新年号特集 老化を治療する
新たなフェーズに入った老化研究
寄稿 城村由和
2023.01.02 週刊医学界新聞(通常号):第3499号より
老化は生物に起こる普遍的な生命現象であり,広辞苑によれば「年をとるにつれて生理機能がおとろえること」や「時間の経過とともに変化し,特有の性質を失うこと」と定義されている。老化のプロセスは非常に複雑で,高分子,細胞,組織・臓器,全身統合システムといった生物のさまざまな階層で,多くの異なる変化が並行して起こっている。このように老化した結果の記述はあるが,なぜ老化が進行するのか,その原因や制御機構についてはほとんど解明されてこなかった。多くの生命科学者が,老化に伴うさまざまな変化を「熱力学第二法則に従い,エントロピーの増大に伴って時間の経過とともに損なわれるプロセス」ととらえ,行き当たりばったりで起こるものだと考えていたために,精力的に研究が行われてこなかったことが,その理由の一つである。
しかし分子遺伝学の急速な発展により,20世紀後半から出芽酵母,センチュウ,ショウジョウバエ,マウスといったモデル生物を用いた老化・寿命に関する研究が大きく進展した。そして現在,老化のプロセスは他の多くの生物学的プロセスと同様に,古典的なシグナル伝達経路,転写因子,さらにはエピジェネティクス因子による制御を受けることが明らかになるとともに,ごく単純な環境および遺伝的介入によって寿命を延ばし,老化時の健康状態を改善できることもわかった。
他方,正常細胞ががん遺伝子活性化や酸化ストレス,DNA損傷などのさまざまな外的・内的要因によるストレスを受けると,一時的な細胞周期停止やアポトーシスに加え,細胞老化が誘導されることが知られている(図1)。細胞老化が誘導された細胞(老化細胞)は,不可逆的な増殖停止や扁平・肥大化,炎症性サイトカイン・ケモカインなどの生理活性因子を分泌する表現型(senescence-associated secretory phenotype:SASP)などの特徴を持つことが明らかになった。興味深いことに,加齢に伴いさまざまな組織・臓器に老化細胞が蓄積することが報告されており,遺伝工学的にマウス生体内の老化細胞を除去すると加齢性疾患の改善や健康寿命の延伸が見られた。これらの報告から,細胞老化は個体老化の主要因の一つであることが示唆され,近年,注目を浴びている。
そこで本稿では,老化の原因や制御機構の解明に大きく貢献してきた,モデル生物を中心とした個体老化研究および細胞老化研究に関するこれまでの歴史的変遷(図2)について紹介するとともに,それらの知見に基づいて検討される老化治療のビジョン(図3)を概説する。
モデル生物を中心とした個体老化研究の変遷
老化の遺伝的根拠を探ろうとした最初の研究はセンチュウで行われた。1977年,Klassは,低温下での生育や食餌の減量といった環境の変化によってセンチュウの寿命が延びることを明らかにした1)。さらに,age-1と名付けられた特定の遺伝子がこのプロセスに関与している可能性が示され,現在最もよく知られている老化の経路であるインスリン/IGF-1シグナル伝達経路(IIS)に関係していることが解明された2)。その後の研究により,インスリン受容体をコードするdaf-2やその下流の標的など,他のIIS構成因子の変異でも寿命が延びることも明らかになった3~6)。中でも,観察された寿命の延長がDAF-16〔FOXO(Forkhead box O)ファミリー転写因子〕の核内移行に不可欠であることをKenyonらが明らかにしたことは特筆すべき点だ3)。DAF-16の過剰発現はそれだけで寿命延長に十分であり,他の長寿関連経路にも共通するエンドポイントであるとされる。その後もIISは,ショウジョウバエやマウスなどの高等生物でも寿命を調節していることが次々と明らかにされた7~9)。
また1995年,米マサチューセッツ州ケンブリッジの研究者グループが出芽酵母の長寿関連遺伝子を見つけ出そうとした際,老化機構の解明につながる突破口を新たに開いた。Kennedyらが,ストレス耐性と長寿の相関関係を利用して,飢餓に強く,寿命が長い変異体を次々と発見したのである10)。そのうちの1株は,SIR(silent information regulator)4に変異を有していた。さらなる解析により,SIR4はSIR2とSIR3とともに複合体を形成することや,SIR2がリボソームDNAのサイレンシング(註1)に重要な酵素活性を有すること,SIR2の過剰発現が寿命延伸に十分であることが示された11)。その後の研究ではSIR2が,新規のNAD+(nicotinamide adenine dinucleotide,註2)依存的なヒストン脱アセチル化反応を触媒することが明らかにされた12)。つまりNAD+のような重要な細胞内代謝分子とSIR2の酵素機能が結びつき,代謝,サイレンシングおよび老化の間に驚くべき関連性があることがわかったのだ。さらに,IISと同様に,SIR2のオルソログ(註3)であるサーチュインファミリーが,センチュウ,ショウジョウバエ,マウスなどの高等生物の老化を制御することが立て続けに示されている13~15)。
加えて,IISやサーチュインファミリーが代謝経路と密接に関与することやNAD+の補充によってマウスの寿命が延びるといった知見から,代謝の変化が老化プロセスの一因である可能性が示唆された。実際,栄養飢餓状態においてATP産生を誘導するAMPKや,IISの下流エフェクターであり細胞の増殖や代謝を調節するmTORなどの栄養感受性経路も老化を制御していることが報告されるようになってきた16, 17)。
細胞老化研究の変遷
1882年,Weismannは,加齢に伴う「消耗した組織」が臓器不全の基礎となること,そして細胞分裂による修復は「有限」であり,消耗が続く中でこの能力が枯渇すると,最終的に臓器不全に至るという仮説(消耗仮説)を提唱。その後1961年にHayflickらが,ヒト初代線維芽細胞を試験管内で連続培養していると,ある回数だけ分裂し,やがて増殖を停止することを見いだした。この現象は「ヘイフリック限界」あるいは「複製老化」と呼ばれ,細胞老化の概念が提唱された18)。腫瘍細胞は不死であり細胞老化の徴候を全く示さないことなどから,細胞老化による増殖能低下が生体の衰えを細胞に反映したものと考えられ,老化のプロセスと関連づけられるようになり,老化の分子機構を解明する方法として細胞老化への移行を制御する因子の探索が行われるようになった。
1987年のGreiderとBlackburnによるテロメラーゼの発見後,Greiderらがヒト線維芽細胞においてテロメア短縮と老化を結びつけた。実際に,ヒト血管においてテロメア短縮は加齢に依存して起こることが示され,ヒト動脈内皮において心血管疾患の危険因子となり,老化に大きな影響を与えることが明らかになった19, 20)。
また,発がん性RASの発現が早期の細胞老化を誘導するとの画期的な発見が,Loweらによってなされた21)。すなわち細胞老化が抗腫瘍化機構として働くことが示唆されたのである。その後,DNA損傷,タンパク質の変性,ミトコンドリアの機能不全等によるストレスによっても細胞老化が引き起こされることが明らかになるとともに,加齢や動脈硬化症などの加齢性疾患において,生体内のさまざまな組織・臓器に蓄積することも報告されるようになってきた22)。
細胞老化の誘導要因やその基礎となる細胞周期制御機構についての解明と並行して,それによって生じた老化細胞の特性に関する研究も進められた。その結果,老化細胞は,さまざまな炎症性サイトカイン,ケモカイン,脂質,プロテアーゼを活発に放出するSASPが備わっていることが発見された23)(図4)。SASPは,免疫細胞を引き寄せて老化細胞を排除し前駆細胞を引き寄せて修復することで,リモデリングと修復のための細胞外マトリックスの再構築を促進しており,器官形成や創傷治癒に不可欠なステップとして,細胞老化が内因性にプログラムされている可能性が示唆された24, 25)。
一方SASPは,Franceschiらによって初めて提唱された“inflammaging”と呼ばれる加齢に伴う炎症プロセスにも関与しているのではと考えられるようになってきた。細胞老化が,前駆細胞の細胞周期停止を引き起こすことで組織の再生能力を失わせるだけではなく,SASPを介した組織微小環境における慢性炎症を誘発しているのではとの仮説だ。実際,遺伝子工学的に老化細胞を除去可能なINK-ATTACマウスモデルを用いて老体個体から人工的に老化細胞を除去すると,腎障害などの加齢性疾患の発症が有意に遅れ,健康寿命を延伸することが示された26)。これらの知見により,老化細胞を選択に除去する技術“senolytics”(図5)の研究・開発が世界的な潮流となった。
抗老化・若返りをめざして
ここからは健康寿命を延伸するための代表的な若返り戦略を見ていく(図6)
上述したように,モデル生物を中心にした個体老化研究の成果から,代謝制御は老化に密接に関連することがわかってきた。実際に長期的な食事制限は,さまざまな生物種において健康寿命や寿命そのものを延伸させ,食事制限の代謝効果を模倣した,より緩やかな食事療法や薬物であっても寿命に有益な影響を与えることが報告されている27~29)。中・高齢のマウスに短期間の食事制限(5日~12週間)を行ったところ,筋肉,骨,肝臓,脳,血管系,免疫系など複数の組織で機能が改善されることが明らかになった28)。また,通常の食事と同じカロリーを摂取しながら炭水化物の摂取量を減らす,いわゆるケトジェニックダイエットは,食事制限または絶食下のマウスで起こる代謝変化の多くを模倣しており,断食とケトジェニック食は共に血糖値を下げ,ケトン体濃度と脂肪酸の酸化を増加させる29, 30)。興味深いことに,マウスにケトジェニック食と対照食を毎週交互に摂取させると,記憶力と中年期の生存率の向上が示された。さらに,このような食事療法による代謝変化は,主にmTORやIISを介して抗老化・若返り作用を発揮していると考えられている。一方,他の栄養感知経路を介した代謝制御による若返り効果も報告されている。例えば,AMPKの活性を高めるメトホルミンは,中年期から投与するとミトコンドリア機能を維持し,炎症を減少させる31)。また,サーチュインファミリーを活性化するレスベラトロールは,マウスの認知機能や腎臓の機能を改善する効果を示した32)。
遺伝学的アプローチにより個体老化・加齢性疾患における細胞老化の役割が明確になるにつれて,老化治療アプローチとしてsenolyticsが注目されるようになり,急速に研究が進んでいる。老化細胞の特性の一つであるアポトーシス抵抗性を標的とした,Bcl-2ファミリー阻害薬,キナーゼ阻害薬であるダサチニブ/ケルセチン,FOXO4 結合ペプチドなどがsenolyticsとして同定されている33~35)(6面・表参照)。これらの薬剤を老齢マウスに投与すると,血管,骨,肝臓,身体機能を強化し,造血幹細胞および筋肉幹細胞の活性化,軟骨再生を促進,さらには寿命の中央値を延伸することが報告されている。最近になって筆者らも,老化細胞はリソソーム膜に損傷が生じることにより特有のグルタミン依存性の代謝特性を有すること,それによってGLS1阻害薬がさまざまな老化現象や加齢性疾患に有効なsenolyticsであることを見いだした36)。老化細胞で高発現しているタンパク質を抗原とした老化細胞除去ワクチンによるsenolyticsも南野らによって報告されている37)。
これらのアプローチ以外にも,抗老化・若返り作用を示す方法論が研究されている。例えば,若いマウスと老化したマウスの循環系を融合させたヘテロクロニックパラビオシスは,細胞と分化細胞の両方の機能を高めることで,老化したマウスの筋肉,肝臓,脳,心臓の機能を高めることが示され,血液因子が生体の老化に影響を与えることが報告されている38~40)。また,ドキシサイクリン誘導性初期化因子(OSKM)発現モデルマウスを用いた研究により,体細胞を生体内で多能性に初期化できることが示され,細胞初期化の若返り効果が生体内で再現できる可能性が示唆された41)。実際に,一過的な細胞初期化をマウスに行うと,さまざまな老化現象が軽減されることが報告されるようになってきている。
*
このように,20世紀後半からの老化研究の急速な発展により,老化制御の根本的なメカニズムの解明にとどまらず,それを標的とした老化治療アプローチを示す研究が報告されるようになってきた。現時点では,多くのアプローチがマウスなどのモデル生物を用いた知見に基づくものであるが,一部のアプローチは既に臨床試験の段階に至っており,ヒトへの効果が認められるかが焦点となっている。今後,単一細胞解析技術やAIを用いたディープラーニングなどの活用により,最も複雑な生命現象の一つである老化制御の詳細な解析が進むにつれて,より有効かつ副作用の少ない新たなアプローチが開発されることも期待される。老化研究は,臨床応用への可能性も含めた新しいフェーズに入ったばかりである。さまざまな分野の研究者の参画による老化研究のさらなる発展を期待したい。
註1:真核生物において幅広く保存された遺伝子発現抑制機構の一つ。高次クロマチン構造と呼ばれる凝集したクロマチン構造を形成し,領域内に含まれる遺伝子は種類にかかわらず発現が抑制される。出芽酵母ではテロメア領域などがサイレンシングされる領域として知られる。
註2:ミトコンドリアでのエネルギー産生反応の補因子の一つ。
註3:共通の祖先遺伝子から種分岐に伴って派生した遺伝子間の対応関係,もしくはそのような対応関係にある遺伝子群。
参考文献
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城村 由和 金沢大学がん進展制御研究所 がん・老化生物学研究分野 教授
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