医学界新聞

地域に根差した問題解決をめざす

対談・座談会 南裕子,吉沢豊予子,西村ユミ

2022.10.31 週刊医学界新聞(看護号):第3491号より

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 人々の生活や健康に重大な影響を及ぼす課題は,地域によって多様な現れ方をする。その課題解決に資する保健医療福祉の資源もまた人々が生活を営む地域によって異なり,一律の対応では課題解決が難しい。こうした考えから提起された「地元創成看護学」は,日本学術会議健康・生活科学委員会看護学分科会において検討が重ねられてきた新たな看護学の在り方だ。本紙では,初期から議論を牽引してきた南氏,吉沢氏,そして現在その後継として検討を引き継ぐ西村氏による座談会を企画。「地元創成看護学」がめざす看護とはどのようなものか,話してもらった。

西村 「地元創成看護学」は,日本学術会議健康・生活科学委員会の看護学分科会()による提言「『地元創成』の実現に向けた看護学と社会との協働の推進」1)で初めて公式に提案された新たな看護学の在り方です。本日は,「地元創成看護学」の内実を多くの人に伝えられればと思っています。

西村 そもそも,「地元創成看護学」はどのような経緯で検討が始められたのでしょうか。

吉沢 まず,政府が進める地方創成の流れがありました。東京圏への一極集中を是正し,地方の人口減少・高齢化に歯止めをかけ,日本全体の活力を向上させることを目的とした一連の政策です。その流れの中で,看護分科会としても地域に即した看護の在り方を模索する必要があるのではないかと検討を始めました。

 初期の頃はメンバーが少なく,私と吉沢先生を含めて4人ほどしかいませんでした。まずはそのメンバーで,各人が所属する大学所在地の自治体Webサイトに目を通すことから始めました。

 高知県立大学長だった私の場合は,高知県庁のWebサイトを確認して驚きを得たことを覚えています。県は県なりに地元の課題を意識して,対策を立てようとしていたのです。例えば,全国平均と比した際の高知県民の生活の傾向を把握し,それに即した生活習慣病対策が打ち出されていました。

吉沢 私は宮城県庁のWebサイトを確認しました。「地域と連携し」「地域に開かれ」「地域とともに」なんていう言葉を講義の中でよく使っていたにもかかわらず,自分が住む自治体のWebサイトを閲覧したのは,その時がはじめてでした。他のメンバーも同様のスタート地点から,議論を積み重ねていきました。

西村 議論の中で,どのようなことが見えてきましたか。

吉沢 「地域の事情に即した独自の看護学が必要だ」ということが,ベースの思想として固まっていきました。私たち看護師は,養成課程において指定規則の下で一元的な教育を施されますが,そこで想定される平均的な人間や地域はどこにも存在しません。その場所に根差しているからこそ生じる問題があって,それに対応する形での看護学もまた必要とされるのだとの考えに至りました。

西村 「地方」「地域」ではなく「地元」という語が選ばれたのはなぜでしょう。

 「地方」という語は使いたくありませんでした。なぜなら「地方」の対になるものとして「東京」が想定されているからです。中央に対しての「地方」という消極的なスタンスは取りたくなかった。「地域」という語もまた不十分に思われました。個別性が薄まること,すでに多様な使い方がされていることなどが理由です。

 加えて「創生」ではなく「創成」としたのは,地元はもとからそこにあるはずなのに,新たに生まれるとの表現に違和感を覚えたからです。地元のニーズに応じて自ら創っていくニュアンスを込めて,「創成」としました。

西村 提言1)では,地元創成看護学とは「地元(home community)の人々(population)の健康と生活に寄与することを目的として,社会との協働により,地元の自律的で持続的な創成に寄与する看護学」とされています。お話を伺って,この概念が包含するニュアンスへの理解が深まりました。

西村 看護系大学発の取り組みとして先駆的な実践例を1)に挙げました。それでも「地元」という語が指すイメージはまだ少しわかりづらいかもしれません。先生方の身近なところでのエピソードや具体的活動があれば,お聞かせいただけますか。

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 看護系大学発「地元創成」の先駆的実践例(文献1より)

吉沢 私の研究室に博士後期課程で入学した学生の話です。彼女は青年海外協力隊をはじめ,さまざまな経験を積んだ後,地元である宮城県に帰ってきました。研究テーマは,東日本大震災の際に地元の保健師たちがどのような活動をどのような思いで行っていたのかを記述することでした。調査を行う中で,石巻や女川といった場所で働く保健師たちは,多くがその近辺の出身で,職に就いても結婚しても変わらず地元に根を下ろして暮らしている人たちだとわかりました。保健師たちへのヒアリングを進めるにつれ,彼らと違い地元にいるべき時にいられなかった後悔の念が彼女の中で強まっていることを,切々と語ってくれた姿を覚えています。そうした思いを抱かせる特別なものを,「地元」という語は含んでいるのではないかと強く感じました。

 そのお話はよくわかります。30年以上離れていたこともあって,私は故郷の高知にそこまでの思い入れはないと考えていました。しかし,高知県立大に赴任して,そこで仕事をして生活をして……。つまり,一住民として高知に向き合った時に,特別な感覚を覚えたのです。時間の経過で地元は変わってしまっていたけれど,自身が育つプロセスの中で身に付いた感覚,文化,価値観といったものが,ふとした瞬間に沸き上がってきました。それらが自分の根底にしっかり焼き付いていたのです。地元にこだわらないでさまざまな土地で暮らしてきた私にとっては衝撃的な体験でした。

西村 地元という客観的母体があるわけではなくて,1人ひとりの,自分にとっての地元があるということですね。

 個人と地元の関係性と同様に,看護系大学と地元の関係性を考えると,看護系大学一般ではなくて,「ある特定の大学の」地元があるということになりますね。大学と地元が一定の関係性を育むに当たって,大切な条件は何かあるのでしょうか。

 大学に所属する人たちと地元に暮らす人たちの双方が,互いに感情的コミットメントを持つに至る活動を地道に続けることでしょう。

 高知県立大では,大学教員が持つ知的財産を地域に還元する形ではなく,学生たちが精力的に地域に入り込んで,さまざまな活動を行っています。例えば屋外行事での熱中症・脱水症状の予防的改善,AEDの使い方講習会,地元産のお米のプロモーションなど,幅広い活動を,地元のいろんな場所で行っている。学生たちは必ずしもその地域の出身ではありません。けれども,地元での活動を通じて徐々にコミットメントが高まり,地元の人たちからも信頼され,必要とされていく。ある町では,活動していた学生たちの卒業式を行っていました。

吉沢 それだけの関係性を築けたとは驚きです。

 学生たちは町の人たちに卒業を報告したいし,町の人たちもお祝いしてあげたい。学生たちにとってその場所はすでに「地元」になっていたわけです。

西村 一方的に支援を行うような関係ではなく,双方向性のあるつながりが生まれていたのですね。

 その通りです。そうした情動的連携が,看護系大学が地元との関係性を育む上で重要だと考えています。

 地元創成看護学を考える時,地元に対する思い入れ,コミットメントがまずあって,だからこそ看護職としてできることがあるのでしょう。

吉沢 大学の設置主体の違いが地元創成看護学にもたらす影響について聞いてみたいです。南先生がいらっしゃった高知県立大は県が設置団体ですから,一つの理念として所属する地域に何らかの形で資することが自然となじむのかと思います。一方,私の所属する東北大は国立大学法人で,県内にある公立の宮城大とのコントラストもあり,地元創成看護学にどう関与していけばいいのかが自身の中で見えにくい状況があります。また,学生にも伝えづらいと感じています。

 私は,設置団体の違いによる差はあまりないのではと考えています。設置団体にかかわらず,地元との関係を戦略的に育んでいくことが重要なはずです。というのも,大学にとって教育や研究の自治は守り抜きたい砦であって,設置団体から干渉されたくないという基本的スタンスがあるからです。そのため,設置団体が県や市だからといって,地元創成看護学に取り組みやすいとは必ずしも言えないでしょう。設置団体からの干渉を解消する方策の一つが法人化です。大学が法人化すれば設置団体はあくまでもスポンサーになりますから,法人化した大学側で考えなければならないことは増えるけれども,自治は守りやすくなります。その上で力になれそうな事柄については大学側から手を挙げて積極的に関与していくのがよいでしょう。

西村 自治体への関与は,具体的にはどのように行えばいいのでしょう。

 例えば神戸市看護大は,2019年の法人化時点では神戸市との関係性が希薄になっていました。しかしCOVID-19の流行をきっかけに,看護大学にできることはないかと神戸市に働きかけ,まずは電話相談を請け負うことになりました。その次は軽症者療養施設の運営の一枠を,24時間体制で受け持ちました。そうした積み重ねで神戸市との関係性が育まれていき,市長から「神戸市民にとっての財産だ」と公に言っていただけるほどの位置にたどり着きました。

吉沢 大学の自治を維持しながらも地元の自治体に積極的に関与する姿勢は重要ですね。当然,自治体との仕事では,完全に大学側の思う通りに動くことは難しいでしょう。しかし,意識的に自治体に近づいていくことは不可欠なのだとお話を伺って感じました。

西村 国立大学法人の地元創成看護学について考える時,グローバルを見据えてローカルに対応する「グローカル」な視点が有用ではないでしょうか。

 それは国立大学法人の得意とするところでしょうね。例えば広島大の森山美知子先生らの活動が挙げられます(表)。呉市の医療費が人工透析で圧迫されていたところ,市のデータから糖尿病性腎症の透析移行予防策を考案して,市民に働きかけを行うことで医療費が大きく抑えられたのです2)。その後,全国の保険者から引き合いがありました。ローカルな課題を解決することが,広がりをもった好例です。

西村 看護界において,そうした素晴らしい事例が継承されるようになると良いですね。当人やその周囲の人が取り組むだけでなく,新たなスタンダードとして看護界全体で引き継いでいきたいところです。

西村 最後に,地元創成看護学の今後についての考えを伺えますか。

吉沢 地元創成看護学が大事にすべきことについては考え続けたいです。また,看護領域にとどまらず,さまざまな領域の方に地元創成看護学について議論していただきたい。ただその時に忘れてはならないのは,ケアの真髄がどこにあるのかは,看護領域の人間がリードして語るべきだということです。その上で,多領域の皆さんと手を取り合って地元創成看護学を発展させていければと思います。

 地元創成看護学は,普遍的ではない看護学の在り方を求めます。目の前にある現象から物事の真髄を見極めるという経験的(エンピリカル)な方法は,どの学問領域にも共通します。もちろん演繹的な方法もあるわけですが,私は前者を大切にしたい。それも,自ら進んで経験的な方法を行うことを。学生たちに地元創成看護学を教えるに当たっても,学生たちが自ら考え,解決したり,課題に跳ね返されたりする経験を通して,看護とは本当はどういう営みなのかを見いだしてほしいです。

西村 地元創成看護学という柱を持って活動を続けていくことで,これまで地元創成と考えられていなかった実践までもが照らし出されると良いですね。新たな論点が生まれて,より活発な議論が行われることを期待したいです。

(了)


:日本学術会議は,科学が文化国家の基礎であるとの考えに基づき,行政,産業および国民生活に科学を反映,浸透させることを目的として,1949年1月に内閣総理大臣の所轄の下,政府から独立して職務を行う「特別の機関」として設立された機関。①科学に関する重要事項を審議し,その実現を図ること,②科学に関する研究の連絡を図り,その能率を向上させること,の2点を職務とし活動する。30の学術分野別の委員会が常置されるが,医学に関しては「基礎医学委員会」と「臨床医学委員会」があり,看護学に関しては「健康・生活科学委員会」の中に「看護学分科会」の形で存在している。また,看護学分科会から派生して,「少子高齢社会におけるケアサイエンス分科会」が設置された。210人の会員と約2000人の連携会員によって職務が担われる。看護学分野の会員は2人,連携会員は18人。

1)日本学術会議健康・生活科学委員会看護学分科会.「地元創成」の実現に向けた看護学と社会との協働の推進.2020.
2)森山美知子.看護師と医療保険者の役割機能拡大による新たな慢性疾患ケア提供モデルの構築.学術の動向.2018;23(6):85-90.

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神戸市看護大学 学長

1965年高知女子大衛生看護学科卒。74年同大助教授,82年聖路加看護大教授,93年兵庫県立看護大学長,2004年兵庫県立大副学長,08年近大姫路大学長,11年高知県立大学長を経て,22年より現職。1972年イスラエル・ヘブライ大公衆衛生学修士課程修了(MPH),82年米カリフォルニア大サンフランシスコ校看護学部博士課程修了(DNSc)。99~05年日看協会長として,専門看護師・認定看護師制度を確立。05年,日本人として初めて国際看護師協会(ICN)会長に就任。日本学術会議には05~11年,看護学では初めての会員として所属。健康・生活科学委員会看護学分科会や「地元創成看護学」の立ち上げに携わり,11年以降は連携会員としてかかわる。

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東北大学大学院医学系研究科 保健学専攻ウィメンズヘルス・周産期看護学分野 教授

1987年千葉大看護学部卒。97年同大大学院看護学研究科博士後期課程修了。99年長野県看護大教授を経て,2005年より現職。日本女性医学学会理事,日本母性衛生学会理事を務める。日本学術会議には11年の第22期から連携会員として所属。健康・生活科学委員会看護学分科会で「地元創成看護学」の立ち上げに初期から携わり,第37回日本看護科学学会学術集会にて「地方創生時代の看護学の変革と課題」の企画と運営に参画する。現在も継続して地元創成看護学の発展に寄与する。

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東京都立大学大学院 人間健康科学研究科 看護科学域 教授

1991年日赤看護大卒。神経内科病棟勤務を経て,97年女子栄養大大学院栄養学研究科(保健学専攻)修士課程修了。2000年日赤看護大大学院看護学研究科博士後期課程修了。同大講師,静岡県立大助教授,阪大コミュニケーションデザイン・センター准教授を経て,12年より現職。日本学術会議には23期から特任連携会員,24期から連携会員,25期から会員として所属。健康・生活科学委員会看護学分科会の副委員長として「地元創成看護」班の取りまとめを担当。少子高齢社会におけるケアサイエンス分科会委員長。

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