医学界新聞


Ecology of Medical Care 研究から見えた課題

寄稿 青木 拓也

2022.07.04 週刊医学界新聞(通常号):第3476号より

 新型コロナウイルス感染症(COVID-19)パンデミックは,世界中で住民の受療行動に大きな影響を及ぼしたと考えられている。わが国も例外ではなく,例えばレセプトデータの分析によって,パンデミック初期に外来延べ患者数が減少したことが報告されている1)。しかし,パンデミックに起因する受療行動の変化の全体像はまだ十分に明らかになっておらず,中でも本質的な「新たな健康問題が生じた際の住民の受療行動」が,パンデミック前と比較し,どのように変化したのかは不明だった。

 そこでわれわれは,COVID-19パンデミック後の日本において健康問題が生じた際の住民の受療行動を全国的に調査し,パンデミック前との比較および住民属性と受療行動との関連を分析した研究論文を国際誌に報告した2)。本稿では,その結果を足掛かりとして,わが国におけるアフターコロナのヘルスケアシステムについて考察したい。

 本研究では,Whiteらが提唱した「Ecology of Medical Careモデル」を用いた3)。これは,特定の集団における一定期間中の受療行動パターンを可視化するモデルである。

 日本全国の一般住民を対象とした調査研究を,パンデミック開始から1年以上が経過した2021年5月(第4波の期間)に実施した。民間調査会社が保有する約7万人の一般住民集団パネルから,層化抽出法を用いて抽出した20~75歳の住民2000人を対象に郵送調査を実施し,1747人を解析対象者とした(有効回答率87.4%)。主要評価項目は,過去1か月間に生じた新たな健康問題(症状や外傷)に対する受療行動であり,具体的には,OTC薬使用,診療所受診,一般病院外来受診,大学病院外来受診,救急外来受診,往診の利用,補完代替医療の利用,入院について評価した。また住民属性として,年齢,性別,教育歴,世帯年収,社会的孤立の有無,慢性疾患の数を収集した。受療行動はEcology of Medical Careモデルを用いて記述的に分析を行い,パンデミック前の2013年に日本で実施された研究4)と比較するとともに,住民属性とおのおのの受療行動との関連は,多変量解析を用いて分析した。

 本研究の結果の要点は以下である。

●新たな健康問題が生じた際の住民の受療行動として,OTC薬使用,診療所受診,一般病院外来受診が,COVID-19パンデミック後では大幅に減少した。

●特に65歳以上の高齢者において,診療所と一般病院の外来受診が顕著に減少し,パンデミック前の約3分の1の水準だった(図)2)

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 Ecology of Medical Careモデルによって可視化したCOVID-19パンデミック前後の受療行動(65歳以上)の変化(文献2より改変)
過去1か月間に生じた新たな健康問題に対する受療行動(住民1000人当たりに換算)

●一方,大学病院外来受診,救急外来受診,入院については,パンデミックの前後で大きな変化は見られなかった。

●住民属性と受療行動との関連を多変量解析によって分析した結果,社会的孤立状態の住民は,それ以外の住民と比較し,OTC薬の使用頻度が高かった。

●慢性疾患を持つ住民は,それ以外の住民と比較し,病院受診(一般病院外来,大学病院外来,救急外来)の頻度が高かった。

 本研究で明らかになったパンデミック後の診療所・一般病院外来受診の減少の主な原因として,①医療機関でCOVID-19に感染することへの不安による受診控え,②感染対策の普及による飛沫感染・接触感染で広がる感染症の減少の両者が考えられる。中でもCOVID-19感染による重症化リスクが高い高齢者では,外来受診の減少が顕著であり,特に①がこれらの医療機関への受療行動に大きな影響を及ぼしていることが示唆された。一方,OTC薬使用の減少の大部分は,かぜ症候群などの比較的軽症な感染症の減少に起因すると考えられた。

 パンデミック開始から1年以上が経過した時点で認められたこれらの受療行動の変化は,今後少なくとも一定期間持続することが想定される。

1)かかりつけ医機能の強化

 本研究は,住民に健康問題が生じた際に医療の入り口となるプライマリ・ケアの課題を浮き彫りにした。診療所や一般病院の外来受診が大きく減少したことは,これらの医療機関でプライマリ・ケアを担うかかりつけ医へのアクセスが低下したことを意味する。こうしたパンデミック後の変化は,かかりつけ医が地域住民に対して,感染症を含めた急性疾患の早期診断・介入,慢性疾患管理,予防医療の提供などを行う上での障壁となり得る。

 したがって,かかりつけ医が提供するプライマリ・ケアの質,すなわちかかりつけ医機能が,今後より一層重要な意義を有すると考えられる。実際に,われわれが最近報告した別の研究では,COVID-19パンデミック後のわが国において,かかりつけ医機能が高いほど住民が受ける予防医療の質(がん検診などのスクリーニング,予防接種,禁煙や減酒などのカウンセリング)が向上することが明らかになった5)。アフターコロナのヘルスケアシステムを構築する上で,かかりつけ医機能の強化は優先度の高い課題である。

2)オンライン診療の拡充

 COVID-19パンデミック後,諸外国でオンライン診療の利用が急速に拡大した一方,わが国ではその普及が大きく遅れている。前述の通り,パンデミック下では,医療機関での感染リスクを危惧する多くの住民にとって,対面診療に対する心理的障壁が高いと考えられる。特にプライマリ・ケアを担う診療所や小規模病院の外来では,有症状者の空間的分離が困難な場合が多く,わが国でもオンライン診療の拡充を図ることが,住民の医療アクセスの向上に寄与する可能性が高い。

 ただし,オンライン診療では対面診療と比べ,医療者と患者が授受できる情報に制限があるため,適応の最適化や医療の質・患者安全を担保する方策の検討も今後の課題である。

3)健康の社会的決定要因の視点に基づく医療アクセスの向上

 重要な健康リスクであることが以前から知られていた社会的孤立は,パンデミックに伴い,より一層大きな国際的課題になっている6)。本研究は,社会的孤立と受療行動との関連についても報告した。孤立患者は,医師との関係性構築に困難を有することが,過去のわれわれの研究で指摘されており7),本研究の結果から,医療機関と比べて利用の障壁が低い薬局は,社会的孤立状態の住民にとって重要なヘルスケアリソースであることが示唆された。

 今後さらなる研究が必要だが,薬局のプライマリ・ケア機能強化の推進は,健康格差の緩衝にもつながる可能性がある。アフターコロナにおいては,社会的孤立を含めた健康の社会的決定要因の視点に基づき,医療アクセスを向上させる施策が求められる。


1)健康保険組合連合会.政策立案に資するレセプト分析に関する調査研究結果Ⅴ 新型コロナウイルス感染症の教訓を生かした医療(報告書).2021.
2)J Gen Intern Med. 2022[PMID:35132558]
3)N Engl J Med. 1961[PMID:14006536]
4)J Community Health. 2017[PMID:28364318]
5)BMJ Open. 2022[PMID:35297779]
6)Gerontologist. 2021[PMID:33125065]
7)Ann Fam Med. 2018[PMID:30201635]

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東京慈恵会医科大学 総合医科学研究センター臨床疫学研究部 講師

2008年昭和大医学部卒。医療政策学修士,博士(医学)。20年より現職。日本プライマリ・ケア連合学会理事・家庭医療専門医,社会医学系専門医,臨床疫学認定専門家。主な研究テーマ:医療の質評価,Patient Experience (PX),多疾患併存状態(マルチモビディティ)。
 

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