BPSモデルを活用して,良医をめざす
寄稿 小坂文昭
2023.05.15 週刊医学界新聞(レジデント号):第3517号より
診療に追われる医師の皆さまは,外来の待ち時間問題,患者満足度や治療効果,服薬アドヒアランスの問題,救急対応など日々,さまざまな課題に直面されていると思います。生物心理社会モデル(Bio-Psycho-Social model,以下BPSモデル)はこれらの問題の解決に有用です。
本稿では,BPSモデルの基礎について解説します。これから慢性疾患の患者の対応をする医師の方々,特に若手医師の方々にぜひ活用していただければ幸いです。
BPSモデルの概要
急性期疾患よりも慢性疾患の患者が増加した現代の医療において,伝統的に行われてきた生物学的なアプローチに加え,患者の社会面や心理面に配慮したアプローチが重要になってきています。そんな中でおよそ40年前にG. Engelによって提唱されたのが,BPSモデルです1)。BPSモデルとは,病気を単なる生物学的な問題としてとらえるのではなく,心理的,社会的背景も重要な要因としてとらえるというものです。医療者は患者の病気の状況だけでなく,その背景にある生活環境や心理的要因なども含めた全体像を把握し,より適切な医療を提供することをめざします。
BPSモデルによって,患者の医療アクセスや健康状態の改善,救急医療・入院の減少2)や医療費の抑制3)などさまざまな効果を得られることがわかっています4~6)。
また,問診時のコミュニケーションにBPSモデルを用いることは患者との信頼関係構築にも役立ちます。患者の心理的背景,社会的背景,環境を掘り下げ,理解することは「薬を処方して終わり」の外来と比較すると時間を要します。ですが,時間をかけて事情を伺い,「自分のことを理解してもらえた」と感じてもらうことは,信頼関係構築に大いに役立ちます。治療がうまくいき,症状が安定する確率を上げられるため,その後の診療時間短縮にもつながります。一回の診察で必要な情報を全て聴取するのが現実的に難しいこともありますが,そうした場合は頻回に受診してもらい,ヒアリングを行いましょう。人が信頼感を抱くには,対象に会っている時間の長さよりも会う回数が重要なため7),診察の回数を重ねることで得られる情報も多いでしょう。
生物・心理・社会を分割せず,総合的に介入する
BPSモデルによくある誤解は,「生物学的な問題は〇〇で,心理学的には××,社会背景は△△である」のように3分割して介入を行う,というものです。もしこのようにそれぞれを分割できれば問題を単純化できてとてもわかりやすいですが,生物・心理・社会の要素は独立した事象ではなく互いに影響し合って現在の問題が起こっているという視点が欠けています。それぞれを分割して考えるのではなく,総合的に理解し包括的に介入することが必要になります。
前述したEngelは,個人を中心にそれぞれマクロとミクロのベクトルへ階層が存在し,相互に影響し合っているとしました。
宇宙⇔地球⇔国⇔都市⇔近隣地域⇔コミュニティ⇔家族⇔個人⇔神経⇔臓器⇔細胞⇔原子
影響力は階層がマクロ(宇宙)からミクロ(原子)にいくにしたがって弱くなり,変化の速度はミクロ(原子)からマクロ(宇宙)にいくにしたがって遅くなる,と考えます。例えば地球の自転・公転が少しでも狂えば大きな環境の変化が起こり,われわれの生命は一気に危機に陥ることは容易に予想されます。たばこ税を上げれば禁煙する人が増える,のように国の政策もわれわれの健康行動に大いに影響しますし,格差が広がれば寿命が縮まります8)。コミュニティへの参加の有無も健康に大きな影響を及ぼします9)。個人の健康問題のほとんどに心理社会的問題がかかわっていることがわかるでしょう。遺伝性疾患など,発症に心理社会的問題がかかわらない疾患も当然ありますが,数は少ないです。ですから,心理社会的問題に目を向けず,各臓器のみに的を絞って治療を行うことは,対症療法的とも言えます。
一方,変化の速度はミクロであればあるほど速くなり,迅速な対応が求められます。例えば救急の現場において,生命の危機(生物学的問題)に陥っている時に,社会的要因からアプローチする時間の余裕はありませんよね。緊急度を見定めて適切に対応することが大切になります。
医療者自身もBPSモデルに含まれる
上記を踏まえて,以下の症例を検討してみましょう。
高血圧で通院加療中の50代男性。最近,血圧が上昇傾向で,禁煙も指導しているものの成功には至っていません。話をよく聞くと,仕事のストレスで睡眠が障害されているとのこと。睡眠障害の影響により,運動をする気が起きず,食事量,喫煙量も増えていました。
降圧剤を処方するのも一つの手ですが,同時に生活習慣の改善ができないか探っていきます。社会が健康行動に影響を及ぼしているとはいえ,社会構造を簡単に変えることはできないため,実行可能な範囲で改善策を探ります。例えば,仕事のストレスを軽減するために仕事を他人に任せるよう助言をする,仕事を断るコミュニケーションスキルの練習をするなどが挙げられます。あるいは認知行動療法やリラクゼーション法を指導することも考えられます。「春になって気候が良いのでお花見がてら散歩でもしてみませんか」と提案するのも良いかもしれません。どれも頭ごなしに指導,助言するのではなく,解決のための適切な方法を患者側から引き出す,傾聴・問いかけのスキルも必要になります。
また診療に当たって,われわれ医療者自身も患者のBPSモデルに組み込まれていることを忘れてはなりません。患者は医療者の言動に影響され,われわれもまた患者から影響を受けます。できるだけ診療に影響を及ぼさないよう中庸の状態で話を聞き,治療を選択するには訓練が必要です。患者の話を聞いている時に,今の自分がどういった状態かに気づき,自分の感情を受容しつつ,患者との対話に意識を戻す必要があります10)。
患者のありのままを観察し理解する
BPSモデルは家庭医・総合診療医にとって最も重要な基本スキルと言っても過言ではありません。循環器内科医の心電図,感染症科の血液培養,泌尿器科の尿検査くらい重要なものです。また,他科でもBPSモデルを意識した診療を実践できるようになると,さらに診療の深さ,幅が広がります。
重要なのは,患者のありのままを観察し理解するという意識です。それぞれの関係性が非常に複雑で入り組んでいても,まずはそのままとらえる。その混沌を共に味わうことでさらに診療は深化します。若手医師の方々には特にBPSモデルを用いた診療をどんどん実践し,日々の振り返りから学びを深め,良医になってもらいたいと思います。
参考文献
1)Science. 1997[PMID:847460]
2)Scientifica(Cairo). 2012[PMID:24278694]
3)Clin Rehabil. 2017[PMID:28730890]
4)Milbank Q. 2005[PMID:16202000]
5)Int J Psychiatry Med. 2016[PMID:28629291]
6)Psychol Bull. 2007[PMID:17592957]
7)A Rindfleisch, et al. Explaining the familiarity-liking relationship:mere exposure, information availability, or social desirability?. Marketing Letters. 1998;9(1):5-19.
8)Am J Public Health. 1997[PMID:9314802]
9)近藤克則,他.健康格差と健康の社会的決定要因の「見える化」.医療と社会.2014;24(1):5-20.
10)Int J Psychiatry Med. 2014[PMID:25084850]
小坂 文昭(こさか・ふみあき)氏 こさか家庭医療クリニック 院長
2005年兵庫医大卒。南部徳洲会病院で初期研修ののち,08年亀田ファミリークリニック館山家庭医診療科,11年沖縄県立八重山病院での勤務などを経て,14年より現職。家庭医療専門医。
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