医学教育の中でしっかりと根付き発展していくためには,何が必要になると思いますか。

松下 座学での学びと現場での学びの両輪を回していくことが大切ではないでしょうか。近年の医学生は,背景をきちんととらえながら目の前の患者を診なければならないとの感覚が,昔の医学生に比べるとインストールされているように感じます。しかし,それでもまだ足りないというのが私の印象で,卒前教育での土台形成により注力していく必要があるでしょう。その意味で,今回のコアカリ改訂には大きな期待を持っています。それと同時に,講義で学んだ内容が,お題目にとどまらず実践に移されているのだとの実感を得るために,地域医療の現場での学びも重要なはずです。現場に来て,講義で学んだことの実践を目にして肌で感じて,カルチャーショックを受けること。そうした体験なくして真の理解は得られないでしょう。

春田 カルチャーショックに関連していうと,医学生のバックグラウンドの偏りが大きくなってきていることは無視できないと思います。早くから私立の一貫校に通うなど,同質性の高い集団の中で過ごしてきた学生は,社会に生きる人の多様性について実感を伴って理解できていないことがままあります。例えば訪問診療で都内にある団地を訪れた際に,「こんな世界は今まで触れたことがなかったです」といった声が聞かれたことがありましたし,衛生環境の良くない住戸に足を踏み入れることに抵抗感を覚える学生も少なからず存在します。

葛西 それまで生きてきた世界とまるで違うものに触れて,カルチャーショックを受けることで社会の幅広さを知るという体験は,医師として今後さまざまな患者さんを診ていく上で,財産になると思います。

松下 そうですね。ただ,ショックがあまりに大きくて,ダメージを受けてしまってもいけません。徐々に,刺激の小さいところから慣らしていく必要がありそうです。

葛西 学生にもそれぞれの生育環境があって,一定の社会構造のもとで価値観が形成されます。そうした意味では,「学習者中心の教育の方法」も同様に重要になってきます。

春田 集団としての医学生において偏りが強まりつつある現状は,教育者として理解しておいたほうが良いでしょう。そうした学生たちを医療者としてどう教育していくのかは,やりがいのある,とても大切な仕事だと思います。

松下 地域で医師が何をしているのか,具体的なイメージを抱かないまま独り立ちする若手が多いのが現状です。学生のうちに先に述べたような刺激を受けて地域での医療のコアの部分を知ることは,その後異なる専門に進んでも生きてくるはずです。自身の専門領域とのリンクを含めた全体像が見えるようになって,地域と専門科とをつなぐ際のコミュニケーションがスムースになるでしょう。

葛西 地域医療の実際を知ってもらうことで,ただ風邪や安定した高血圧を診ている簡単な医療というネガティブなイメージが払拭されることも期待したいです。大学病院といった大規模な施設で行うことを想定すると簡単に思える行為でも,地域の現場で行うと個別のコンテクスト(背景・文脈)の複雑さと判断の難しさがあって,だからこそ専門の医師が診療する意義があるわけです。そうしたことは,座学ではなかなか伝えきれません。

松下 米国で研修をしていた頃,私が家庭医になることを知った放射線科医から「君たち家庭医のことを尊敬している」と言われたことがあります。理由を尋ねると,「患者さんの抱える症状や社会生活に関する訴えに耳を傾け続ける忍耐力が私にはないから」とのこと。「地域を支えてくれる家庭医がいるから,私は自身の専門に特化できる」と役割分担を強調していました。それを聞いて,この医師は家庭医の仕事をわかってくれているのだなと感動したものです。

葛西 互いの専門領域に敬意を払い合うことは大切ですね。医師間ではもちろん,異なる職種間にも同様のことは言えます。

春田 地域の現場での学びが重要という点に全く異論はありませんが,一方でやりっ放しの実習が多いとも感じています。事前準備,実習現場での仕掛け,振り返りの3点を意識して臨むことが大切です。地域へ赴く価値や意義について,理論的背景を実習前に伝え,座学では理解しきれない部分に疑問を抱いた状態あるいは地域を探索する眼で現場に入る。実習の場では,そうした疑問が氷解する瞬間や地域を探索する機会を,ある程度意識的に作って学生に体験してもらう。そして実習後には,現場で得た学びを言語化して振り返る。そうした実習の前後を含めた周到な準備があってこそ,効果的な学びを与えることができると考えています。

葛西 座学と現場での学びの後に振り返りを行うことで,総合性についての理解が深まるでしょうね。

春田 「総合」を学ぶプロセスを考えると,部分的な知識を積み重ねて全体を構築する学びとは異なってくるのだと思います。ある視点から見た時にどういう景色が見えるのか。それとは違う視点に立った時には何が見えるのか。視点をずらしながら,自身にとっての当たり前の相対性を看取する。それが,コアカリの提示する「総合」の学びだと合意され,今回の改訂に反映されました。そうした教育を行える人材を育てることも必要になります。どう教えるか,誰が教えるかは,今後日本の大学の課題になっていくかもしれません。

松下 教育レベルには大学によるばらつきが大きい印象もあります。今後は全国単位でレベルの底上げを図れるといいですね。

葛西 コアカリ令和4年度改訂版を用いた教育が行われるのは2024年度の1年生からです。彼らが卒業して,医師として本格的に活躍し始めるのは2040年頃。先の長い話ですが,どのような未来が訪れるのか今から楽しみです。

松下 米国ECFMG(Educational Commi ssion For Foreign Medical Graduates)が,2023年以降は国際的に認められた外部評価を受けた医学部の卒業生のみを認証する方針を示したことを受け,日本の各大学が実習時間を増やす流れが続いています。地域での教育を展開するチャンスでもあるので,機に乗じることができればと思っています。

春田 東京のような都市部にも地域は存在するのですが,都市部で生まれ育った学生はそのことに気づかず暮らしていることも多いです。地域とは何なのかというところから,学生たちに伝えていきたいです。

葛西 本日はありがとうございました。

(了)


1)モデル・コア・カリキュラム改訂に関する連絡調整委員会.医学教育モデル・コア・カリキュラム令和4年度改訂版.2022.
2)松下明(監訳).家族志向のプライマリ・ケア.丸善出版;2012.
3)葛西龍樹(監訳).患者中心の医療の方法 原著第3版.羊土社;2021.

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WONCA(世界家庭医機構) マスター・ファカルティー/福島県立医科大学 名誉教授

1984年北大医学部卒。92年ブリティッシュ・コロンビア大カナダ家庭医学会認定家庭医療学専門医課程修了。同年川崎医大総合臨床医学講座講師,96年北海道家庭医療学センター所長,2010年福島医大地域・家庭医療学講座主任教授等を経て,23年より現職。英国家庭医学会フェロー(FRCGP)。監訳に『患者中心の医療の方法 原著第3版』(羊土社)。

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岡山家庭医療センター 奈義・津山・湯郷ファミリークリニック 所長

1991年山形大医学部卒。川崎医大総合診療部にて初期・後期研修の後,96年米ミシガン州立大関連病院にて家庭医療学レジデントとして勤務。2001年より現職。岡山大臨床教授,三重大臨床准教授,川崎医大非常勤講師を務める。監訳に『家族志向のプライマリ・ケア』(丸善出版)。

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慶應義塾大学医学部 医学教育統轄センター 教授/総合診療教育センター センター長

2004年旭川医大医学部卒。東京ほくと王子生協病院にて初期・後期研修の後,10年より同院にて医学教育フェロー/病棟医長を務める。15年筑波大病院総合診療グループ病院講師,19年同大医学医療系准教授, 20年慶大医学部医学教育統括センター准教授等を経て,23年より現職。

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