医学界新聞

寄稿 小林啓

2023.03.20 週刊医学界新聞(通常号):第3510号より

 インターネットとスマートフォンの普及により,多くの情報にアクセスすることが日常になりました。普段使っているスマートフォンアプリと,病院で使っている電子カルテなどを比べた時「どうしてこんな複雑で見づらい画面なんだろう?」と感じたことはないでしょうか? もし全く感じたことがなければ,それは「医療で扱う情報は複雑なもの」という固定観念に慣れきっているかもしれません。

 実際に医療は常に膨大な情報を扱い,診察や検査の情報を比較して難しい意思決定を下す仕事です。そのため,医療機器や医療コミュニケーションがある程度複雑になることは避けられません。しかし,こうした複雑なデザインをよりシンプルに,より伝わりやすくするための努力はできているでしょうか? たとえ情報が複雑であっても難解さを減らすことはできますし,不要な情報は確実に理解の妨げになります。

 「医療で扱う情報は複雑なもの」と割り切り,問題のあるデザインを放置してしまうと,将来の大きなリスクにつながってしまいます。

 複雑なデザインを放置することのリスクはいくつか挙げられますが,最も大きな懸念は医療ミスの増加です。医療で扱う情報は増えることはあっても,減ることはほとんどありません。また,電子カルテなどでめったに使わない機能でも「いつか誰かが必要になるかもしれない」と考え,つい残してしまいます。そうなると自ずとデザインは複雑になり,扱う医療者の認知負荷は高くなります。認知負荷が高まるほど判断を誤るリスクは増加し,医療ミスは当然人命にかかわります。デザインの考え方では「ミスの原因は犯した人間ではなく,不適切なデザインにある」とされており1),デザインを改善することで医療ミスと医療者のストレスを減らすことができます。

 もう一つの問題は,変化への対応が鈍くなることです。現代社会は非常に移り変わりが激しく,医療の世界でもデジタル化など多くの変化が求められています。しかし,医療を改善させるためのプロセスが複雑にデザインされているため,変化への対応は常に鈍く,莫大なコストも浪費してしまいます。あれもこれもしたいという詰め込み型の発想ではなく,無駄を見極めたシンプルなデザインをいかに開発の初期段階から構築していくかが未来の医療に求められます。

 ここまで,医療にシンプルなデザインをもたらす大切さをお伝えしました。それでは,私たち医療者一人ひとりがデザインの視点を持つことで医療にどう貢献できるでしょうか? 電子カルテのデザインを刷新することや,新しい医療機器を作ることは個人の力ではなかなかできません。しかし,ほとんどの医療者が直面するデザインの課題があります。それがプレゼンテーションです。

 すでにデザインを学ばれ,素晴らしいプレゼンテーションができる医療者も多くいますが,デザインの基本的な発想を取り入れることで,改良できる余地がまだまだあります。

 例えば,図1のスライドをシンプルにするにはどう考えればいいでしょうか?

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図1 BEFORE
余計な情報が多く,何を最も伝えたいかがわかりづらい。

①情報の重要度をトリアージする

 自分の持っている情報を全てスライドに書き込むのではなく,どの情報が伝えたいのかを整理していく作業が大切です。伝えたい情報を一度書き出して客観視し,重要度を選別していきましょう。

②メッセージを強調する

 スライドに文字を書けば聴講者に伝わるわけではありません。情報が多くなるほどどれが大切な情報かわからなくなり,読み疲れるばかりで全く伝わらなくなります。一枚のスライドに対して最も伝えたいメッセージを定め,そのメッセージが強調されるデザインにしましょう。最も強い強調の方法は「そのメッセージ以外を書かないこと」です。

③スライドに頼らない

 スライドに書かれた文字を棒読みするプレゼンテーションはもうやめましょう。プレゼンテーションは視覚と聴覚による情報伝達です。特にオンラインでは,聴覚への意識が高くなります。スライドをどう作るかよりも,プレゼンターが何をどう話すかを徹底して作り込むことが大切です。スライドが必要ないほど話の完成度を高めることができれば,自然にスライドはシンプルなものになります。

 上記の視点を基に作成し直したのが図2です。情報をシンプルにすることで,最も伝えたい内容が格段に伝わりやすくなります。

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図2 AFTER
情報をシンプルにすることで,伝えたい内容が格段に伝わりやすくなる。

 プレゼンテーションを作る過程では,情報の整理,ユーザーを中心とした設計,人間の認知の理解など,さまざまなデザインの要素を知ることができます。

 こうした私の持つデザインのテクニックを『医療者のスライドデザイン』(医学書院)という本にまとめました。プレゼンテーションに悩む全ての医療職の方,医学生の方にぜひお読みいただけると嬉しいです。また,医療スライドデザイン部のFacebookグループでは,医療者同士のスライドデザインに関するピアスタディを行っています。こちらもお立ち寄りください。

 医療とデザインの可能性について,一緒に考えていきましょう。


1)岡本明,他(訳).「誰のためのデザイン?」増補・改訂版.新曜社;2015.

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株式会社CureApp UX/UIデザイナー

2009年京府医大卒。精神科専門医,医学博士。16年より医療者向けのスライドデザイン講座を開講し,19年に「医療スライドデザイン部」を立ち上げる。デザインと医療をつなげることに大きな可能性を見いだし,21年より現職に就く。近著に『医療者のスライドデザイン』(医学書院)。

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