電気けいれん療法の適応を再考する
寄稿 嶽北佳輝
2022.09.05 週刊医学界新聞(通常号):第3484号より
電気けいれん療法(ECT)は1938年にチェルレッティらによって開発された,精神科領域に現存する最古の生物学的治療である。一時隆盛を誇ったECTはその後,向精神薬の発見と発展に加え,ECTの乱用,忍容性への危惧から批判を浴びたことも相まって衰退した。一方,ECTでなければ症状の改善や救命が得られない患者群が同定され,これらの患者をより安全に治療する目的で,手法の改善(全身麻酔を用いた修正型,右片側電極配置,適応の明確化など)が進められた。
けれども,ECTに対するネガティブなイメージは払拭されていない。映画やTVで紹介されるECTの多くは,行動制御や拷問の手段として描かれるのもその表れだろう。このような状況が非難なく受容されてしまう原因に,その名称が与える負の印象や歴史的背景なども関与しているかもしれない。
このため,患者や家族だけではなく,医療者にも「ECTの効果は理解できるが,あくまで最終手段」との考えが流布してしまっている。果たして,ECTは本当に精神科治療における最終手段なのだろうか。
ECTの適応とエビデンス
本邦でのECTの適応は「電気けいれん療法(ECT)推奨事項 改訂版」に詳しい(図1)1)。「適応となる状況」と「適応となる診断」があり,両者のバランスをとることが極めて重要と考えられている。本稿では適応となる主な各診断における最新のエビデンスを紹介したい。
◆うつ病
これまでに発表された多くのメタ解析の結果から,うつ病に対するECTは,抗うつ薬や反復性経頭蓋磁気刺激(rTMS)による治療と比較し効果量が大きいとされる2,3)。また,抗うつ薬と比較して効果発現も早いことが知られている。加えて,ECTは退院後1年間の自殺による死亡リスクを低減する4)。特に精神病性の特徴がみられるうつ病では高い寛解率が示されており,切迫した希死念慮や緊張病症状,速やかな改善が必要な身体・精神状態,高齢者などの場合にも早期のECT導入が検討されるべきだろう5,6)。現在,本邦のうつ病治療は,ECTのほかに薬物療法や認知行動療法,rTMSなども認可され多岐にわたるため,各治療の使い分けに関する現時点での私案を図2に示す。
◆統合失調症
統合失調症に対するECTは,薬物治療と併用してはじめて,薬物治療単独をわずかに上回る有効性を認める7)。陽性症状や情動症状への効果が比較的高く,陰性症状には効果が乏しいと考えられている8)。抗精神病薬による治療で改善が不十分な治療抵抗性統合失調症(TRS)には,クロザピンが高いエビデンスを有しているが,無顆粒球症など重篤な副作用が認められるため,使用に多くの制限が設けられている。TRSに対する抗精神病薬治療(クロザピンを含む)へのECTによる増強療法の有効性は,無作為化比較試験やメタ解析の結果から,効果量は大きくないものの確立されつつある8)。ただし,その有効性は主に短期的な試験の結果から導かれている点には十分注意する必要がある。
◆双極性障害
多くの臨床試験は,うつ病と双極性障害のうつ状態を区別せずECTによる介入が行われていたため,双極性障害のうつ状態に対するECTの有効性は十分高いことが想定されてきた。近年行われたメタ解析の結果,双極性障害のうつ状態に対するECTは寛解率がうつ病と同等であり,反応率はうつ病より高く,反応までに必要な回数はうつ病より短いとの報告がある9)。
躁状態に対するECTについては,薬物療法と有効性を比較した場合,ECTで増強療法をした群で有意に有効性が高いと示されている10)。したがって,薬物療法で十分な有効性や忍容性が担保されない躁状態に対しては,ECTを検討することも一つの手段かもしれない。
◆緊張病
緊張病とは,昏迷や焦燥,反響性などの精神症状に加え,姿勢障害に代表される運動症状,自律神経異常を生じる症候群である。生命予後に大きな影響を与える病態のため速やかな改善が望まれるが,一般的に抗精神病薬の効果は限定的で,症状悪化を来すこともある。有効性が示されている治療方法としては,ベンゾジアゼピン(BZD)受容体作動薬とECTが挙げられる11)。ECTの有効性はメタ解析でも示されているが12),特殊かつ生命的危機と近接した病態であるため,エビデンスレベルの高い研究は十分行われていない。しかし,迅速な改善が得られる場合が多いため,BZD投与で改善が乏しい場合は早期にECTを検討すべきであろう。
適切なECT使用検討の継続を
ECTは決して全精神疾患のあらゆる状態に有効なわけではない(表)。また,ECTは全ての疾患において最終手段となるわけでもなく,むしろ第一選択となり得る場合もある。ただし,ECTは再燃・再発率の高い治療であり,その後の維持療法をどう行うべきかなどの課題は依然として残っている。
これまでの歴史的変遷から,医療者の中にもECTに対する強い偏見が存在するいま,精神科医は過去への反省や批判を正面から受け止め,真摯な態度で向き合うことが必要だろう。今後も適切な患者に必要なECTを届けるための努力を絶やしてはならない。
参考文献
1)本橋伸高,他.電気けいれん療法(ECT)推奨事項 改訂版.精神経誌.2013;115(6):586-600.
2)Lancet. 2003[PMID:12642045]
3)BMJ. 2019[PMID:30917990]
4)Lancet Psychiatry. 2022[PMID:35487236]
5)Can J Psychiatry. 2016[PMID:27486154]
6)Br J Psychiatry. 2018[PMID:29436330]
7)Cochrane Database Syst Rev. 2005[PMID:15846598]
8)Acta Neuropsychiatr. 2019[PMID:30501675]
9)Acta Psychiatr Scand. 2019[PMID:30506992]
10)Psychiatry Res. 2021[PMID:34058715]
11)Taylor DM, et al. The Maudsley Prescribing Guidelines in Psychiatry. 14th ed. Wiley-Blackwell;2021.
12)Eur Arch Psychiatry Clin Neurosci. 2018[PMID:28639007]
嶽北 佳輝(たけきた・よしてる)氏 関西医科大学医学部精神神経科学講座 准教授
2003年関西医大卒。博士(医学)。同大精神神経科学講座,伊ボローニャ大生物医学/神経運動科学教室博士研究員などを経て,21年より現職。日本臨床精神神経薬理学会理事。専門領域は臨床精神薬理学,電気けいれん療法,老年精神医学など。
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