医学界新聞


家族,そして当事者への支援アプローチ

寄稿 加藤 隆弘

2022.07.18 週刊医学界新聞(通常号):第3478号より

 「社会的ひきこもり」(以下,ひきこもり)は,6か月以上にわたり就労・就学など社会参加を回避し家庭内にとどまっている状態で,内閣府調査ではひきこもり状況にある者(以下,当事者)は110万人を超えると推定される。思春期や青年期に限らず,近年では80歳代の親が50歳代の当事者を支える8050問題といったひきこもりの長期化・高齢化が社会問題と化している。

 筆者が主宰する九州大学ひきこもり研究ラボ(以下,ラボ)では,2013年に大学病院において世界初のひきこもり研究外来を立ち上げ,国内外の医療研究機関やひきこもり支援団体と連携し,ひきこもりの多面的理解に基づく具体的な支援法の開発を進めている。本稿では,ラボでの研究成果を簡単に紹介する。

 ひきこもり支援における最大の困難は,恥意識や背景にある精神疾患への偏見などから,当事者が支援を求めないことである。当事者ばかりでなく,その家族も「まさかうちの子が精神疾患? そんなはずはない」「そっと見守っていれば,いずれ働いてくれるに違いない」など見て見ぬふりをしがちであり,支援開始が年単位で先延ばしされやすい。こうした状況を打開するため,ラボでは多機関と連携し,メンタルヘルス・ファーストエイド(Mental Health First Aid:MHFA),コミュニティ強化と家族訓練(Community Reinforcement And Family Training:CRAFT)をベースにした,ひきこもり家族支援プログラム(以下,本プログラム)の開発を進めてきた。

 オーストラリアで市民向けに開発されたMHFAは,心の不調(うつ・不安・依存・精神病)に対する応急処置を学ぶための12時間の教育支援プログラムである。身近な人のメンタルヘルスを適切に評価し,専門家につなぐ具体的な方法について,「り(リスク評価)・は(話を聴く:傾聴)・あ(安心につながる情報提供)・さ(サポートを求める)・る(セルフヘルプなどのサポート)」という5ステップに沿って体験的に習得する。本邦ではMHFAジャパンの下で,被災地支援や自殺予防に取り入れられてきた。なお,本学では医療職や会社員向けの短期プログラムも開発しており,本プログラムに「り・は・あ・さ・る」のエッセンスを導入している。

 CRAFTはアルコール依存症者の家族向けに開発された認知行動療法的アプローチであり,ひきこもり支援への応用開発が進められている。CRAFTからはひきこもりにまつわる問題行動の低減と適応行動の増加を図る機能分析を参考にして,本プログラムに導入した。

 ラボでは2017年から本プログラムの参加者を募集し,ひきこもりの改善がみられるかを検証している。2017年に実施した初回の検討は5日間(隔週・各2時間)のコースで,ひきこもりや精神疾患に対する家族の理解を深め,当事者の相談機関・医療機関への受診がスムーズに進むための声かけなど具体的な対話スキルを習得できるように,講義だけでなくロールプレイを盛り込み,実践力の向上をめざした。当事者の親21人が参加し,6か月間の追跡調査を行った。その結果,ひきこもり症例への対応スキル,精神疾患への偏見などが改善した。さらに,当事者の社会参加が改善するといった行動変容も認められた1)

 2018年には,プログラムの日程を5日間から3日間(隔週・各3時間)に変更し,その有効性を予備検討した。参加者23人(父親4人,母親19人,うち3人は両親が参加)のデータを分析した結果,当事者の社会参加や支援利用開始などの実際の行動変化が観察された(当事者20人中6人)2)。また,参加者自身の精神状態の改善も認めた。2019年より3日間プログラムの効果検証を目的としたRCTを実施しており,現在結果を解析中である。

 従来,ひきこもりは日本固有の社会現象と想定されていたが,韓国,イタリア,スペイン,フランス,米国,ブラジルなどさまざまな国でも報告され,社会的孤立に直結するひきこもりは21世紀における新たな国際的精神保健問題になりつつある。さらに,コロナ禍を契機として,在宅ワークやオンライン学習がニューノーマルとなる中で,ひきこもりの爆発的増加も懸念される。

 こうした状況下,ラボではひきこもり状態をより簡便に評価可能な「病的ひきこもり」 (pathological social withdrawal)の国際診断基準を作成した3)。以下に,その定義を提示する。

【定義】病的な社会的回避または社会的孤立の状態であり,大前提として自宅にとどまり物理的に孤立した状態を指す。下記3つの全てを満たす。
①自宅にとどまり社会的に著しく孤立している。
②社会的孤立が少なくとも6か月以上続いている。
③社会的孤立に関連した臨床的に意味のある苦痛,または社会的,職業的,あるいは他の重要な領域における機能の障害を引き起こしている。
 外出頻度が週2~3回を軽度,週1回以下を中等度,週1回以下でかつ自室からほとんど出ない場合を重度の病的ひきこもりとする。なお,夜間コンビニに行く程度の短時間の外出は,外出頻度の回数に加えない。また,ひきこもりの期間が3か月以上で6か月未満の場合は「前ひきこもり」(pre-hikikomori)とする。当事者の中で社会的状況を回避したり精神疾患を併存したりしている者は多く,その評価は容易ではない。したがって,この定義では「社会的回避」は必須項目にせず,「併存症の有無」は問わないこととする。③に関して,ひきこもりの初期段階では孤独感といった主観的苦痛を認めないことが多く,機能の障害と併せて慎重に評価すべきである。

 さらに,ラボでは誰でも簡便に自身のひきこもり度を評価できる質問票(HQ-25)を開発し4),2022年1月には,「ひ・き・こ・も・り」という新たな5つのステップによる,オンラインでも実施可能な家族支援プログラムを開発したばかりである()。ラボでは,当事者への新たな支援法開発も進めており,ロボットやアバターによる遠隔支援システムも開発中である。こうしたプログラムを家族や当事者が在宅で利用できるようにすることで早い段階での支援が可能となり,ひきこもりの長期化解消の一助になればと期している。

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 家族が最初の支援者になるための5つのステップ

 ラボでは,九州大学病院検査部との連携によるひきこもりの血液バイオマーカー開発研究も進めている。研究の結果,健常者と比較して,当事者では血中のオルニチンや長鎖アシルカルニチン濃度が有意に高く,アルギニン濃度が低下していたことがわかった5)。従来,ひきこもりは「甘え」「恥」といった心理社会的な問題とみなされがちであったが,生物学的な病態理解が進むことで,栄養療法などの支援アプローチが可能となるだけでなく,ひきこもりへの偏見の軽減も期待される。

 ラボでの研究知見に鑑みると,ひきこもりは生物学―心理―社会文化的因子などが複合的に関与していることがわかった(6),今後さまざまな領域の専門家や支援者との連携による包括的な支援システムの開発が求められる。

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  ひきこもりの多元的理解モデル(文献6より作成)
ひきこもりは生物学―心理―社会文化的因子などが複合的に関与し,当事者の7割ほどが精神疾患を併存している。

1)Heliyon. 2020[PMID:31938741]
2)Kubo H, et al. Development of a 3-Day Intervention Program for Family Members of Hikikomori Sufferers. Jpn Psychol Res. 2021 June 2. https://doi.org/10.1111/jpr.12368. Epub ahead of print.
3)World Psychiatry. 2020[PMID:31922682]
4)Psychiatry Clin Neurosci. 2018[PMID:29926525]
5)Setoyama D, et al. Blood metabolic signatures of hikikomori, pathological social withdrawal. Dialogues Clin Neurosci. 2021;23(1):14-28.
6)Psychiatry Clin Neurosci. 2019[PMID:31148350]

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九州大学大学院医学研究院精神病態医学 准教授

2000年九大医学部卒。08年日本学術振興会特別研究員,11年米ジョンズホプキンス大「日米脳」研究員,13年九大レドックスナビ研究拠点特任准教授,17年同大病院精神科講師を経て21年より現職。13年九大病院に「気分障害ひきこもり外来」を立ち上げ,脳と心の橋渡し研究ラボを主宰。著書に『みんなのひきこもり』(木立の文庫)。

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