助産師によるアボーションケアの実践に向けて
寄稿 中込 さと子,芳賀 亜紀子,杵淵 恵美子,五十嵐ゆかり
2022.07.25 週刊医学界新聞(看護号):第3479号より
アボーションケアとは,狭義には人工妊娠中絶を行った女性へのケアを指すが,WHOの提唱によると,自然流産,人工妊娠中絶,不全流産,子宮内胎児死亡などさまざまな状態への管理を含む概念である。国際産婦人科連合(FIGO)は,中絶薬による人工妊娠中絶を遠隔医療体制で実施することの安全性・有効性について調査・研究を行ったところ,安価に,かつプライバシーと尊厳を守りながら行われ,女性からの相談の早期化を促しているとし,実施可能との声明を2021年に出した1)。
国際助産師連盟(ICM)は,アボーションケアは助産師の役割と明言しており2),ACNM(米国の助産師の専門職団体)も,「(助産師は)理想的な中絶の提供者である」と,その重要性を述べている3)。しかし,日本の助産師にとってアボーションケアは「避けたいケア」「深入りしたくないケア」であり4),助産師自身が女性に烙印(スティグマ)を押しつけ,傷つけているとの報告もある。日本助産学会では学会プロジェクトとして2021~22年度の2年間にわたって,一般の人々,助産師を対象に,またシステム構築の観点から調査・研究を行い,最終的には国内の実態や体制に即したアボーションケアのベストプラクティスを作成することをめざし活動を行っている。今春の第36回学術集会では経過報告を行った。
日本人のSRHRへの意識,受けている医療に対する認識
一般の人々への調査グループ(芳賀ら)は,①Sexual Reproductive Health & Right(SRHR)に関する日本人の認識の実態,②妊娠相談・人工妊娠中絶の医療体験の実態について調査を行った。20歳以上の日本人男女を対象に,2021年12月~22年1月にWeb調査を実施し,女性367人,男性368人から回答を得た。
調査①の結果,SRHRを「内容まで知っている」と答えたのは女性11%,男性3%であった。女性が妊娠した時,「産む」決断は「女性自身で決める」割合と「パートナーと2人で決める」割合が45%ずつであったのに対して,「産まない」決断は「パートナーと2人で決める」が約半数,「女性自身で決める」が24%,「女性だけでは決められない」が13%であり,「産む/産まない」で決断状況が異なっていた。また,性に関する情報源は男女共に主にインターネットであったが,女性の6割,男性の7割以上は自身の知識に自信が持てないと回答した。助産師が出産や子育ての支援以外に,性に関する相談支援をしている職種だと認識しているのは,女性3割,男性1割にとどまった。
調査②では,男女共約1割に,妊娠したかもしれないと相談した経験があり,男女共7%に人工妊娠中絶の経験があった。加えて,妊娠相談や人工妊娠中絶目的で受診した際に医療者の対応によって傷つき,必要な情報を得られないことがあるとの実態がわかった。医療者に求めるのは,否定せず話を聴く姿勢,優しく接する態度,避妊や性に関する正確な情報提供であった。今後,妊娠相談・人工妊娠中絶経験者へのインタビューを行う予定である。
助産師がSRHRや人工妊娠中絶に対し抱く認識
助産師調査グループ(杵淵ら)は,国内の助産師の人工妊娠中絶やアボーションケアに対する認識について量的調査を実施中である(2022年8月末まで)。調査内容は,SRHRに対する認識,アボーションケアの知識や経験の他,象徴的な人工妊娠中絶場面を提示し,助産師の態度・感情・対応・葛藤を問うものとした。今後は量的研究結果を相互補完する研究として面接調査を予定している。
助産師の認識に影響を及ぼす要素として,以下が考えられる。分娩室でアボーションケアが行われることへの抵抗感,WHOの推奨とは異なる中絶方法,人工妊娠中絶にかかわる法的背景,性教育の不十分さ,使用可能な避妊方法の少なさ,緊急避妊薬へのアクセスの困難さ,助産師の基礎教育・継続教育で母性保護に重点がおかれSRHR教育が不足していることなどである。
さらに現在,精力的にアボーションケアに専心している助産師を対象に,アボーションケアの実践内容についての聞き取り調査を実施中である。
妊娠葛藤相談に対応する組織による活動の実態
システム調査グループ(五十嵐ら)は,妊娠したかもしれない,妊娠したがどうしたら良いのかわからない,と妊娠葛藤状態にある女性を地域で支援するシステム構築をめざす。こうした状況にある女性は,医療施設を受診することも躊躇し,たとえ妊娠継続あるいは人工妊娠中絶の意思決定をしたとしても葛藤状態が続いている。
地域で支援を展開する団体へのヒアリング調査によると,公的支援を受けるには女性自身が妊娠を申告する必要があり,加えて妊娠届も必要となる。つまり,女性が医療施設を受診し,さらに公的支援に自らアクセスしなければ専門職から支援を受けることは難しい。そのため人工妊娠中絶を選択しようと葛藤状態にある場合は,公的支援を受けられない可能性が高い。このような支援制度の狭間にある女性への支援が必要だと改めて明らかになった。
このヒアリング調査を踏まえ,助産師がいつ,どこで,どのように支援が可能か,そして先駆的に支援を行っている方々とどのように協働し,支援のネットワークを築くことができるのか,さらに公的支援を含め,システムとしてどのような体制が考えられるかを検討する研究を開始した。また,医療施設で勤務している多くの助産師が,支援システムの中でどのように専門性を発揮できるのかも検討していく。まずは,支援の現状と課題を把握するため,全国の妊娠葛藤相談を行う「にんしんSOS」の職員を対象に,2022年2~3月にアンケート調査を行った。回収率は,それぞれの団体の代表者で62%,相談員で32%であった。今後は,このデータを基盤とした支援システムの検討とともに,協働において助産師に必要な要素を抽出していく予定である。
WHO『Abortion care guideline』とこれからの国内の動き
2022年3月にWHOから『Abortion care guideline』が公表された(図)5)。そこで述べられている質の高いアボーションケアとは,アクセス可能(タイムリーで手頃な価格,地理的に到達可能であり,医療ニーズに適した環境で提供される),許容可能(個人の好みと価値観およびコミュニティの文化を組み込む)である必要がある。また中絶ケアは公平であり,性別,人種,民族など,ケアを求める人の個人的特徴に基づいてヘルスケアの質が変化しないことが不可欠である。そして安全に提供され,ケアの受け手のリスクと害を最小限に抑えることが重要である。
*
安全な中絶ケアは,法律,政策,医療制度,地域社会レベルの行動指針によって整備されなければならない。国内では中絶薬の承認がなされる予定であり,これにより中絶ケアは大きく変化するだろう。
加えてここまでの活動から,助産師を含む看護職には,国民のSRHRを保証するための情報提供をすること,妊娠葛藤状態にある時から女性を支えること,産む・産まないのどちらを選択しても新しい豊かな人生を歩めるよう,プライマリーヘルスケアの場から高次医療機関に至るあらゆる場で最善のケアを実行することが求められていると言える。
参考文献・URL
1)FIGO. FIGO endorses the permanent adoption of telemedicine abortion services. 2021.
2)国際助産師連盟.助産実践に必須のコンピテンシー2019年改訂.2019.
3)American College of Nurse-Midwives. POSITION STATEMERNT Midwives as Abortion Providers.2018.
4)勝又里織.人工妊娠中絶における看護のエスノグラフィー――初期中絶における看護に焦点をあてて.日看科会誌.2018;38:37-45.
5)World Health Organization. Abortion care guideline. 2022.
中込さと子(なかごみ・さとこ)氏 信州大学術研究院講師保健学系 教授
聖路加看護大博士後期課程修了。認定遺伝カウンセラー。助産師教育と並行して2002年から広島大,山梨大にて遺伝医療に携わる。19年より現職。専門は遺伝看護。医学的・心理社会的課題を持つ人々のリプロダクティブオートノミーを支えるための看護提供システムの構築に取り組む。「日本助産学会リプロダクティブヘルス・ライツ/アボーションケアプロジェクト」ではワーキンググループリーダーを担当。
芳賀亜紀子(はが・あきこ)氏 信州大学術研究院講師保健学系 講師
山梨医大医学部看護学科卒。信州大医療短大助産学専攻科,信州大大学院医学系研究科保健学専攻修了。博士(保健学)。日本赤十字社医療センターで助産師として勤務後,2006年信州大医学部保健学科助手を経て,14年より現職。アドバンス助産師。研究テーマは「子育て支援」。助産師による父親・母親が孤立しない子育ての環境整備に取り組む。同プロジェクトでは一般の人々への調査グループを担当。
杵淵恵美子(きねふち・えみこ)氏 駒沢女子大学 教授
産婦人科病棟で約10年間助産師として勤務後,北里大看護学部で教育・研究の仕事に就く。その後,石川県立看護大,神奈川県立保健福祉大,武蔵野大看護学部に勤務し,2018年より現職。研究テーマは「女性の意思決定」「妊娠継続を希望しない女性のケア」。同プロジェクトでは助産師調査グループを担当。
五十嵐ゆかり(いがらし・ゆかり)氏 聖路加国際大学大学院看護研究科ウィメンズへルス・助産学 教授
聖路加看護大(当時)博士後期課程修了。2010年同大大学院看護学研究科助教を経て,20年より現職。母性看護CNSコース担当。専門はウィメンズヘルス,異文化看護。ダイバーシティに関連した女性のあらゆるライフステージにおけるセクシャル・リプロダクティブ・ヘルスライツへの支援や研究に取り組む。『医療現場における性の多様性(1・2巻)』(丸善出版)を監修。同プロジェクトではシステム調査グループを担当。
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