医学界新聞

寄稿 卯野木健

2022.10.31 週刊医学界新聞(看護号):第3491号より

 ICU入室中・退出後に生じる身体障害・認知機能・精神機能障害を示す集中治療後症候群(Post Intensive Care Syndrome:PICS)の原因解明・予防は,現在救急・集中治療領域で重要視されているテーマである。私たちの行った多施設共同研究では,ICUを退室した患者の3分の1が,1年経過後も不安やうつを含む何らかのメンタルヘルスの問題を抱えており1),ICU退室後の患者の離職と抑うつ症状の強さは関連しているという結果が確認された2)

 どのような患者がICU退室後のメンタルヘルス障害を生じるのかを検討するため,まず重症度やICU滞在中の侵襲的な処置,滞在日数などのICUで得られる量的データを評価した。だが,同じように緊急挿管を受けた場合でも,メンタルヘルスが悪化する患者としない患者がおり,また人工呼吸を受けるような重篤な状態の患者でも,PTSDやうつは他の患者と同程度に生じていた。非常に短期間の入室であってもPTSDを生じることもあり,結果としてPTSDと関連するデータはほとんど得られなかった。

 では,何がメンタルヘルスの悪化につながるのだろうか。量的データが関連しないのであれば,「患者がどのような体験をしたのか」がキーとなるのではないかと考えた。研究者としては,データを集め質的分析を行うのが定石である。しかし,収集したデータをコード化する過程で生の声やストーリーなどが失われることを危惧した。

 そこで考えたのが,インタビューを行い,それをダイレクトにWeb上にアップする方法である。インタビュイーは主にTwitter上で募集し,ほとんどのインタビューはZoomを使用して行った。私のみでなく本教室の大学院生や学外協力者にも手伝ってもらった。

 私は10年以上,ICUのベッドサイドで患者と接してきたが,インタビューの内容は今までの経験を凌駕する,非常に引き込まれる話ばかりであった。そして,もとはPICSの関連因子に関してヒントを得ることを目的にした取り組みだったが,何人もの方に話を聞くにつれ「体験そのものを記述すること」に目的が移っていった。

 多かったのが,気を利かせたつもりの医療スタッフのささいな声かけが,逆にストレスになっていたという話だ。また意識がぼんやりしているせん妄状態であっても,押さえつけて身体拘束をした医療スタッフのことは覚えていると話す方もおり,非常に驚いた。

 特に大きな問題だと感じたのは,患者が感じている苦痛と医療スタッフが推測する苦痛との間に差があるということだ。患者―医療スタッフ間の認識のギャップが広がると,両者は互いを理解するのが難しくなる。そして医療スタッフが患者を理解しにくくなるとは,患者が本当に求める看護の提供が難しくなるということである。

 ICU体験者のインタビューを通じ,医療の基本とされる「患者の声」を,集中治療の場では十分活用できていなかったと痛感した。一般的に,医療スタッフはカスタマーである患者とのコミュニケーションの中でフィードバックを受け,改善につなげられる。しかし,ICUではコミュニケーションが困難である場合も多く,フィードバックを受けることはまれである。患者に尋ねたとしても,本心を話してくれているかどうかはわからない。何しろ,命が危うい状況だからだ。

 ICUの医療スタッフは,患者の声を聞かずに推測や思い込みでケアを行い,誤った知を蓄積してきたのかもしれない。ICUの看護の特性の1つは「声に出せない声を理解する」であるが,実は全く理解できていなかったのではないか,と強く自省するに至った。今後は「患者の声」,すなわち体験を汲み取り,それを元に看護はより患者の心に寄り添った方向へと変わっていく必要があると強く考えている。ぜひ,当研究室のブログ「ICU入室体験記」より実際の体験記をお読みいただきたい。

 最後に,今回(あるいはこれからも)快くご協力いただいたインタビュイーの皆様に深く感謝を申し上げる。


1)PLoS One. 2021[PMID:34043682]
2)PLoS One. 2022[PMID:35302991]

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札幌市立大学看護学部 成人看護学(急性期)教授

1997年千葉大看護学部卒業後,聖路加国際病院救命救急センター,米バージニア・コモンウェルス大博士研究員,聖路加看護大(当時)准教授,筑波大附属病院看護師長などを経て2018年より現職。手稲渓仁会病院の臨床・研究アドバイザーも務め,Quality Improvementの教育にも携わっている。博士(医学)。日本集中治療医学会理事,日本クリティカルケア看護学会理事。

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