RED-Sを知ってアスリートの疲労骨折を防ごう
寄稿 鳥居俊
2023.05.22 週刊医学界新聞(通常号):第3518号より
疲労骨折は無月経の女性長距離走選手に多く,低骨密度を呈し摂食障害を合併しやすいために,20世紀には女性選手の三徴(Female Athlete Triad:FAT)1)とまとめられ,トレーニングによる心身への高い負荷が視床下部性の内分泌異常を引き起こすという発生メカニズムが考えられていた。
しかし最近では,男性選手においても低骨密度や男性ホルモンの低下がみられ,視床下部性の内分泌抑制が男女共通で生じていることが明らかとなった。さらにその背景には,摂食障害という精神心理疾患だけでなく,トレーニングによる消費エネルギーと食事等による摂取エネルギーとのバランスが負に傾いた相対的エネルギー不足(Relative Energy Deficiency in Sport:RED-S)が存在するとの考えが提唱されている2)。実際,長距離走選手では今なお疲労骨折が多発している。例を挙げれば,箱根駅伝に出場する8大学の選手339人(回答者:283人)に,2015年4月~2017年3月までの2年間における疲労骨折既往歴を調査したところ,81人(28.6%)が該当し,109件もの疲労骨折が発生していることがわかった3)。
激しいトレーニングを続けるアスリートでは,持久系,瞬発系を問わず摂取エネルギー不足に陥ることが少なくない。毎日のトレーニングによる身体への負荷は,筋や骨など運動器の疲労損傷を生じさせる。損傷の修復には栄養摂取と睡眠などの休養が必要であり,これらが行われることでトレーニング継続が可能となる。したがってRED-Sは,損傷修復の材料が不足している状態と表現でき,視床下部性の内分泌抑制も加わることで,損傷修復の機能がさらに低下すると考えられる(図)4)。
![3518_0402.jpg](https://www.igaku-shoin.co.jp/application/files/9516/8422/4269/3518_0402.jpg)
利用可能エネルギーが減少・不足する(RED-S)ことで,性ホルモンの低下(無症状)や骨密度減少を引き起こす。RED-Sが改善しなければ図の左側に示すような状態にますます陥り,疲労感などの症状や疲労骨折多発に至る。
RED-Sのメカニズムは,全身のさまざまな器官系に影響を及ぼし多彩な症状を引き起こすオーバートレーニング症候群による体調不良とも共通する。骨において,形成と吸収のバランスが崩れて微細損傷が修復できなければ疲労骨折に至り,長期間のバランスの崩れは骨量・骨密度低下を生じさせる。現に,男性長距離走選手で男性ホルモン値が低いと骨密度が減少しやすく5),女性選手の女性ホルモン低値と同様に,男性ホルモン低値は視床下部性の内分泌抑制を判定する指標と考えられる。
一方で,RED-Sの理屈は理解できるものの,摂取エネルギー不足になっていないかどうかを知ることは容易ではない。消費エネルギーも摂取エネルギーも正確な算出は難しいからだ。そのためエネルギー出納の結果としての体重や身体組成を定期的に評価することが,現実的な方法となる。持久系や審美系競技では体重や体脂肪を増やさない意識が強いことからRED-Sを引き起こしやすい。また,体重階級制の競技は減量がRED-Sの原因ともなり得る。さらに,発育途上でRED-Sの状態でトレーニングを継続すれば健全な身体発育が抑制されてしまうことにもなるだろう。疲労骨折の予防,再発防止を考える際には食生活や睡眠時間などリカバリーが十分であるかを見直すことが重要だ。
参考文献
1)Med Sci Sports Exerc. 1993[PMID:8350697]
2)Br J Sports Med. 2014[PMID:24620037]
3)初雁晶子,他.大学生男子長距離走選手における疲労骨折発生に関する実態調査.日臨スポーツ医会誌.2018;26(3):390-6.
4)Med Sci Sports Exerc. 2007[PMID:17909417]
5)鳥居俊.RED-Sと疲労骨折.臨整外.2023;58(4):367-72.
![3518_0401.jpg](https://www.igaku-shoin.co.jp/application/files/1616/8422/4268/3518_0401.jpg)
鳥居 俊(とりい・すぐる)氏 早稲田大学スポーツ科学学術院 教授
1983年東大医学部卒。同大整形外科学教室に入局後,静岡厚生病院,都立豊島病院,虎の門病院,東大病院などでの勤務を経て,93年東芝林間病院整形外科医長。98年早大人間科学部スポーツ科学科助教授。2003年同大スポーツ科学学術院准教授。19年より現職。
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