医学界新聞

書評

2023.01.23 週刊医学界新聞(看護号):第3502号より

《評者》 日本医療大助教・精神看護学

 本書のpp.64-65に,患者さんとの話題の暗さに耐えられなくなった新人看護師が,唐突に「最近やりたいことありませんか?」と聞いて話を切ってしまう場面が出てきます。その行動に落ち込む新人看護師に,先輩は,プロセスレコードを書いて振り返ることを勧めます。これを読んだ時,自分が受け持った学生があまりに酷似した経験をしているので驚いてしまいました。

 学生Aさんは,30年間入院している統合失調症の患者さんを受け持ちました。ベッドサイドで患者さんは,発症のきっかけになった職場での苦労や長い入院生活でのつらい経験を語り,どんどん暗くなりました。「どうしよう,このまま暗い話が続いたらどう返答していいかわからなくなる」と考えたAさんは,急に「今年の抱負って,ありますか?」と質問しました。正月明けの実習だったので,ふと頭をよぎった言葉が「今年の抱負」でした。患者さんはしばらく沈黙し,「ないな」と答えて横になってしまいました。

 このやりとりをプロセスレコードに起こしグループで検討した際に,メンバーからは「気持ちはわかるけど,唐突すぎ」「せっかく患者さんが話してくれたんだから,そこは大事に受け取って,何か返答しようよ」と率直な意見が出されました。それを受けて学生Aさんも,「『お仕事では苦労されましたね。そして入院生活も長くつらい思いをたくさんされてきたんですね』とまずは言葉にすればよかった」と振り返っていました。

 その数日後のことです。病棟指導者さんから受けた報告に驚きました。なんとその患者さんが夜勤の看護師に,「学生さんから抱負を聞かれて,『ない』って答えたけど,考えたらあるな~,社会復帰!!」と話したとのことでした。そしてそれを機に病棟でチームカンファレンスが設けられ,この患者さんのグループホームへの退院を含めた検討が始まったというのです。

 学生Aさんの質問は確かに唐突でしたが,学生にはプロセスレコードを通した学びがあり,また意外な方向へ進んだ「おまけ」がついたエピソードでした。

 この例のように,本書には学生や新人が経験する場面が満ち溢れています。精神疾患を持つ人と向かい合うということがどんなに繊細な意識のもとに行われるか,そしてそこに先人たちが築き上げた看護理論が存在すること,また経験に基づく感性と理論をどう結び付ければよいか,ということも。これを読めば,本当に伝えたかった精神看護の面白さも深さも伝えられる,と思いました。

 さらにマンガ仕立てであるため,活字離れをしている若い世代もすんなり入れるだろうと思いました。看護理論の要点が,マンガで理解できてしまうのも魅力です。教科書を読まない学生にポンと手渡し,「読んでごらん!」と言おうと思っています。


  • 終末期ディスカッション 外来から急性期医療まで 現場でともに考える

    終末期ディスカッション 外来から急性期医療まで 現場でともに考える

    • 平岡 栄治,則末 泰博 著
    • A5・頁284 
      定価:4,070円(本体3,700円+税10%) MEDSi
      https://www.medsi.co.jp

《評者》 岡山市立市民病院看護部副看護部長(急性・重症患者看護専門看護師/クリティカルケア認定看護師)

 看護職者であれば,忘れられない患者(利用者を含む)やその家族がいらっしゃると思います。特に,患者の価値観を大切にでき,「より良い意思決定支援ができたのかもしれない」,あるいは「その人らしく生ききることの支援ができたのかもしれない」と思えた時,看護の対象者の思いに寄り添えたという気持ちを胸に抱くのではないでしょうか。

 われわれ看護職者は,看護の対象となる人々の擁護者として,意思決定支援をさまざまな場面で行っています。倫理綱領にも示されているように「対象となる人の意向を尊重し,その家族や多職種等と十分な話し合いを通じて合意形成した上で,最善の選択ができるよう支援するという視点」を大切にして看護を提供しなければなりません。一方で,看護職者は臨床現場で多くの葛藤を覚え,燃え尽きてしまいそうになることも時にあります。

 本書は,そんな悩みを解決するお手伝いをしてくれる1冊となっています。『終末期ディスカッション』と示されていますが,超急性期から終末期まで,新生児から高齢者までと幅広い場面や対象に活用できる実践ガイドです。特に,生命危機状態の患者に対応するクリティカルケア領域の看護職者においては必読です。患者のアドボケーターとしてどのようにかかわればいいのか悩んだときに,きっと,考え方をひもといてくれるはずです。

 本書の特徴は,用語の定義や法律などから記述されているのではなく,読者が想起しやすい場面設定の中で対話から学ぶことができる点です。お勧めは,第13章「『主治医が患者中心の判断をしていない』と看護師が感じたときにどうすべきか?」です。ここから読み始め,第14章で「DNAR」について正しく理解し,第1章で「患者中心」について,第2章で「倫理的に正しい」について考えながら読み進めてみるのもよいのかもしれません。多くの医師が考える治療の無益性,いわゆる「生理学的無益性」と,われわれ看護職者がとらえる治療の無益性である「質的無益性」の違いが理解できます。患者や家族だけでなく,医師との対話にも役立ち,関係者間でのコンフリクトが生じた際に解決策を導きます。

 著者である平岡栄治先生のご講演の中で,「ACPは主治医を含めた医療チームで取り組むことが大切で,看護師だけに注力させるとバーンアウトをまねき,家族は後悔が強くなる,だからこそ医師に学んでほしい」と話されており,感銘を受けた記憶があります。患者の意思を尊重し,かかわる全ての人々の意思を踏まえ,患者にとって最善となる今後の治療やケアについて決定するShared decision making(SDM)実現のための愛読書にしていただきたい1冊です。

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