医学界新聞

Thus,“DELIVER” has been deliverd

寄稿 近藤徹

2022.11.21 週刊医学界新聞(通常号):第3494号より

 本邦では高齢化とともに心不全患者が急激に増加し,「心不全パンデミック」の時代を迎えており,治療法開発は大きな課題と言える。

 心不全は,左室駆出率の程度により,駆出率の低下した心不全(HFrEF),駆出率の軽度低下した心不全(HFmrEF),駆出率の保たれた心不全(HFpEF)に分類される。HFrEF患者では,アンジオテンシン阻害薬・β遮断薬をはじめとした多くの薬剤が予後改善に効果的であると示されており,すでに日常診療でも広く利用されている。一方,HFmrEFもしくはHFpEFは心不全患者の半分程度を占めると言われているが,両者を対象として上記薬剤を評価した介入試験では残念ながら予後の改善が示されなかった。そのため,HFmrEFもしくはHFpEF患者への治療薬開発は,本領域の悲願の一つであった。

 新たな心不全治療薬として着目されたのは,SGLT2(sodium/glucose cotransporter 2)阻害薬である。SGLT2阻害薬は,近位尿細管でのグルコースの再吸収を阻害する糖尿病治療薬として開発された。しかし,糖尿病患者を対象に行われた複数の大規模介入研究で予想外に心不全入院抑制効果を認めた。それを受けて,HFrEF患者を対象としてDAPA-HF1)・EMPEROR-Reduced試験2)でSGLT2阻害薬の効果が検証され,心血管死または心不全入院(もしくは心不全増悪)の複合イベントを抑制することが示された。

 次に,HFpEF患者に対してもSGLT2阻害薬の効果が得られることが大きく期待されたわけである。大規模介入試験でHFmrEFまたはHFpEF患者を対象にSGLT2阻害薬の効果が検証された初めての報告は,2021年に発表されたEMPEROR-Preserved試験3)である。試験薬に用いられたエンパグリフロジンは主要評価項目である心血管死もしくは心不全入院の複合イベントを有意に抑制することが示された(ハザード比0.79[95%信頼区間:0.69~0.90])(表1)。これは,HFpEF患者に対して初めて薬剤の予後改善効果が示されたという点で,心不全治療における一つの歴史的な転換点であったと言える。

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表1 EMPEROR-Preserved試験とDELIVER試験のスタディデザイン

 DELIVER試験は,EMPEROR-Preserved試験と同様に,HFpEF患者を対象にSGLT2阻害薬の効果を検証した大規模介入試験であり,試験薬にはダパグリフロジンが用いられている(表1)。Principal investigator(PI)は米Brigham and women's hospitalのSolomon教授と筆者の留学先の上司であるMcMurray教授が共同で務めている。本試験の結果は,2022年8月に行われた欧州心臓病学会でSolomon教授より発表され,ダパグリフロジンは主要評価項目である心血管死もしくは心不全増悪の複合イベントを有意に抑制した(ハザード比0.82[95%信頼区間:0.73~0.92])(4)。これにより,HFpEF患者におけるSGLT2阻害薬の効果はより確固たるものになったと言える。

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 ダパグリフロジンによる心血管死・心不全増悪イベントの抑制効果(文献4より転載)

 前述したように,HFpEF患者に対するSGLT2阻害薬の効果についてはEMPEROR-Preserved試験の結果が2021年に既に発表されていたわけであるが,では,DELIVER試験は単純にその結果と一貫した結果を報告したに過ぎないか? というと,全くそうではない。EMPEROR-Preserved試験が提示したSGLT2阻害薬の課題や,スタディデザインによって提示できなかったエビデンスがあった。DELIVER試験はこれらについて“deliver”でき,特に強調して伝えられた。

 具体的には下記の3点である。

 ①DELIVER試験には「過去に左室駆出率≦40%であった症例」が一部含まれていた。これらは,HFimpEF(Heart failure with improved ejection fraction)と称され,近年治療方針が議論される重要な患者群である。また,「心不全増悪入院患者」も一部含まれていた(静注利尿薬を要する患者は除外)。DELIVER試験ではこれらの患者群に対してもダパグリフロジンの効果が一貫することを示した。

 ②DELIVERとEMPEROR-Preservedそれぞれの試験単独では検出力が不十分であった心血管死についても,DELIVER試験と過去のトライアルデータとのメタアナリシスを行うことで,SGLT2阻害薬が心血管死を有意に抑制する点が示された。

 ③最後に,特に重要な点を述べる。EMPEROR-Preserved試験のサブ解析5)から,SGLT2阻害薬は左室駆出率が高値の患者(左室駆出率≧65%)では効果が減弱する可能性が示唆されていた。過去にミネラルコルチコイド受容体拮抗薬・アンジオテンシン受容体ネプリライシン阻害薬で同様の現象が確認されていたために,この点は現場の医療者にとっても大きな懸念であった。DELIVER試験では,DAPA-HF試験や過去のトライアルデータとのメタアナリシスにより,SGLT2阻害薬は左室駆出率にかかわらず効果が一貫していることが示された。つまり,左室駆出率が高値である患者においても同じようにSGLT2阻害薬の効果が期待できることが示されたのである。

 研究によって得た情報をいかに効果的でかつ適切に発信するかという点は,極めて重要である。そのため,DELIVER試験の結果をどのように“deliver”するかという点でいくつかの工夫がされた。

 最も特別であった点は,複数の論文が同時に出版されたことである。大規模臨床研究の多くは,メイン解析が発表された後に,そのデータを用いて複数のサブ解析が行われ,臨床的に重要な知見をもたらす。これらがより早期に発信されることは,より早く臨床現場に届けられることを意味するために,当然できる限り早期に情報が発信されることが望ましいと言える。DELIVER試験のチームは,欧州心臓病学会での発表と同時に,メイン解析4)とサブ解析合わせて計11本を同時出版した(表2)。これほど多くの論文が同時出版されたのは,おそらく過去にはなかったと思われ,多くの医療者・研究者の目を引いた。達成できた背景には,Solomon教授とMcMurray教授の強い信頼と協力関係があったことは言うまでもない。加えて,両PIそして両施設は過去にも多くの大規模臨床研究を成功させてきたために,統計解析や論文執筆に関するノウハウが既に共有され十分な経験が蓄積されていたことも一因であろう。さらに,同時出版を可能にするには迅速な論文レビューや手続きが必要である。これには,PIらとの強い信頼関係の下,数多くのジャーナルからの多大な貢献が必須であった。迅速な対応をいただいた各ジャーナルのエディターやレビュアーには,非常に頭が下がる思いである。もちろん,DELIVER試験のスポンサー企業であるアストラゼネカ社や関連学会からのサポートも重要であった。筆者は2021年の夏より英Glasgow大に所属しMcMurray教授に師事しており,論文作成への貢献が認められ,幸いいくつかの論文に著者の一人として加わることができた。

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表2 欧州心臓病学会と同時に出版されたDELIVER試験関連論文

 次に,ソーシャルメディアなどを用いた広報戦略である。PIらが多くのインタビューを受けただけでなく,学会発表や論文をTwitterに投稿するなどして情報を早期により多くの医療者に届ける手法を活用した。COVID-19による渡航制限のために現地の学会に参加ができない一方,こうしたメディアから情報を入手した医療者も多かったようである。近年は,論文自体のインパクトファクターや論文の引用回数だけでなく,web上のソーシャルメディアやニュースサイトの反響をもとにその論文の影響度を評価するaltmetricsをはじめとした指標も広がってきている。情報源が多様化しつつあるために,情報発信をどのような方法で行うかは近年ますます重要になっていると実感する。

 HFmrEFまたはHFpEF患者への心不全薬物治療は依然として課題であることには変わりない。今後,DELIVER試験からさらなるエビデンスが期待されるとともに,非ステロイド型選択的ミネラルコルチコイド受容体拮抗薬の効果を検証するFINEARTS-HF6)などの新たな大規模介入研究の結果も期待される。


1)N Engl J Med. 2019[PMID:31535829]
2)N Engl J Med. 2020[PMID:32865377]
3)N Engl J Med. 2021[PMID:34449189]
4)N Engl J Med. 2022[PMID:36027570]
5)Eur Heart J. 2022[PMID:34878502]
6)NIH. study record detail(FINEARTS-HF)

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英Glasgow大学/名古屋大学医学部附属病院循環器内科

2008年名大医学部卒。市中病院勤務を経て,15年より名大病院に循環器内科医として勤務。心原性ショックや植込型補助人工心臓,心臓移植などの診療に携わる傍ら,心不全などをテーマに研究に従事する。21年より,DELIVER試験のPIの1人を務めた英Glasgow大学John McMurray教授の下,心不全薬物治療の研究を行う。

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