医学界新聞


第31回日本医学会総会2023東京開催

取材記事

2023.05.22 週刊医学界新聞(通常号):第3518号より

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写真 春日雅人会頭
会頭講演ではビッグデータとAIの活用による医療の効率化の可能性を挙げ,医療の効率化によって医療者に時間と心のゆとりが生まれることを通じて,個々の患者に寄り添う医療が実現することを期待。革新的技術の医療への実装に当たって,「“科学の樹”を育むのは社会であり,社会の信頼と合意のもとに医学・医療の進歩がある」と,医療者に社会との対話を求めた。

 第31回日本医学会総会2023東京が2023年4月21~23日の3日間,春日雅人会頭(朝日生命成人病研究所)のもと,東京国際フォーラム(東京都千代田区)を含む4会場で開催された。テーマは「ビッグデータが拓く未来の医学と医療――豊かな人生100年時代を求めて」。本総会では,基本構想である5つの柱①ビッグデータがもたらす医学・医療の変革,②革新的医療技術の最前線,③人生100年時代に向けた医学と医療,④持続可能な新しい医療システムと人材育成,⑤パンデミック・大災害に対抗するイノベーション立国による挑戦に沿ったプログラムが企画され,ビッグデータに体現されるデジタル革命に伴う医学・医療の変革について議論が交わされた。

 今回から,日本医師会認定産業医制度産業医学研修会(産業医セッション)は,全国にサテライト会場が設けられ,現地参加と同様に産業医の単位を取得できるようになった。市民博覧会「みんなで健康 みんなの医療 みんなが長寿」は4月15~23日まで東京国際フォーラムを中心とした丸の内・有楽町エリアで開かれ,5月31日まではオンライン博覧会も開催されている。

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写真 左から日医会長・松本吉郎氏,日本医学会会長・門田守人氏,東工大・大隅良典氏

 認知症の基礎疾患として最も頻度の高いアルツハイマー型認知症(Alzheimer's dementia:AD)の疾患メカニズムに即した認知症疾患修飾療法の実現が近づいている。治療薬開発への期待は2023年1月の内閣総理大臣施政方針演説でも取り上げられたことからも明らかだ。学術プログラム「認知症診療の現状と展望――アルツハイマー病の疾患修飾療法が現実味を帯びてきた中で」(座長=金沢大・小野賢二郎氏,京大・木下彩栄氏)では,ADの疾患修飾療法の導入を見据えた 議論が展開された。

 最初に登壇した岩坪威氏(東大)は,ADの病態機序に基づいた治療法の開発について述べた。ADでは臨床症状が現れるよりも早い段階で,アミロイドβが蓄積し,次いでリン酸化タウ蛋白蓄積,神経細胞脱落の順で変性し,認知機能障害が進行する。このため無症候期での早期発見・治療が求められている。氏は,ADの超早期段階における的確な診断のために必要なアミロイドPETや血漿バイオマーカーといったツール,1万人規模の治験適格者から無症候期ADを抽出して治験に導くトライアル・レディ・コホート研究の概要を紹介し,無症候期段階での治療実現への期待を寄せた。

 続いて小野氏は,上述の病態機序に基づいて開発された抗アミロイドβモノクローナル抗体を用いる疾患修飾療法について解説。2021年に世界で初めて米国で条件付き承認されたAD根本治療薬アデュカヌマブは,アミロイドβの成熟線維を主な標的としている。しかし,脳の浮腫や出血といった副作用から,日本では継続審議となっている現状が報告された。次に触れたのは,2023年1月に米国で承認されたレカネマブだ。同薬剤は,アミロイドβ線維形成過程の中間凝集体であるプロトフィブリルに対する抗体であり,アデュカヌマブより副作用が少なく,「日本でも優先的に承認審査されている」と紹介した。最後に氏は,レカネマブが標的とするプロトフィブリルより早期のアミロイドβオリゴマーを標的とする治療薬研究が進展していることも紹介し,その実現に期待を寄せた。

◆求められる生活介入と社会関係資本

 発表冒頭,認知症の発症要因として,スポーツによって繰り返される軽微な頭部ダメージ,高血圧等を列挙した木下氏は認知症へのシームレスな介入の必要性を説明した。認知症の予防における運動習慣,睡眠,健康的な食習慣,認知予備能を向上させる教育の効果を挙げ,発症前から生活習慣に対してアプローチする重要性を訴えた。続けて氏は,「認知症発症後も自立した生活を可能にするため,使い方に馴染みのある家電製品を使用すること,文字情報を併用したわかりやすいデザインを活用することが大切」と発信。認知機能低下をカバーするため,産官学で環境調整を考えることが必要と訴えた。

 「認知症患者に対してゆっくり大きな声で話すなどの特別な配慮をしていないだろうか」。医療職に対してこう問題提起したのは慈恵医大の繁田雅弘氏。認知症患者は先入観や偏見を持たれることなく接してもらうことを望んでいると強調。さらに,臨床試験の対象となっていない85歳以上の患者に対して,効果測定されることなく治療薬が投与され続けている現状を指摘。今後実現が見込まれる疾患修飾療法は,コストや副作用リスクも高くなるため,認知症患者やその家族の意思に基づいた治療を求め,認知症患者を先入観や偏見を持たずに支援する社会となってほしいと参加者に呼びかけた。

 医療の進歩により,小児期に発症する疾患で命を落とす患者が少なくなった。そのため慢性疾患を有したまま思春期・成人期を迎える患者が増加し,移行期医療への関心が高まっている。学術プログラム「小児期から成人期へ切れ目ない医療連携――トランジション診療について」(座長=獨協医大埼玉医療センター・松原知代氏,日大・森岡一朗氏,大阪母子医療センター・和田和子氏)では,国内での移行期医療の課題と今後の展望について議論が交わされた。

◆医療を途切れさせないための適切な連携

 初めに登壇した窪田満氏(国立成育医療研究センター)は,日本小児科学会が2022年11月に公表した「小児期発症慢性疾患を有する患者の成人移行支援を推進するための提言」の内容を会場に共有し,移行期医療の意義について改めて説明した。本提言で「移行期医療」ではなく「成人移行支援」という表現を用いた背景には,必要な医療を切れ目なく提供し,その人らしい生活を送れるようにするための“支援”が移行期医療のメインであることを改めて強調する意図があったと氏は語る。患者の引き渡しだけを意識するのではなく,良質な医療が切れ目なく患者に提供されていることを重視し,小児科と成人診療科で連携する必要性を強調した。

 兵庫県立こども病院の循環器内科では,周囲の複数の成人医療機関と協働し,先天性心疾患児への医療を提供している。同施設で移行期・成人期患者を診療する城戸佐知子氏は,協働の過程で小児循環器医と成人循環器内科医との患者に対するアプローチや文化の差に驚く一方で,新しい見解を得たことで診療の深化にもつながったと連携の意義を語った。また,移行期における患者の思いをヒアリングした結果を示し,移行期は今後の生き方について葛藤している時期であると指摘。一方で医療者には患者との長期的なかかわりが求められるため,「医療者側も疲弊しないよう,頑張りすぎないようにしてほしい。連携する医療者全員で力を出し合うことが大切だ」と呼びかけた。

 北畠康司氏(阪大病院)は,平均余命が60歳にまで延びたダウン症患者における移行期の現状を解説。就学後は定期受診の機会が減り,青年期に発生する退行様症状と成人期のアルツハイマー病の発症に対処しにくいという課題があると説明した。解決策の一つとして氏は,もともとの認知能力を把握し,それと比較して判断できる医師を確保するための適切な成人移行支援を挙げた。また,出生前検査の広まりとともに,ダウン症は倫理的課題の対象となっている。今後はダウン症患者のライフコースについて正確な情報を集め,広く世間に提供して初めて,命に関する深い議論や治療法の開発が進むのではないかとの考えを示した。

 地域のプライマリ・ケア医として,移行期患者の受け手側の立場から発表したのは一ノ瀬英史氏(いちのせファミリークリニック)。小児から複数の診療科がかかわると全ての関係者が密な関係性を構築するのが困難になることもあるため,プライマリ・ケア医が調整役として成人期の体制を地域の実情に合わせた形で構築するのが大切と話した。さらに,成人移行支援においては,患者を“地域で暮らしていく人”ととらえた対応が必要であると主張。小児期と高齢期の間の移行期・青年期においてはまだ地域包括ケアシステムが存在していないため,今後この在り方を模索し,「一生涯寄り添う地域包括ケア」を構築する必要があると語った。

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