医学界新聞

寄稿 雨宮歩

2023.02.27 週刊医学界新聞(看護号):第3507号より

 筆者は身体拘束を減らすことを目的に,看護理工学アプローチの一つであるケア機器の開発に取り組んでいる。看護理工学アプローチは難しい数式や特別な方法を用いるわけではなく,やる気になれば誰でも取り組むことができる。本稿では,「やってみよう!」と思ってもらえるよう,どのように取り組みを始めたのかを中心に紹介する。

 身体拘束は医療保険適用病床の9割以上で行われており1),患者の精神的苦痛だけでなく,関節拘縮・褥瘡・心肺機能低下2),時には死につながることもある3)。患者の基本的人権を侵害すると理解しながらも,「患者の生命と安全を守るため」「人員不足のため」実施せざるを得ないと語る医療者は少なくない4)。認知症ケア加算などの診療報酬改定により,現場では「身体拘束ゼロ」の実現に向け,「全員の強い意志でチャレンジを」との指針が掲げられるが,意志だけでは難しいことは,なかなか身体拘束が減らないことからも明らかである。

 私自身,臨床看護師として勤務していた中で,多くの看護師同様,身体拘束に対する問題意識を持っていたが,具体的な行動には移せていなかった。その後,大学院で看護理工学を学び,「無いなら創る」という理念の下に行われる研究を間近で見て,さまざまなセンサに触れる中で,ケア機器の開発により身体拘束を減らすことができるのではないかと考えた。

 身体拘束は主に,①転倒・転落防止,②医療用カテーテル等の自己抜去防止のために実施されている。前者に対してはさまざまな離床検知センサが開発・研究されてきた。しかし,もう一つの要因である医療用カテーテル等の自己抜去を防止するためのセンサは,抜去を早期に発見できるセンサがいくつか存在するのみで,身体拘束を減少させる効果は乏しい。なぜなら抜去後の発見では遅く,抜去前に見つけなければ身体拘束を減らすことにはつながらないからだ。そのため,自己抜去前に検知する機器を作製しようと考えた。「無いなら創る」である。

 自己抜去前に検知する方法を検討するため,自己抜去が行われる状況を整理し,大きく二つに分けた。①認知機能低下などによりカテーテルを挿入していることを忘れ,何かを確かめるため触れているうちに自己抜去してしまう場合,②せん妄などで興奮状態となり強い力で引き抜く場合である。②の興奮状態にある場合にはリスクをアセスメントしやすく,そもそも興奮状態への対応が必要であるため,今回の自己抜去防止は①の認知機能が低下した患者に焦点を当てることにした。さらに,認知機能が低下した患者が何度も刺入部付近を触れる動作を臨床でよく見ていたため,カテーテルを気にし始めたことを検知するために,刺入部付近の手の接触を検出することにした。

 アイデアを具現化するためにまずは研究費が必要だと考え,いくつか助成金申請に挑戦したが,全て不採択となった。このテーマに関する自身の実績がなかったことが一因だろうと今では考えるが,当時は自身のアイデアの意義を疑った。周囲の看護師に意見を聞いて回り,自身の臨床経験を思い返し,やはりどう考えてもこの機器が必要だと再認識し,できる範囲で動き出すことにした。

 まずは手の接触検知方法に関するアイデアである。エレベータのボタンや電灯のスイッチで手を近づけると反応する仕組みにヒントを得て,静電容量センサというものにたどり着いた。さらに調べていくと,静電容量センサでスイッチを作成できるキットが秋葉原にあることがわかり,すぐに購入した。一連の行動からもわかるように,看護理工学アプローチの目的は臨床のニーズを解決することであり,新しいセンサを作ることではない。使える既製品があるのであれば積極的に使用すべきだ。このあたりは,工学研究者や企業と協同する際に意見が合致しにくいところである。

 もう一点,意見の不一致がみられやすい点に,システムにどれくらいの機能を持たせるかがある。機械に苦手意識があっても臨床で難なく使えるよう,できる限りシンプルな仕組みで簡単に使用可能で,壊れにくいことを優先したい。しかし,工学研究者や企業は他の研究者や企業に真似できないようにと,たくさんの機能を持たせたがる傾向にある。そうした面での調整は,看護師の腕の見せどころである。

 課題やその解決方法を絞りこみ,何か具体的な形ができると,工学研究者や企業にも伝わりやすくなる。この時に作製した試作機を図1に示す。回路基盤にカバーをつけたかったが,3Dプリンタを使える環境がなかったため,サイズの合うフリスクのケースに入れている。回路基盤と導電性のシートの接続がなかなかうまくいかず,試行錯誤の挙げ句,最終的にノートの切れ端を挟んで接触具合を調整してある。

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図1 手作り感あふれる試作機とその概要
回路基盤をフリスクのケースに入れ,導電性のシートと接続している。フィルムに手が近づくとセンサが反応し,スマートフォンなどに通知を送る仕組み。

 手作り感溢れる試作機であるが,これを用いた実験が第7回看護理工学会学術集会研究奨励賞を受賞した。実験結果を申請書に記載することで助成金申請が採択され,さらには興味を持ってくれる企業が現れた。そこから工学研究者・企業と共に幾度もの改良を経て,ようやく臨床で効果検証を始める段階に進んだ。

 また本試作機は,単に接触を検知したら医療者に知らせるだけでなく,患者が刺入部をどの状況でどれくらい気にしているかを客観的・連続的に計測できるシステムとしても活用可能だと考えている。それによって,一様に身体拘束や頻回な巡視を行うのではなく,患者ごとの個別ケアの検討が可能になる。

 ここまでの過程で「看護理工学」を勉強していないとできなかったということは,ほとんどないことがわかっていただけたと思う。看護師だから,機械が苦手だからと躊躇せず,「無いなら創る」という気持ちを持てば誰にでもできることだ。今回は看護理工学アプローチの一例としてケア機器開発を紹介したが,看護理工学を知っていても知らなくても,臨床現場に還元するために,課題に応じてケア機器の開発やさまざまな計測,動物実験などのアプローチを行うのが看護理工学アプローチだと私は考える。理工学の研究と一見同じようなことをしていても,一番の違いは,研究結果を必ず臨床や看護学の発展のために還元することであり,「看護理工学アプローチ」としてそれだけは欠かすことができない。

 やる気があれば誰でもできると伝えたが,自分一人で一歩を踏み出すのはハードルが高いかもしれない。そのような時に活用していただきたいのが,看護理工学会「ものづくり体験ワークショップ」である。非会員でも参加可能で,年に一度,夏頃に2日間のスケジュールで開催している。看護師・看護学研究者と工学研究者,企業の3者が一つのグループを作り,2日間でニーズの検討から簡単な試作機の作製までを実施する(図2)。ここで,ものづくりの始め方を学ぶとともに,専門分野による常識や考え方の違いもぜひ体感してほしい。また,ここで得られた人脈も今後,看護理工学アプローチに取り組む際に役立つだろう。

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図2 ものづくり体験ワークショップの様子

 看護理工学アプローチは解決法の幅を大きく広げてくれる。限界を決めずに臨床課題の解決に取り組む方が増え,臨床現場が少しでも良い状況になり,看護学がさらに発展することを願いながら,私もさらにまい進していきたい。


1)全日本病院協会.身体拘束ゼロの実践に伴う課題に関する調査研究事業報告書.2016.
2)Med Care. 2009[PMID:19786918]
3)Alzheimer's Australia. The Use of Restraints and Psychotropic Medications in People with Dementia. 2014.
4)日本看護倫理学会臨床倫理ガイドライン検討委員会.身体拘束予防ガイドライン.2015.

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千葉大学大学院看護学研究院 講師

2004年千葉大看護学部卒。同年より7年間,東大病院勤務。東大大学院医学系研究科健康科学・看護学専攻修士・博士課程修了。14~15年日本学術振興会特別研究員(DC2)。16年千葉大大学院看護学研究院助教を経て,22年10月より現職。21年より千葉大フロンティア医工学センター兼務。

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