医学界新聞

対談・座談会 野村章洋,苅尾七臣,田村雄一

2023.01.30 週刊医学界新聞(通常号):第3503号より

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 ウェアラブルデバイスや治療用アプリ,人工知能(AI)技術の診断への応用など,デジタル医療の実用化が急速に進んでいる。医療の質向上や効率化に向けてますますの発展が期待されるデジタル医療の理想的な活用法とは。またその理想の実現に向けて乗り越えるべき課題は何か。循環器領域におけるデジタル医療の最前線で活躍する3氏による座談会を行った。

野村 2022年末,FIFA W杯でVAR(Video Assistant Referee)が話題になったのをご記憶の方も多いでしょう。実はサッカーでは他にもデジタル活用が進んでおり,例えばウェアラブルデバイスで計測した試合中の走行距離や心拍データをもとに,選手の運動量をコーチ陣が管理して戦術を立てるそうです。医療分野への応用という点でも示唆に富むと感じました。

 近年は医療分野でのデジタル技術の活用も進展が顕著です。本日は循環器領域でデジタル医療に取り組むお二人とともに,現状と今後の展望をお話しできればと思います。

野村 そもそもデジタル医療とはどのようなものでしょうか。

苅尾 まず,「時空間を超えて情報をつなげる」ことがデジタル医療の鍵となります。つまり,各臓器の信号を多面的に,かつ過去に計測した信号と現時点の信号をつなげて診療に生かすことです。そのつなげるべき信号,すなわち臨床指標の一丁目一番地が血圧だと私は考えています。

野村 その考えが,これまで苅尾先生が取り組まれてきた血圧領域へのデジタル技術の活用,すなわちDigital Hypertensionにつながるのですね。

苅尾 われわれが目にする血圧値は,年や季節単位から日内変動,1心拍ごとまで,時相の異なる血圧変動を全て反映したものです。その中には,気温などの環境要因に加えてストレスや摂取塩分量,睡眠状態などの生活状況も反映されており,精神心理状態や臓器状態の指標として血圧をとらえられます。さらに循環器イベントの多くには,血圧のメカニカルな圧負荷が影響します。つまり血圧が最大に上昇した時こそ,その人の循環器イベントリスクが最も高まる時です。

 高精度なウェアラブルデバイスや測定センサーの開発により24時間365日の血圧データを集積する。そしてAI等を用いて解析して臓器障害やリスク評価につなげることがDigital Hypertensionに期待されています。

野村 血圧(脈波)のように多様な情報を持つ波はAIによる解析と相性がいいですね。解析によって人では知り得ない情報を見いだせることがあります。循環器領域で波と言えば,真っ先に挙がるのが心電図です。田村先生が取り組む,AIを用いて心電図解析を行う医療機器の開発について伺えますか。

田村 血圧と心電図は,複雑な生態系をある軸で切る点で共通しますね。心電図として目にする波形にも,多様な生理学的情報や神経学的情報などが複合されています。「われわれが目にする心電図波形は一部のパターン認識に過ぎず,解釈次第で得られる情報がもっとあるはず」。その思いから起業し,長時間心電図をディープラーニングで解析することで心房細動を自動判定するSmartRobin®を実用化しました。

 現在のAI診断補助装置を利用が広がる第1段階ととらえ,「AIは便利だ」「人間のサポートや代わりになる」との認識を広げる。その上で発病には至らないものの軽い症状がある,いわゆる未病と言われるような人間が見えないものをAIで見るのがデジタル医療の第2段階だと考えています。

野村 AIならではの可視化について,具体的な構想はありますか。

田村 心電図の領域で言えば心不全の兆候検出,それからわれわれがAMED研究として治験中の心房細動の兆候検出です1)。非発作時の心電図波形から心房細動の兆候を検出することができます(https://www.cardio-i.com/technology/)。

 これら未病段階での予測や苅尾先生の指摘された個人データ集積の実現などの段階を踏んだ上で,デジタルツイン(図1)を実現することがデジタル医療の1つの理想だと考えています。

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図1 デジタルツイン(田村氏作成)
現実世界から収集した膨大なデータをもとに,現実に限りなく近いシミュレーションをコンピュータ上で再現する。

野村 デジタルヘルスがめざす理想とはどのようなものでしょう。例えばDigital Hypertensionの目下の課題である,高精度な計測が長期間連続して可能なセンサーが実用化し普及した時にどんな影響が考えられますか。

苅尾 心拍出量の変動や,循環器イベントの引き金になる血圧高値の要因が心臓にあるのか末梢にあるのかなども含め,全ての神経活動が把握できるでしょう。さらに言えば,これまでは血圧や血糖値などの指標ごとにフォローしていたのに対し,あらゆる指標を時系列的に集めた個人のビックデータ集積が可能になります。そこから,ある指標が変動した際に,連動して全体がどのように変化するかが解析できるかもしれません。すると,データに基づいて全体の変化を予見しながら必要な治療薬やその用量を最適に調整し,患者を最高の状態へ導く個別最適化医療が実現できるはず。この個別化・予見医療の実現がデジタルヘルスの理想だと考えます。

田村 まさにデジタルツインですね。多様なデータを1つの集団としてとらえ,各個人に類似する人を抽出し未来予測に役立てる。類似する人が何年後にイベントを起こしたかのデータから,今どう介入すべきかを予測する。これが可能になるのが,多次元の情報を処理できるAIの最大の強みです。そのためには薬剤への短期反応から長期の影響を予測する解析モデルの開発も必要です。

野村 デジタルツインは興味深い概念ですよね。究極的にはデータから超高精度のシミュレーションを行い,デジタルの中だけで治験を完了することも可能かと想像しています。そのためには,やはり各種の生体データを継続的かつ長期間計測し,それを可能にするセンサーやデバイスの開発が重要になりますね。

田村 持続的なモニタリングが必須というよりも,診断に使うのか兆候検出に使うのか,それとも治療介入に使うのかと,ユースケースによって左右されると思います。診断や兆候検出においては,短時間で済むほどよいでしょう。

 一方で,治療介入に用いる場合は連続的かつ長期間のデータ計測がより有用となります。例えば,糖尿病の分野で実用化が進むクローズドループシステムです。持続血糖モニタセンサーと患者さんの持続インスリンポンプを組み合わせ,自動でインスリン量を調整することで,従来治療に比べて効率的な血糖コントロールが可能になるそうです2)。循環器領域でも同様に,心房細動や心室頻拍をより効果的に抑止する方法をパターン認識し,介入を行うアプローチなどが考えられます。

苅尾 センサーの精度はもちろんですが,自動化が進む中では診断の特異度や治療精度も求められますね。

田村 ええ。さらにAIが示す結果を医師が受容できるかも問題です。例えば兆候検出を行うAIが示すイベント予測モデルの根拠に対し,医師が生理学的に納得できない場合もあるでしょう。そもそも根拠をAIが提示できない場合もあり得ます。

苅尾 診断・治療に直結するサロゲートマーカーが根拠になければ,医師としては治療の次の一手が打ちにくいですよね。

田村 われわれは分子メカニズムや生理学的メカニズムが理論的に説明し尽くされないとどうしても納得できかねます。もちろん医師として正しいスタンスだと思います。けれども,今後AIによるエビデンスが構築された時には,その認識の変革も必要かもしれません。AIのリスク評価を受容するか否かの選択やリスク・ベネフィットの判断においては,臨床医のセンスを問われるでしょうね。

野村 お話しした理想の実現に向けて,まずはデジタル医療の効果検証や高精度化を進めていかなければなりません。一方で精度に課題がある一般消費者向けのデジタル機器を外来で目にすることも増えました。患者さんへの啓発も含め,これらの規制にどう取り組めばよいでしょうか。

田村 私が参画した「行動変容を伴う医療機器プログラム審査ワーキンググループ」でも,医療機器やその記録に対する何らかの制限自体は必要だろうとの結論です。ただ例えばダイエットなどを目的とする行動変容のアプリケーションも,使いこなせば降圧につながるでしょう。では医療機器との違いは何か。それは診断にしても治療にしても,医師や医療従事者が介入・評価するに耐え得るエビデンスがあるかどうかです。同時に対象となる疾患や患者さん,つまりユースケースの明確化も必須となります。それらを明示した上で効果検証を行い,エビデンスを積み上げることが医療現場の変革と患者さんへの貢献の双方につながるはずです。

野村 未病段階や予防に向けたデジタル医療の分野では,ハイリスクに対する治療と違ってその臨床的効果を示すのが困難です。何かいい解決策やアイデアがあればぜひ教えてください。

苅尾 疾患やイベントの代理となる臨床指標を決めておくことでしょうか。血圧はその指標の一つになり得ると思います。血圧の変動にはメカニカルストレスが影響するため機序もある程度明確ですから。データを集積して血圧変動の決定要因が予測可能になれば,そこからイベント予測も可能になり,効果検証に応用できるのではないでしょうか。

田村 同感です。特定患者さんに対する反応性予測モデルを作るのは有効でしょう。私はいわゆるプレシジョンメディスン(精密医療)アプローチがデジタル技術と親和性が高く,エビデンス構築につながると期待しています(図2)。いくつかのバイオマーカーを定め,データを複数回取りながらアウトカムを評価する。あるいは介入対象を限定していく。つまり全ての患者さんを対象にするのではなく,効果が見込まれる人を予測しあらかじめ対象を絞って治験を行うのです。その層別化のツールとして心電図や血圧,オミックスデータを含むビッグデータを使いこなすべきでしょう。

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図2 プレシジョンメディスンアプローチ(田村氏作成)
効果の高い患者を予測し治験参加者を限定することで,成功確率向上とともに費用削減も図れる。

野村 がん領域を中心に発展してきた精密医療の「精密」は,おそらく患者さんを精密にグループ化し,最適な医療を提供することを指していたはずです。がんと異なり原因が複合的な場合の多い循環器領域では,ゲノム以外のグループ化指標を用いる必要性に迫られていると思います。そこに機械学習が生かせますね。

 また効果測定の一環として,近年は費用対効果の検証が求められることも増えました。ただデジタル療法は,薬剤のように開発後数十年にわたって用いられるのではなく,どこかでアップデートされたり別に置き換わったりするものです。血圧やそれに伴う心血管疾患が生涯にわたるリスクであるのに対して,デジタル介入が一定期間だけかもしれない点が,費用対効果検証のモデルを立てたり予測したりする中で難しい部分です。高血圧の治療補助アプリについて費用対効果を実際に報告した3)際も苦労しました。

苅尾 デジタル医療を導入してもその後追跡を続けなければ,真の費用対効果はわかりませんね。血圧で言えば実際に降圧したかを測定して,かつその持続性を追い最も効果が得られる属性を同定する。集団ごとの費用対効果の解析も必要になるでしょう。

野村 ええ。エビデンス構築は5年や10年などの長期間で考えなければなりません。最初から長期間の前向き試験を設定するか,あるいはデータをどこかに集積して後ろ向きに解析を行うべきかはわかりませんが,少なくともデータ集積の体制整備はしておくべきです。現在は各企業が個々に取り組んでいますが,国全体で取り組むことも考慮すべきですよね。

野村 最後に,本日お話ししたような理想の実現に向け,それぞれの活動について次の展望を教えてください。

苅尾 本日は正確な血圧値計測の実現を前提にお話ししました。しかしそこがまだ実現していないのが現状で,一番の課題です。さまざまな継続的かつ高精度の血圧測定手法の開発が進められていますが,臨床実用に耐えるほどの性能はありません。そのセンサーの開発をまず達成することが目標です。そしてエビデンス構築に向けてマルチセンサーや連続時系列モニタリングなどのデータベース作成。その後にデータから予測するアルゴリズムの開発。これら技術的課題を乗り越えた上で,個人に本当に適用できるかを検証していく。個別化・予見医療の実現に向けて,まだ大航海に漕ぎ出した段階です。目標に向け共に議論し,研究を進めていければと思います。

田村 私はAI医療機器をもっと身近にしたいと考えています。これまで医療機器と言えば多額の設備投資が求められる上にそのシステム上でしか解析できませんでした。対してSaaS型医療機器はクラウド上にデータを展開することで,システムの効率化や他の医師との情報共有が可能です。またAIの実装や最新のソフトウエアへのアップデートも容易です。購入後にも最新の医療機器を利用した分だけ支払えばいいのです。

 それらを通してAIを身近にする。何らかのデータを入力すると,それに対するレスポンスがAIから返ってくる。患者さんのデジタルデータなども含めた評価や解釈に対してフィードバックがある。こうしてAIを日常診療に取り込むことが,デジタル医療を浸透させる上で重要だと考えています。データもより集積しやすくなり,新たな知見も得やすくなるはずです。そのプラットフォーム構築が,私の社会実装における命題の1つだと考えています。

野村 デジタル活用の目標の1つが医療の均てん化です。これまで専門医しかできなかった医療を,専門医以外も提供できる。さらに日本だけではなく医療が未発達の地域でも応用が可能になる。これがデジタル医療の優れた点で,取り組むべき目的でしょう。日本全体,世界全体の医療が向上して健康寿命の延伸につながれば理想的ですね。本日は非常に勉強になりました。ありがとうございました。

(了)


1)AMED研究事業在宅医療での診断・早期介入を実現する隠れ心房細動人工知能の開発研究.
2)N Engl J Med. 2020[PMID:32846062]
3)Hypertens Res. 2022[PMID:35726085]

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金沢大学融合研究域融合科学系/循環器内科 准教授

2006年金沢大卒。米マサチューセッツ総合病院/ハーバード大医学部Center for Genomic Medicine Post-doc Research Fellowなどを経て,22年より現職。一般社団法人CureApp Institute共同代表。循環器ゲノム医療およびデジタル医療の臨床応用をめざし,研究開発に日々尽力する。

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自治医科大学循環器内科学部門 教授

1987年自治医大卒。2000年同大講師/米マウントサイナイ医大循環器センター客員助教授。自治医大COE・循環器内科教授/米コロンビア大内科客員教授などを経て,09年より現職。主な専門分野は循環器内科学,高血圧,血栓症。近年は個別化予見医学の実現を見据え,Digital Hypertensionの臨床応用・研究に注力する。

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国際医療福祉大学医学部 循環器内科学 教授

2004年慶大卒。同大特任助教などを経て,15年国際医療福祉大三田病院心臓血管センター/肺高血圧症センター准教授。20年教授。21年より現職。19年に株式会社カルディオインテリジェンスを立ち上げ,心電図におけるAIの活用を先導する。専門は肺高血圧症,肺血栓塞栓症,デジタルヘルス,腫瘍循環器学など。

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