医学界新聞

寄稿 佐々木 千幸

2022.07.25 週刊医学界新聞(看護号):第3479号より

 患者はさまざまな苦痛を抱えており,時折耐えきれない苦痛を無意識に怒りに置き換えて表出する場合がある。医療者は,日々患者に寄り添いたいという思いを持ちながらケアしているが,怒りが表出されると,患者にどうかかわっていいかわからなくなり,対応が困難になりやすい。今回は怒りを表出する患者をどのようにとらえ,かかわればいいかについて述べたいと思う。

 怒りは「自分の領域が侵された時に発動する感情」であり1),人として生きていく上で必要な感情である。怒りの理由が妥当で適切な表出であれば,一緒に話し合い,必要があれば謝罪したり,協議したりすることで対応できる。しかし,怒りの理由が妥当でない場合や,表出方法が適切ではない場合に対応が難しくなる。

 怒りというと,「患者に心理的なストレスがあるからだ」ととらえやすい。しかし,怒りを心理的問題と決めつける前に,①身体症状(疼痛,倦怠感,呼吸困難感,ADLなど),②精神症状(せん妄,うつ病,認知症,薬剤性精神症状),③社会経済的問題(経済面・介護面・就労面の問題),④心理的問題(がんへの取り組み方,コミュニケーション,人となりの理解),⑤実存的問題(患者の生き方)といった面から包括的なアセスメントが必要だ2)。特に,身体的な苦痛が緩和されているか,せん妄などの精神医学的な対応が必要な問題を見逃していないかが重要である。せん妄など精神医学的な問題の背景に,身体的要因が隠されている場合もあり,せん妄を見逃すと重大な身体的問題の対応の遅れにつながりやすい。

 患者から怒りを表出されると,医療者は最大限でき得る対応をしていたとしても,「自分の対応が悪かった」と自責的になりやすく,個人の問題としてとらえやすい。たとえ自責的にならなかったとしても,患者を感情的に責めたり,自分の正当性を認めさせたくなったり,逆にかかわりを拒否したくなったりする。先にも述べたが,患者は耐え難い苦痛を怒りに置き換えて表出することがある。「怒り」などの感情の表出は,患者がケアを必要としているサインでもある。そうした時に「個人の対応の問題」とせず,患者からのSOSのサインととらえて,チームでの対応を検討することが大切だ。

 怒りを表出する患者と向き合っていくためには,いくつか押さえるべき要点がある。に示す内容をもとに説明していきたい。

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 怒りを表出する患者への対応時に押さえるべき要点

◆スタッフが安心してケアを提供できる環境をつくる

 私たち医療者も人間であり,怒りや嫌悪感,恐怖など,さまざまな感情を持って当然である。しかし,「医療者は冷静であるべき」「怒ってはいけない」といった感情規制3)が働き,医療者自身の感情を抑圧しがちだ。だからこそ,医療者であってもいろいろな感情を持って当然であることが保障され,それぞれの感情を持つことを互いに認め合える場が必要である。医療者自身が,自分の感情を認められて,受け入れられるものだと思えてはじめて,患者と向き合える土壌ができる。

◆患者の怒りの背景をアセスメントする

 患者は疾患や治療などによりさまざまなストレスを抱えている。そうしたストレスを抱えきれず,無意識に目の前にある現象を怒りに置き換えて対処することがある。その怒りの矛先は看護ケアに向かうことが多く,「ナースコールの対応が遅い」「点滴の時間が遅れた」などと表出されやすい。怒りが表出されると指摘された対応にばかり着目しやすいが,背景にある先行きの見えない現状や将来に対する不安といった患者の思いのアセスメントが重要である。患者の怒りが落ち着く時間があり,なおかつ話し合える余裕があれば,患者に「医療チームみんなでAさんを支えたいと思っている。そばでAさんを見ていてつらそうに見えるが,何かつらいことや不安なことはありませんか?」と尋ねてみることで不安を表出するきっかけとなる場合がある。

 しかし,尋ねても患者が自身の気持ちに向き合える準備状態でなければ,再び怒りとして表出されることもあり,そもそも怒りが強く話し合える状況でないケースも多い。その場合は「患者を怒らせないこと」を目標にせず,苦痛を抱える患者を理解してケアを継続することが患者にできる最大限のケアとなる。

◆継続したケアを提供できる枠組みづくりを行う

 怒りを表出する患者へのケアの継続は必要だが,それは患者の全ての要求や感情を受け入れなければいけないことを意味するものではない。医療者が安全にケアを提供できない場合は,「できないこと」は「できない」と伝える必要がある。こう伝えることは患者にとってつらいことのように思えるが,「できないこと」を「できる」と言ってケアの継続がなされないような不安定な関係のほうが患者にとって苦痛である。医療者が安全に実施できるケアや患者に協力してほしいことをチームで具体的に話し合い,「安全に治療を行っていくために,怒鳴ることはやめてほしい」「検温や処置に協力してほしい」「何かあれば主治医や師長に伝えてほしい」といった約束事を取り決め,主治医や師長から患者に伝える機会を作っていく。医療者にとって安全で安心できる環境を構築することは,継続したケアを提供できる体制につながり,ひいては患者の安心感にもつながる。「Aさんをみんなで一緒にサポートしたいと思っている」と,医療者の思いを辛抱強く伝えていくことが重要だろう。

 怒りは難しい感情でかかわりを困難にする。ケアを必要とする患者とケアを提供する医療者が安心した関係を築けるように,怒りが表出された場合は個人の問題ととらえず,ぜひ周囲に相談してチームで対応してほしい。一人で抱えて苦しむ医療者がいなくなることを願っている。


1)堀越勝.感情の「みかた」.いきいき株式会社出版局;2015.
2)小川朝生.ポケット精神腫瘍学 医療者が知っておきたいがん患者さんの心のケア.創造出版;2014.
3)武井麻子.感情と看護――人とのかかわりを職業とすることの意味.医学書院;2001.

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国立がん研究センター中央病院看護部/精神看護専門看護師

2002年国立がんセンター東病院(当時)入職。09年北里大大学院看護学研究科看護学専攻修士課程修了。17年より現職。11年に精神看護専門看護師資格を取得する。編著に『DELTAプログラムによるせん妄対策』(医学書院)
 

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