医学界新聞

寄稿 元廣惇

2022.10.03 週刊医学界新聞(通常号):第3488号より

 一般企業での膝痛・腰痛などによる生産性低下や休業は,本邦の産業衛生上の大きな課題の一つである。その経済損失は,腰痛のみでも年間おおよそ3兆円に及ぶとの試算が報告されている1)。仕事起因の「痛み」は労働者の主観的なものであるため,我慢することでやり過ごす心理や,企業・業界文化により潜在化しやすい健康課題であると言える。

◆専門的視点から「職業病」の改善を促す取り組み

 島根県のヘルスケアベンチャーである株式会社Canvasは,産・官・学・金(金融)機関との「地域共創」による連携体制を構築し,仕事起因の痛みの問題を「職業病」として解釈し,作業療法の専門的視点からコミュニティマネジメントを行い,企業全体に中核原因の理解を促すことでこの課題に挑んでいる(https://www.canvas.co.jp/)。具体的な内容として,①作業療法士の専門である「人―作業―環境」の観点から,仕事中に生じる職業病の分析を行う(写真)。②職員に対する講義・ワークショップなどを通じて職業病への従業員の認識を変え,互いに支え合える文化を企業内に創造する。そして,③会社とともに中長期的な衛生管理のビジョンを構築していく,という新たな健康経営の選択肢を提供する健康経営支援サービス「しあえる」を開発し実用化している。契約数は,2021年3月のサービス開始から22年8月時点で約20企業まで増加し,現在も製造業・建設業・林業・保育業・デスクワーク主体の業種などさまざまな業態でサービス導入を行っている。

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写真 金属加工業での従業員と作業療法士のかかわり
健康支援サービス「しあえる」では作業療法士が企業の現場に赴き,痛みの原因となる動作や環境を観察し分析する。ワークショップ後には介入効果の検証まで行い,企業ごとに適した職業病の改善策を提案している。

 サービス導入の効果として,島根県内の企業では導入前後3か月の比較から,林業で230万円,建設業で140.9万円,オフィスワーカーで109万円の労働生産損失額(1日の労働生産額を1万円と仮定した場合)の減少を認めている。現在,医師(産業医)・作業療法士・理学療法士などの医療職や,島根大,日医大,スウェーデン・ルンド大など,国内外の研究者をはじめ,全国200人以上の多職種メンバーによる領域横断的な職業病対策チームをオンラインサロンを活用して構築し,サービス開発を進めている。このように作業療法士が専門性を生かし,企業とともに痛みの一次予防を行う例は他にはない。

 今後は各市場での効果と研究によるエビデンスを基に,まず島根県の多様な業態の中小企業に当サービスを本格導入し,労働生産損失の減少や休職・退職の予防を図りつつ,研究データを蓄積する。さらにDXなどを通じた事業開発を進め,島根県での事業モデルをより多くの県外地域で提供できる体制を数年で構築する見通しである。

◆作業療法士の企業での予防医療参画への期待

 作業療法士は,医療従事者の中でも特に対象者の「暮らし」「仕事」「人生の物語」「価値観」「文化背景」などの「人間らしさに根ざした領域」における強みを持っていると私は考えている。この強みは医療・保健・介護領域ではもちろんのこと,弊社のように一般社会とより接続した形で発揮されることで,今までにない社会問題を発見,解決し得る可能性があると感じる。これから,作業療法士が予防医療の領域でさまざまな研究開発・社会実装を進めていくことに期待している。


1)J Occup Environ Med. 2020[PMID:32826548]

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株式会社Canvas代表取締役

博士(医学),認定作業療法士。医療機関での臨床業務,作業療法士養成課程の学科長を経て,2021年3月に株式会社Canvasを共同創業。 現在は同社代表取締役を務めながら,島根大研究・学術情報本部地域包括ケア教育研究センター客員研究員として経営および研究開発,全事業の運営統括を行っている。

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