全ての看護職の処遇改善に向けて
対談・座談会 石田昌宏,福井トシ子
2023.03.27 週刊医学界新聞(看護号):第3511号より

国家公務員看護職の給与規定である医療職俸給表(三)級別標準職務表が改正され,看護師長がこれまでの副部長級に,知識や経験に基づき困難な業務を担う看護師がこれまでの師長級に位置づけられた(表1)。この見直しは,公的価格評価検討委員会(註)の「中間整理」に記載された「すべての職場における看護師のキャリアアップに伴う処遇改善のあり方について検討すべき」との方針を踏まえて実施されたもの。直接の対象は国家公務員の看護職にとどまるものの,本改正を契機に全ての看護職員の処遇改善をめざし,看護職員の給与体系の見直しを日本看護協会(以下,協会)や厚労省が求めていく。改正に尽力した石田昌宏氏と協会長の福井トシ子氏が,処遇改善や医療職俸給表(三)級別標準職務表の見直しに至るまでの舞台裏と次の展望について対談した。

福井 国家公務員医療職俸給表(三)〔以下,俸給表(三)〕級別標準職務表が2022年11月に改正されました(表1)。これは官民を問わず看護職の給与決定に影響するもので,その改正は全看護職の処遇改善の実現に向けて大きな一歩となります。
石田 処遇改善は長らく前進できませんでしたね。俸給表(三)級別標準職務表に7級が新設されたのが1991年,実に31年ぶりです。
福井 本日は石田議員と共に改正に至るまでの流れを振り返りながら,取り組みを今後どう続けるかを考えます。まずは処遇改善の流れを石田議員からお話しいただけますか。
石田 今回の改正に至るまでには3段階ありました(表2)。第1段階が20年6月に開始した「新型コロナウイルス感染症対応従事者慰労金交付事業」です。コロナ対応への手当については,行政も含む社会全体が声を上げてくれました。慰労金はあくまでもコロナ禍の特例でしたが,それを契機にそもそもの看護職の処遇を改善すべきだとの流れができましたね。その結果が第2段階である21年11月「コロナ克服・新時代開拓のための経済対策」に始まる看護職員等処遇改善事業につながります。22年2月からの補助金を経て,同年10月には診療報酬での対応に移行しました。

ただし,この処遇改善はコロナ対応にかかわった一定の要件を満たす医療機関の看護職のみが対象でした。そこでより多くの看護職が対象になる処遇改善の方策として,賃金構造を変えた俸給表(三)級別標準職務表の見直しをしたのが第3段階です。
潮目を変えたのは看護職の責任感ある働き
福井 一連の流れの舞台裏をお聞きしたいと思います。きっかけとなった第1段階で看護職が注目されたのは,われわれも思いがけないことでした。
石田 ええ。看護職の働き方については,これまでも多くの議論や改善を積み上げてきましたが,国ではなく各施設で決定する賃金の議論はなかなか盛り上がりきらなかった。そこにコロナ禍が始まり,最前線に立つ看護職が社会的に注目を浴びました。
当初,医療職は社会からの偏見にさらされました。特に看護職は子育て中の母親など,家族を守る重要な役割も担う方が多い。にもかかわらず,感染リスクの高い現場にいることで家に帰れなかったり子どもを保育園で預かってもらえなかったりする状況でした。しかしその逆境の中でも責任を持って役割を果たしたことで,「看護職は頑張ってくれている」「偏見はおかしい」との世論が高まったのです。医療職の中でも看護が良い意味で注目され,看護職の処遇改善に政策が向く時だと感じました。
福井 看護職は感染管理の知識が豊富で高い技術も持っています。そのため,それまでは他職種で分担していた業務も含めて看護職に全て任せられ負担が増しました。制度の違いはありますが,諸外国では多くの看護職員の前線離脱があった中,わが国の看護職員は最前線で頑張り続けてきましたね。
コロナ禍では,国民が3つの価値を再確認したのではないでしょうか。1つは普遍的な健康に対する価値です。感染防止行動をとりながら健康は自らつくり,維持すべきものだと実感したと思います。次に家族や仲間の価値です。隔離などで生活を共にできない中で,家族とは何か,仲間とは何かを見つめ直す機会になったことでしょう。そして,看護に対する価値です。看護職が常に最前線でコロナに対応し,それを社会が認めてくれたことが処遇改善の大きな前提になりました。
できる限り多くの看護職を処遇改善事業の対象に
福井 第2段階の「コロナ克服・新時代開拓のための経済対策」の当初は,コロナ対応に当たる三次救急医療機関の看護職20万人に対して収入の約3%(月1万2千円)の補助が予定されていました。協会から「コロナに対応したのは看護職全体の168万人です」と主張したのですが,行政からは「決定している財源以上は拡大できない」との回答でした。
石田 この回答は,実に不健全ですし,これほど悔しいものはありません。看護が分断されるのですから。しかし,財源を覆すことはできませんでした。そこで申し訳ないのですが1人当たりの補助額を1%に減らすことで総額を変えず,「救急搬送件数が年間で200件以上の医療機関」を要件に加え57万人へと対象を拡大しています(表3・注1)。まずは対象を広げた後に,総額を段階的に引き上げようとの意図でした。

福井 その後「看護職員処遇改善評価料」が新設され,看護職員等処遇改善事業が診療報酬に組み込まれました。行政は1%のままで検討していたと思いますが,協会からは3%の引き上げを強く要望しました。
石田 われわれも3%の数字を強く主張し,対象を広げたままの引き上げに成功しました(表3)。
福井 予算大臣折衝事項が公表された21年12月22日は忘れられません。診療報酬で対応する際のそれまで本会が行ったロビー活動は,「看護職一人ひとりに確実に行き渡る方法を作ってほしい」とそれだけです。実際に評価料の計算式1)が明記され「看護職員等の賃上げ必要額」だと強調していただけました。ただし,柔軟な運用が認められていますので(表3・注2),実際には他職種に配分している施設もあると聞きます。
石田 難しい部分ですね。看護職に限定したい思いはありますが,他職種も当然懸命に尽力しています。また施設内で昇給の交渉を行う際,他職種と協力できれば経営陣に対する説得力が増す利点もありますから。なお細かい工夫ですが,あくまでも看護職の処遇改善と示すため,他職種の例示の最初に看護補助者を入れてもらいました。
福井 通常は国家資格者から記載されるルールだそうですね。石田議員のアイデアです。
石田 細かい点で実際どれほどの効果があるかはわかりませんが,少なくとも政府の作成者がその意図を理解してくれた。そこに意義があると考えています。
管理職だけでなく,高度な技術を持つスタッフの評価を
福井 ただし,対象は看護職全体の約35%にとどまります。全看護職への処遇改善の拡充が今後の課題です。
石田 それは簡単な道のりではなく,長い目で考えなければなりません。一方で機会をうかがい続けるだけでなく,別の手も必要だと考えて着手したのが,看護職向けの給与表である俸給表(三)級別標準職務表の改正です。賃上げとしてわかりやすいのは,給与表の金額自体を引き上げる方法でしょう。しかしそれでは国家公務員全体の中でなぜ看護職の給与のみを改正するのかが疑問視され,実現できない可能性が高い。そこで金額には一切触れず,人事院規則の変更で可能な俸給表(三)級別標準職務表を変更したのです。
看護職の級別標準職務表の構造上の課題は,スタッフ全てが2級に位置づけられ管理職になる以外のキャリアアップがなかった点です。改正のポイントは,看護師長が4級に上がったこと。そしてこれまで看護師長が位置づけられていた3級に,高度な技術を持つ看護師が新たに位置づ...
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石田 昌宏(いしだ・まさひろ)氏 参議院議員/看護師
1990年東大医学部保健学科卒。聖路加国際病院,東京武蔵野病院勤務を経て,日本看護協会政策企画室長として看護関連政策の立案・調整に従事。日本看護連盟幹事長を経て,2013年比例区(全国)にて参議院議員に初当選。石田まさひろ政策研究会ウェブサイト。

福井 トシ子(ふくい・としこ)氏 公益社団法人日本看護協会 会長
1982年東京女子医大看護短期大学専攻科修了。83年福島県立総合衛生学院保健学科修了。同年東京女子医大病院に入職。91年杏林大病院看護師長,2003年看護部長。10年日本看護協会常任理事を経て,17年会長に就任。経営情報学修士,保健医療学博士。
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