薬剤が及ぼす腸内細菌叢への多大な影響
日本人4198例の腸内マイクロバイオーム解析の結果から
寄稿 永田尚義
2023.01.30 週刊医学界新聞(通常号):第3503号より
世界に類を見ない情報量と多数例のデータベースを構築
さまざまな環境因子や宿主因子が腸内細菌叢に影響を及ぼすことが示唆されており1~4),その変化がヒトの健康維持と病気の発症に密接に関与している可能性が指摘されている5)。ヒト腸内細菌叢に影響を及ぼし得る環境因子には,国,地域,食習慣,運動習慣,アルコール,喫煙,抗微生物薬投与,手術などが1~4),宿主因子には,宿主遺伝子の他,年齢,性別,体格,人種,さまざまな疾患,便形状,免疫状態,栄養状態,睡眠などが挙げられる1~4)。
ヒト腸内細菌叢は,個人間の多様性が極めて高いため,「どのような因子が腸内細菌叢に影響を及ぼすか」を明らかにするには十分な被験者数が必要である。1000例以上の大規模腸内細菌研究は欧米を中心に報告されていたが1~4),日本人での検討は皆無であった。このような背景の中われわれは,日本人4198例を対象に詳細なメタデータとマイクロバイオームデータを統合した大規模データベースを構築し,Japanese 4D(Disease,Drug,Diet,Daily life)マイクロバイオームコホートと命名した(図a)6)。メタデータには,多彩な疾患や薬剤情報,食習慣,生活習慣,身体測定因子,運動習慣などが含まれ,特に薬剤に関しては759種類の薬剤投与歴を網羅的に収集している6~9)。
集められた糞便サンプルに対しショットガンメタゲノム解析を行ったところ,日本人の腸内細菌1773種(種レベル),腸内細菌の遺伝子機能1万689個,薬剤耐性遺伝子403個,1347種のバクテリオファージ(約半数は新規のファージ)を同定6, 9)。また,日本人の腸内にはBacteroides,Bifidobacterium,Clostridiales,Blautia,Faecalibacteriumなどの菌種(属レベル)が多いことを大規模データから明らかにした6)。このような膨大な生活習慣・臨床情報とマイクロバイオーム情報を統合したデータは,世界の中でも最も大規模なものの1つである。
日本人の腸内細菌叢に最も影響を与えるのは薬剤投与
日本人4198例の腸内細菌叢の解析から,さまざまな環境・宿主因子の中で薬剤投与の腸内細菌叢への影響が最も強く,次いで疾患,身体測定因子(年齢・性別・BMI),食習慣,喫煙・アルコール,運動習慣の順であることが明らかとなった(図b)6)。薬剤が及ぼす影響は食習慣,喫煙・アルコール,運動習慣より3倍以上も強く,この影響度の強さは,腸内細菌叢を属,種,遺伝子機能等のさまざまなレベルで解析しても同じ結果であった(図b)6)。この結果は,ヒトマイクロバイオーム研究における「薬剤情報の収集の重要性」と「薬剤投与歴を考慮した解析の必要性」を強調するものと言える。
また,多変量解析にて消化器疾患薬,糖尿病薬,抗微生物薬,抗血栓薬,循環器疾患薬,脳神経疾患薬,抗がん薬・免疫抑制剤,筋骨格系疾患薬,泌尿器・生殖器疾患薬,その他(呼吸器疾患薬や漢方薬)の順で影響が強いことが判明した(図c)。特に,消化器疾患薬の中ではPPI(Proton-Pump Inhibitor),P-CAB(Potassium-Competitive Acid Blocker)などの胃酸分泌抑制薬,浸透圧性下剤,アミノ酸製剤,胆汁酸促進剤の影響が強く,糖尿病薬の中ではα-グルコシダーゼ阻害薬が最も強く影響することが明らかとなった6)。
さらに,薬剤投与期間と腸内細菌叢への影響を検討したところ,投与後1か月以内に腸内細菌叢への影響を認め,投与期間と変動する菌種の割合が比例することが判明した6)。投与期間が細菌叢に影響していることは,抗微生物薬よりも消化器疾患薬や糖尿病薬が腸内細菌叢への影響が強い理由を説明している可能性がある。また糖尿病と関連する菌種は糖尿病薬と関連する菌種とは異なることが判明し,その他の複数疾患と疾患治療薬の腸内細菌の変動が異なることも見いだした6)。
これまでの研究では,薬剤の種類が50以下と少ないことが問題であったが1~4),今回759種類の薬剤を研究の対象に含めることで,疾患治療薬という大分類で腸内細菌叢への影響を概観しつつ,個々の治療薬の影響までも広範囲に明らかにできたことは有意義と言えるだろう。
薬剤開始による腸内細菌叢の変化と中止による腸内細菌叢の回復力を同定
同一患者の1回目と2回目の糞便サンプルを比較することで,PPIの使用に伴う特定の腸内細菌種や日和見感染症の病原菌が増加することがわかった。一方でPPIの使用を中断すると,これらの菌種は減少することが判明。これは,横断研究で明らかとなった結果と一致しており,実際に薬剤が原因となって腸内細菌叢が変化したこと,さらにその変化はPPIの中断によって元に戻せる可能性が示唆された6)。
腸内細菌制御から新たな疾患治療薬が登場する未来も
世界に類を見ない情報量と多数例の解析から,薬剤が及ぼす腸内マイクロバイオームへの広範囲な影響を見いだした。この影響は可逆的な一面もあり,不必要な薬剤の投与を見直す必要性が示唆された。そして今回の研究結果は,どの薬剤がどの程度腸内細菌叢に影響するのかを検索できるカタログ(辞書)を提供したことになり,医師や患者が薬剤選択をする上で有用な知見となり得る。そして,薬剤によって増加もしくは減少した特定の腸内細菌が,長期薬剤使用や多剤併用により生じる副作用を予測するバイオマーカーになる可能性もあると言えるだろう。
現在,がん,動脈硬化性疾患,代謝疾患,免疫疾患,脳神経疾患,日和見感染症,薬剤耐性菌感染症など,さまざまな疾患の発症または病態悪化に特定の腸内細菌群が関与していることが判明しているが,この細菌群の制御として抗微生物薬を用いない新たな治療方法が求められている。今回,われわれの構築した薬剤と腸内細菌変動のカタログ6)を用いることで,抗微生物薬ではない抗微生物効果のある医薬品が発見できるかもしれない。また,ファージは特定の菌種を宿主とするため,特定の疾患関連菌種の制御が期待でき,さまざまな病気の治療に応用できる可能性を秘める。われわれの構築した膨大なファージデータ9)を用いて基礎研究および臨床研究を行うことで,ファージセラピーの開発につながり,腸内細菌制御から新たな疾患治療薬が登場するかもしれない。
参考文献
1)Zhernakova A, et al. Science. 2016[PMID:27126040]
2)Falony G, et al. Science. 2016[PMID:27126039]
3)Rothschild D, et al. Nature. 2018[PMID:29489753]
4)Jackson MA, et al. Nat Commun. 2018[PMID:29985401]
5)Clemente JC, et al. Cell. 2012[PMID:22424233]
6)Nagata N, et al. Gastroenterology. 2022[PMID:35788347]
7)Nagata N, et al. Gastroenterology. 2022[PMID:35398347]
8)Nagata N, et al. Gastroenterology. 2022[PMID:36155191]
9)Nishijima S, et al. Nat Commun. 2022[PMID:36068216]
永田 尚義(ながた・なおよし)氏 東京医科大学消化器内視鏡学 准教授
2002年関西医大卒。国立国際医療研究センターでの研修を経て,04年同センター消化器内科。19年より現職。ヒトの口腔内および腸内マイクロバイオームと詳細なメタデータを統合したJapanese 4Dデータベースを構築し,臨床医の視点からヒトマイクロバイオーム研究に携わる。
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