法制化されたドイツの現状から内密出産を考察する
寄稿 Tobias Bauer
2023.04.03 週刊医学界新聞(通常号):第3512号より
2019年12月に熊本県熊本市の慈恵病院が「内密出産」の実施を表明した。慈恵病院における内密出産は,妊娠を知られたくない女性が病院内の相談室のみに実名を明かした上で出産し,子どもが一定の年齢になれば産みの母の実名を閲覧できるというものである。
慈恵病院の取り組みのモデルとされているドイツでは,出自を知る権利の侵害や孤立出産の問題を抱える赤ちゃんポストの代替策として内密出産を法制化した。内密出産導入時の14年5月から全国規模で月平均約10件の内密出産が行われている(23年1月末までの総件数は1044件)。
熊本市や専門家が国に法整備と制度設計を求める中,慈恵病院では21年12月に独自のルールにのっとった国内初の内密出産が行われ,国は22年9月にガイドラインを示した1)。これにより内密出産の存在が国内で容認され,その手順と医療機関と行政の連携の在り方等がある程度明確にされたものの,母親の身元情報の管理や費用負担について「医療機関任せ」という批判的な声があるように,残る課題は少なくない。
このような中で,先行するドイツの制度が本邦における内密出産,とりわけ内密出産時の医療機関の役割をめぐる今後の議論にどのような点で参考になり得るだろうか。
◆妊娠相談所の役割と母子支援における内密出産の位置づけ
本邦のガイドラインでは医療機関が中核的役割を担うことが想定されているが,ドイツの内密出産制度では全国に1600か所以上ある妊娠相談所が中核となっている。内密出産の導入以前から存在する妊娠相談所では,専門性の高い相談員への相談を匿名かつ無料で気軽に行える。相談員は幅広い支援策を基に,妊娠に悩む女性と共に解決の道を探る。内密出産はさまざまな支援制度の中の最終手段として位置づけられているため,内密出産に至るケースはごく一部に過ぎない。
◆身元情報の管理
本邦のガイドラインでは,身元情報の管理は受け入れ先医療機関に一任された。一方ドイツでは,内密出産に決めた場合,妊婦は妊娠相談所にのみ実名を明かし,どの医療機関でも仮名で出産することができる。同時に子どもの出自を知る権利は国が保障すべき重要な法益と認識されているため,内密出産における「出自証明書」は公的機関が管理し,子どもが16歳になれば閲覧でき,閲覧に対する産みの母の異議申し立て権等についても法制化されている。
◆内密出産の費用負担
匿名性を保障するために健康保険を使用できないことが内密出産の特徴であるため,ドイツでは妊娠・出産・産後にかかる医療費は国が負担するよう定められている。本邦のガイドラインでは費用負担について触れられておらず,慈恵病院における内密出産では病院が費用を負担している。今後受け入れを検討する医療機関にとって,費用面の負担は大きなハードルの一つと考えられる。
*
今後本邦で母子救済の最後の手段としての内密出産を展開していくため,今回のガイドラインを皮切りに,上述した3つの視点を参考に法制化を含む支援のさらなる拡充への議論に期待したい。
参考文献・URL
1)厚労省,他.妊婦がその身元情報を医療機関の一部の者のみに明らかにして出産したときの取扱いについて.2022.
Tobias Bauer(トビアス・バウアー)氏 熊本大学大学院人文社会科学研究部 教授
2004年に独ミュンヘン大大学院博士課程単位取得退学後,同年に熊本大文学部専任講師として着任。23年より現職。九大文学部で内地研究員,ミュンヘン大医学部で客員研究員等も務めた。専門は生命倫理,ドイツ文化論。厚生労働省の委託により内密出産等に関する海外の法・制度に関する調査研究事業(18・19年度)の委員を務めた。
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