医学界新聞

対談・座談会 石川淳,西城卓也,齊藤裕之

2022.12.19 週刊医学界新聞(通常号):第3498号より

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 「リーダーシップ」と聞いて,どのようなイメージが浮かぶだろうか。大企業のカリスマ経営者をはじめ,組織を牽引するトップが生まれながらに備える素質と考える人が多いかもしれない。しかし,本邦のリーダーシップ研究の最前線を走る石川淳氏は「リーダーシップは誰もが身につけられ,立場に関係なく皆が発揮すべきもの」と主張する。

 コロナ禍が混乱をもたらした近年,医療者にもより多様な場面でリーダーシップの発揮がこれまで以上に求められる。岐阜大学大学院医学系研究科に設置された医療者教育学専攻修士課程(MHPE)1)では,リーダーシップ論の学習をカリキュラムに組み込んでいる。同課程で外部講師を務めた石川淳氏と齊藤裕之氏,そしてMHPEの専攻長を務める西城卓也氏が座談会を行った。医療者に求められるリーダーシップとは。

齊藤 MBA(経営学修士)取得のための大学院在籍時,リーダーシップにも医学と同様にエビデンスがあることを石川先生から教えていただきました。現在もリーダーシップに関する研究論文をご指導いただいています。そのご縁から,例年私が務めているMHPEでのリーダーシップに関する講義の学外講師を本年は石川先生にお願いしました。私自身も学ぶことばかりでした。盛況のうちに終えた講義に続いて,座談会もよろしくお願いします。まずはビジネス界を中心に近年リーダーシップへの注目が高まり,必要性の議論がより活発化した背景を教えてください。

石川 リーダーシップが必要性を増したというより,時代の変遷によって求められるリーダーシップが変化しているのでしょう。研究においても,時代とともに注目されるリーダーシップ像は変化しています(2)。これまでのように1人のリーダーが経験をもとにチームを率いるには,過去の成功体験が通用することが前提となります。しかし,時代や環境が急激に変わるVUCA()の時代において,組織に1人のリーダーを置く従来の構造では対応し切れなくなってきたのです。そこにコロナ禍が拍車をかけています。

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 リーダーシップ研究の流れ(文献2をもとに石川氏作成)

齊藤 西城先生が2020年に立ち上げたMHPEでは,リーダーシップ論やマネジメント論の学習を求めていますね。意図を伺えますか。

西城 医師教育で言えば,「名医であれば名指導医」との神話があり,教育方法の検討が十分に行われてきませんでした。ただ時代が変わるにつれ,医師個人の知識や技術に加えて多職種と連携したチーム医療の実践など,医師にはさまざまな新しい資質が求められるようになっています。

齊藤 理想の医師像が変わってきましたよね。

西城 すると,理想の教育やアプローチ法も当然変わる。例えば,多職種連携やプロフェッショナリズムを学ぼうとして,事例に基づく自己学習とグループでの議論の相乗効果で学びを深める問題基盤型学習(PBL)など,新しい学習法が出てきたわけです。けれども従来の医師や教員は,そのような学習法で学んだことも教えたこともなく,そもそも教えるべき新しい学習項目についても体系的な指導を受けていません。二重の苦しみがあるのです。彼らを巻き込み教育現場を変革させていくこれからの医療者教育者には,リーダーシップが求められます。

石川 一般企業にも通じるお話ですね。国内企業は人材育成が課題とされており,その原因は人材育成のプロフェッショナルがいないことです。人事部門は多くが学部卒で,人材育成の高度な専門教育を受けていないため,これまでの経験と勘が頼りです。翻って海外企業の人事部には修士・博士課程を経て人材育成の基礎を学んだ人が多く,理論に基づいて会社に適した教育システムを検討し実践しています。そうした人材育成の質の担保を国内で実現することをめざし,立教大学の大学院に「リーダーシップ開発コース」を2020年に立ち上げました。業界が異なっても共通点はあるのですね。

齊藤 リーダーシップの理論を学んでも現場の実践に落とし込めない方は多いでしょう。何が障壁となるのか。その障壁を越えるにはどんなコツがあるのか。ぜひ伺いたいです。

石川 理由は現場ごとにあり一概には言えないのでしょうが,あえて可能性を挙げるとしたら2つです。1つは,一般化された理論そのままでは個々の現場で通用しない点。現場で役に立つのは,理論よりもむしろ持論だと私は考えています。つまり,「このリーダーシップを発揮したらチームはこう変化する」という,自身の経験に基づくイメージです。もちろん理論が役立たないのではなく,持論をより整理したり足りない点を補ったりするのに非常に有用となります。

齊藤 理論を現場に落とし込めない悩みは教育においても共通するはずです。ハードルを超えるコツを西城先生からも教えてください。

西城 石川先生が持論を重視されるように,教育でもやはり指導者本人の教育観をまず大事にすることです。また,そのブラッシュアップに理論が有効だとのご指摘にも賛同します。指導がうまくいかない原因を教わる側に求め,自らの指導法については省みない指導者が少なくないでしょう。理論はその振り返りを行う際のよりどころです。しかし,やみくもに理論を学んでも頭に入りません。まずは実践の事例を自らの教育観から分析し,そこに理論を肉付けすることが有効でしょう。

齊藤 経験を経て理論を学び直すと,以前には気付かなかった新しい発見が身に染みますよね。学び直しや学びほぐしは重要です。

 石川先生,障壁となるもう1つの可能性を伺えますか。

石川 リーダーシップへの固定観念です。これはリーダーシップの定義や理論を学ぶと自ずと解決すると思いますが……。例えば若い人や控えめな人を中心に,「リーダーシップなんて発揮できないから昇進したくない」と尻込みする人がいらっしゃいます。

齊藤 よくあります! その背景には,いわゆる変革型リーダーシップ()のイメージがあるのですよね。

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 各リーダーシップスタイルにおけるリーダーとフォロワーの関係(石川氏作成)

西城 強靭な人が牽引する,マッチョなイメージですね。

石川 ええ。けれどそうではない。私が研究しているパーソナリティ・ベース・リーダーシップの理論によれば,無理に合わない形式でリーダーシップを発揮するよりも自分の強みを影響力に変えたほうが効果的です3)。誰にでも強みはあるわけで,それを発揮するのが一番大事ですよとお伝えしたいですね。

齊藤 加えて,同じ職場の中でもリーダーシップのスタイルは変わり得ると考えています。私が当院で総合診療科を立ち上げた際には,サーバント・リーダーシップ(図)のスタイルで総合診療科が他科をサポートする形に徹して少しずつ実績を出し,徐々に認めてもらうよう意識しました。ただコロナ禍初期に多くの患者さんが来院した際には危機意識も強く,発熱外来のパンクを防ぐためにも迅速な対応が求められた。そこで総合診療科の存在価値もすでに認められているとの前提のもと,一時的に変革型リーダーシップを発揮することもありました。

石川 そうですね。当然ながら状況によっても適切なリーダーシップスタイルは変わるでしょう。

齊藤 多数あるリーダーシップ理論の中で,石川先生が注目するものはありますか。

石川 シェアド・リーダーシップ(図)の考え方です4)。VUCAの時代では多様な人の英知や考え方,価値観が求められます。必要な時に適した人がリーダーシップを発揮する。誰かがリーダーシップを発揮している時は,周囲はフォロワーシップを発揮する。チーム全体によるリーダーシップの発揮が最も効果的だと考えています。

西城 MHPEの講義の中で石川先生と齊藤先生に行っていただいたPerfect Square(写真)では,まさにシェアド・リーダーシップの体験ができました。

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写真 Perfect Squareの様子
8人の参加者は目隠しをした状態で渡されたロープで正方形(Perfect Square)の作成をめざす。参加者らは「ひもの端を持っている」「角の角度が大きすぎる」など,自らの持つ情報を共有しながら方針を定めていく。

石川 ええ。そもそもリーダーシップの本質的な定義は,「チームや職場目標の達成のために他のメンバーへ及ぼす影響力」です3)。Perfect Squareの中でみられた情報提供や解決策の提案は一般的にリーダーシップとみなされないかもしれませんが,この定義によればリーダーシップだととらえられます。

齊藤 マネジメントとはどう区...

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立教大学経営学部 教授

1984年慶大法学部卒。帝国臓器製薬株式会社(現あすか製薬株式会社)勤務時,人事部門への異動を機に経営学を志す。95年慶大大学院経営管理研究科修士課程,2001年同博士課程修了。山梨学院大商学部専任講師,助教授を務めた後,03年立教大社会学部産業関係学科助教授。同大経営学部助教授,准教授を経て09年より現職。専門は組織行動論,リーダーシップ論。著書に『シェアド・リーダーシップ』『リーダーシップの理論』(共に中央経済社)。

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岐阜大学大学院医学系研究科 医療者教育学専攻 専攻長/教授

1999年日大医学部卒。国立病院機構東京医療センター総合内科,名大大学院,名大病院総合診療科外来医長などを経て,11年岐阜大医学教育開発研究センター助教,13年准教授。21年より現職。09年に蘭マーストリヒト大の医療者教育学修士課程を日本人で初めて修了。20年に本邦で初となる医療者教育学専攻修士課程を立ち上げ,医療者教育のエキスパート育成に尽力を続ける。

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山口大学医学部附属病院 総合診療部 准教授

2000年川崎医大卒。同大総合診療部,飯塚病院,岡山家庭医療センター,東京医大総合診療科助教などを経て,16年より現職。13年英国国立ウェールズ大経営大学院MBA(日本語)修了。修士論文は「組織市民行動,離職意思」をテーマに石川淳教授に師事した。東京医大,山口大の総合診療科の開設に携わり,現在は山口の地域医療の充実に尽力。岐阜大大学院医学系研究科医療者教育学専攻修士課程で「マネジメント/リーダーシップ」の学外講師を務める。

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