医学界新聞

対談・座談会 岡田 随象,鎌谷 洋一郎,熊坂 夏彦

2022.09.19 週刊医学界新聞(通常号):第3486号より

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 遺伝学の祖,メンデル(1822-1884)の生誕200年となる2022年。ゲノム配列解読技術の発展・普及に伴って遺伝統計学に基づいた研究が加速し,いまや数百万人規模のヒトゲノム情報を用いた研究もまれではなくなった。近年では研究成果を社会実装する動きもあり,より一層の発展が期待される。本分野の進歩によってどのような医療の未来が見えてくるのか。遺伝統計学の次代を担う研究者3氏による議論が展開された。

岡田 ヒトゲノム上の塩基配列には個人差(多型)があり,ゲノム配列が似ていると,外見だけでなく疾患のかかりやすさ,薬剤の効きやすさなども似ることが明らかになっています。そうした多型を統計学的に分析し,「ヒトゲノムにどのような個人差があれば,どのような疾患に罹患しやすいか」を解き明かしていく学問が遺伝統計学(Statistical Genetics)です。最近では解析するヒトゲノム情報が数百万人規模に達するなど,データとの格闘技のような側面も強くなっています。本日は,遺伝統計学の研究に長年携わられている鎌谷先生,熊坂先生と共に,これまでの研究の流れを振り返っていきたいと思います。

岡田 過去20年ほどを振り返った時に大きな転換点だったと言えるのは,ゲノムワイド関連解析(Genome-wide Association Study:GWAS)の登場でしょう1)。GWASとは,ゲノム全体に分布する数百万~数千万か所の遺伝変異,そしてそれを構成する塩基の種類(アレル)の頻度が,対照群と患者でどれだけ異なるかを調べる解析手法です。手法としてはシンプルであり,誰もが解析できるようになったことで,瞬く間に世界中で広まりました。

鎌谷 拡大の背景には,ゲノム配列解読技術の発展も大きく寄与しています。探索法の一つであるSNP(Single nucleotide Polymorphism)アレイでは,ヒトゲノムに存在するSNPを一度に大量にジェノタイピング(註1)することで,疾患や体質に影響を与える遺伝子探索を行えるようになりました。現在では一度に数十万~数百万のSNPを同時にジェノタイピングできるようになっており,多数のサンプルに対してゲノム配列の多型を網羅的にデータ化可能になりました。1人当たり数千円と,低コストで実施可能です。

 そしてさらに変化をもたらしたのが次世代シーケンサーです。大量のゲノム配列を直接解読できるため,特定の個人でしか保有されていない低頻度の遺伝子多型の同定ができるようになりました。こちらも解析の低コスト化が進んだことで1人当たりの全ゲノムシーケンスにかかる費用は10万円を切っており,サンプルサイズの大きいGWASの実践に貢献しています。

岡田 GWASによって次々と疾患感受性多型が同定されていますが,その医学・生物学的機序を明らかにすることで,ようやく診断・治療介入,創薬へと結びつけられます。すなわち,さらなる機能解析実験を行う必要があるのです。遺伝子発現等を含めたオミクス解析の潮流について熊坂先生から紹介していただけますか。

熊坂 GWASの1つの課題として,連鎖不均衡(註2)があります。多型の間の相関関係があるために,特定の疾患に関連する領域を絞ることができても,どの多型が真に関連しているかまでは特定できません。また遺伝子領域は,全ゲノムの約5%とされ,残りの領域は全て非遺伝子領域になります。仮にゲノム上でランダムに多型が存在するとした時, GWASで発見される疾患感受性多型の9割以上は非遺伝子領域で見つかることになります。こうなるとゲノムデータのみから疾患特異的な遺伝子を予測することは非常に困難です。そこで,DNAの違いが遺伝子の発現やメチル化によるDNAの修飾,そしてクロマチンの構造自体の変化にどのように関連しているのかを分子レベルで調べることが,背後にある分子生物学的な機序を理解する上で非常に重要となるのです。

岡田 熊坂先生が取り組まれているのはエピゲノム,特にクロマチン構造と疾患の相関に関しての研究ですよね。

熊坂 ええ。GWASで発見された疾患感受性多型がどの遺伝子の発現を制御しているかを突き止めたり,疾患感受性多型の周辺のクロマチン構造と疾患の相関を調べたりすることで,疾患のかかりやすさに変化があるのかを研究しています。最近では,遺伝子発現やクロマチン構造を単一細胞レベルで定量化できるようになってきました。今後解析技術がますます進歩することで,どの細胞種がどのような細胞状態にある時,ゲノムのどの場所がどのように疾患に関連しているのかが,より詳細に明らかになるでしょう。

鎌谷 課題となるのは得られた研究成果をどう社会実装していくかです。

岡田 1つはPolygenic Risk Score(PRS)の構築です。これはGWASの結果から算出されたエフェクトサイズ(疾患に対する影響の大きさ)を用いて,各個人の有する遺伝子型を重み付けし足し合わせ,遺伝因子の積み重なりを量的に評価する手法です。集団内のPRSの分布を調べることで,特にその疾患の発症リスクが高い個人を特定できるとされています。それ以外にも,薬の効き方や副作用の個人差に関連する遺伝子情報に基づいた創薬をめざすpharmacogenomicsや,白血球の免疫応答の個人差を決定するHLA遺伝子の遺伝子型に基づいた免疫疾患の発症リスク評価も検討されるようになっています。

 このように疾患リスクを定量化する解析は可能になってきたものの,患者にどう適用していくかは,倫理・社会的な問題も絡むために一筋縄ではいきません。また,アカデミアのみで研究を行うだけでは手が回らない時代になってきました。ベンチャー企業なども含めた産官学の連携を行っていくことが,社会実装には重要と考えます。

岡田 社会実装と併せて検討していかなければならないのは,若手研究者の育成です。世間では「若者の〇〇離れ」という言葉が頻繁に用いられますが,「若者の基礎研究離れ」も加速しているのが現状です。医師が本分野の研究者になる意義について,鎌谷先生の見解を聞かせていただけますか。

鎌谷 最近では,とりわけ実学志向,臨床志向が強まっていると感じます。これは仕方のないことなのでしょう。しかし,少なくとも遺伝統計学の領域,特に先ほど話題に挙がったPRSやpharmacogenomicsといった分野は臨床と非常に近しい領域であり,臨床医によるアイデアが必須です。海外を見渡すと,臨床医が積極的に研究に関与していることも珍しくなく,実学志向と親和性の高い研究分野だと考えています。魅力は数多くあると思うのですが,研究者側からのアピールが足りない点は否めません。

岡田 リクルート活動の鍵として,ゲノムデータ解析に触れる体験を持つことが大事だと考えています。それもなるべく若い時に。そこで私の研究室では,「遺伝統計学・夏の学校」と題した3日間の短期セミナーを開催しています()。ここ数年はコロナ禍に鑑みオンラインで実施していますが,幅広い領域から毎年300人程度に参加していただいています。

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ゲノムデータ解析になじみのない初学者を対象に,遺伝統計学の初歩的な講義から解析の演習までを行う。対象は大学学部生以上であるものの,大学院生,勤務医,社会人も参加可能。高校生にも門戸を開く。2022年に開催された際の資料は,Webサイト上で一般公開されている(http://www.sg.med.osaka-u.ac.jp/school_2022.html)。

鎌谷 卒前教育への導入はどのような状況なのでしょう。

岡田 大阪大学では,医学部2年時にゲノムデータ解析の実習を1週間設けています。遺伝統計学の普及という面もありますが,将来,臨床現場から基礎研究分野に移った際に,解析の素地を作っておければとの意図も含まれています。

岡田 医学生に対しては上述のような取り組みが一部でなされていますが,その他の領域からのリクルートはいかがでしょう。取り扱うデータサイズが膨大になってきていることから,医学知識を有した人材だけでなく,コンピュータや数学,最近ではAIに関する知識に精通した人材が欠かせない状況になっているものの,そうしたバックボーンを有するインフォマティシャンやエンジニアがゲノム研究の分野になかなか参入していない印象を受けます。医学領域以外から参入した熊坂先生の目に,現状はどう映っていますか。

熊坂 スキルを有した研究者がアカデミアに残らず,企業に就職するケースがほとんどです。これは給与面が多分に影響しているでしょう。世界的に見ても同様の傾向にあります。給与については研究室単位ではどうしようもない面も大きいために,やはりわれわれができることは,アカデミアでしかできないことを発信して,この分野に参入してもらえるよう努めることだと考えています。

 具体的には,研究成果を公にし,学問の価値を高めていくことです。この考えに至ったのは私が勤めていた英Sanger研究所の影響が大きいです。

岡田 詳しく聞かせてもらえますか。

熊坂 研究所の創設者であるジョン・サルストン氏(1942-2018)は,世界的に見て最もオープンサイエンスに積極的に取り組んできた研究者の一人です。その影響もあり,Sanger研究所でシーケンスされたデータは直ちに全世界に向けて公開しなければならないというルールがあるほどです。また,莫大な予算がつぎ込まれたヒトゲノム計画の成果をフリーで誰もがダウンロードできるようになっているのは,同氏が計画の中心を担っていたことが大きいと言えるでしょう。可能な限りデータを公開し,研究者コミュニティ全体の利益を最大化していくことこそが,アカデミアの在り方として最も求められるのではないでしょうか。

岡田 なるほど。企業の場合はどうしても商業的に成立させなければならない面があるために,そもそもオープンにすること自体が避けられてしまいますよね。確かに大きな違いと言えます。

鎌谷 ただ,ゲノムデータは個人情報として非常にセンシティブな取り扱いが必要であることから,公開には手間を要します。その際,研究のエフォートが削がれてしまう面はあるでしょう。国際的にオープンサイエンスの方向にかじが切られていることは間違いないために,正面から取り組まなければならない問題ととらえています。管理や登録などを専門的に対応する人材の登用も策の1つでしょう。

岡田 近年ではGWASの結果を無償公開する流れも一般化し,さらなる応用研究がなされる動きも生まれていますが,学問としてさらに発展するためにも,データ公開の在り方をもっとシンプルにすべきと考えています。現状はデータを公開する側が,「こういう公開の仕方をすると指摘を受けるのではないか」「法的に問題があるのではないか」と,過度に防御的になってしまっている印象が強いです。

鎌谷 「このレベルで問題ない」という一定の基準が示されれば状況も大きく変わるのではないでしょうか。

岡田 例えば英国のUKバイオバンクは,研究費・サンプル数・データ数において本分野のトップクラスに位置します。そうした施設がデータ公開に関してもイニシアチブを握って見本を示してくれると,多くの研究者がそれに続くはずです。ぜひそのような流れになることを期待したいですね。

岡田 いま話題に挙げたように,本分野は海外を中心として最先端の研究が進行しているのが現状で,日本国内のみで研究が完結するケースは少ないと言えます。とはいえ,私たち3人とも現在は日本で研究しており,日本人が日本で研究をして,日本の基礎研究を盛り立てていくことも重要なはずです。

熊坂 その通りです。私が約10年前に日本を離れた大きな理由の1つは,日本人を対象とした研究が国際的にあまり評価されないと感じたためでした。というのも,欧米の研究が先行している中では,欧米人のゲノムデータの解析結果が優先され,日本人が日本人のゲノムデータを解析しても当時は重要なデータとしてみなされなかったからです。幸いここ数年で人種の多様性を考慮した解析が必要との国際的なコンセンサスが取れてきましたので,日本人のゲノムデータに関しても欧米から注目を集めるようになっています。けれどももう一段,世界における日本の研究のプレゼンスを上げるには何が必要なのか。この問題を常に考えています。

岡田 そもそも,本分野の研究の先進国である米国や英国のように日本がなれる可能性はあるのでしょうか。

鎌谷 難しい質問ですね……。少なくとも数十年以上の期間を要すると考えます。まずは一度謙虚になってそうした研究先進国に人材を多数輩出し,帰国後に日本の研究へ還元してもらうことが求められるように思います。

岡田 人材育成の面以外では何が必要だと考えますか。

鎌谷 学習機会の創出と,明確なキャリアパスの担保だと思います。医学部も含めた幅広い学生に数学やプログラミングに関する学習の場が与えられ,スキルを有した人材に対しては研究者としてのキャリアが築けるような未来が保障できるといいですね。

熊坂 私は,別に米国や英国に追いつかなくてもいいのかなとも考えています。もしかすると既に追い付けないほど離されているのかもしれない。しかしその中でも日本には日本ならではの生き残り方が必ずあるはず。最近考えるのは,相撲のような形を取れないかということです。

岡田 どういうことですか?

熊坂 相撲は,国技であるものの最高位である横綱が日本人である必要はないですよね。つまり,世界の研究者が「ぜひ日本で研究したい」と思うような,日本人のゲノムを対象とした日本でしかできない魅力的な研究を展開するのです。ただし,その際の縛りとして日本のルール(土俵)で戦ってもらうことをお願いする。ハードルはさまざまあるかもしれませんが,検討する価値はあるはずです。

鎌谷 面白いですね。最近気掛かりなのは「海外=米国」との構図になり過ぎていないかということです。もう少し幅広い視点で世界を見て,良いところを日本の文化に合った形で採用していく形も一つの手ではと考えています。

岡田 確かに,本分野に限らずこれからも米国一強で推移していくわけではないはずです。以前に比べて解析対象の範囲も広大になり,さまざまな知識も必要となってきました。これからはより一層,世界各国の研究者たちと有機的に連携して研究を行っていくことが求められるのでしょう。

岡田 私が読者の皆さんに一番お伝えしたいのは,本分野の研究者としての人生がとても楽しいということです。例えば研究費の面でもデータ解析がメインであるため,実験を中心とした研究室と比較すれば少額で済みますし,研究の基礎となるデータは次々とオープンソース化される時代になっています。ある意味,元手が少なくても研究者として成功を収めやすい分野とも言えるでしょう。また未発見の事柄が多く,新しい発見が世界各地で日々報告されており,知的好奇心も満たせる領域です。ぜひ皆さんも遺伝統計学の道へ進んでみませんか。

(了)


註1:全ゲノムの配列を解読する代わりに,個人間で異なることが知られている箇所のみを探索する技術。
註2:同一染色体上に存在する2つ以上の遺伝子多型間の非独立性の度合いを表す。一般集団においては,特定のアレルの組み合わせの頻度が,多型間に独立性を仮定した場合よりも有意に高くなる現象として定量化される。

1)Nat Genet. 2002[PMID:12426569]

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大阪大学大学院医学系研究科 遺伝統計学 教授

2005年東大医学部医学科卒。臨床研修を修了後,基礎研究者になることを決意し東大大学院医学研究科内科学専攻へ進学。大学院ではヒトゲノムデータの解析手法を学ぶ。日本学術振興会特別研究員(DC2,PD),米Harvard Medical School Brigham and Women's Hospital研究員,東京医歯大大学院医歯学総合研究科疾患多様性遺伝学分野テニュアトラック講師などを経て,16年より現職。22年より東大大学院医学系研究科遺伝情報学教授を併任。

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東京大学大学院 新領域創成科学研究科 複雑形質ゲノム解析分野 教授

2002年千葉大医学部医学科卒。臨床研修修了後,同じ診療をしていても疾患の発症や重症度,治療の効きやすさに多様性が存在することに関心を抱き,東大大学院新領域創生科学研究科へ進学する。その後,仏Centre d’Étude du Polymorphisme Humainにて世界的遺伝学者マーク・ラスロップ教授に師事。13年に帰国後,理化学研究所統計解析研究チーム,京大大学院医学研究科附属ゲノム医学センターを経て,19年より現職。

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国立成育医療研究センター エコチル調査研究部 遺伝子解析室 チームリーダー

2003年慶大理工学部数理科学科卒。同大大学院理工学研究科にて高次元データの次元縮小と非線形最適化の研究に携わる。博士課程修了後,数学,統計のスキルを応用できる分野として生命科学の分野を選択し,08年理化学研究所ゲノム医科学研究センターに入職。12年より英Sanger研究所にて,機能ゲノム科学分野におけるクロマチン構造等の数理モデル構築に関する研究に携わる。21年より現職。
 

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