集中治療室における心理的安全性確保の取り組み
寄稿 剱持 雄二
2022.05.30 週刊医学界新聞(看護号):第3471号より
心理的安全性が確保された職場は,エンゲージメントやパフォーマンスに好影響をもたらします。心理的安全性の概念1)は,エイミー・エドモンドソンが1999年に提唱したものです。簡単に言うと,職場の中で自分の考えを誰に対しても気兼ねなく発言可能な環境を維持できる状態を指します。これはone on oneの関係においても十分に適用できる考え方です。
心理的安全性が確保されることで,なじみの浅い同僚との間でもラポールを築けるようになります。困難なケースにおいても“健全な衝突”をすることで,オープンで生産的な話し合いができるなど,職場全体のパフォーマンスの向上につながります。
一方,攻撃的である,怠惰である,愚痴を言って周りを暗くするなど,場の雰囲気を悪くするような言動は個人のみならず,職場全体のパフォーマンスを30~40%低下させると言われています。人は恐れや不安のある状況に置かれると,fight-or-flight response(闘争・逃走反応)が起きて,視野が狭くなります。リラックスしていないため一定の情報しか見られなくなり,自分のパフォーマンスを100%発揮することができない状態に陥ってしまいます。これは心理的安全性が確保されていないために起こる現象です。
◆なぜ集中治療室での心理的安全性確保が重要なのか
先輩・同僚に対して,「それっておかしくないですか?」「私はこうしたほうがいいと思います。なぜかと言うと……だからです」「ちょっとわからないので教えてもらえませんか?」と伝えることは,一見すると簡単ですが,実際に行うのはとても難しいです。自分自身の仕事を振り返った時,新人の頃になんとなく違和感があったけれど,相手はベテランの先輩だからと指摘できずに,後で大きなトラブルになりかけて,やはり自分の違和感は正しかったのだと感じることはありませんでしたか?
緊迫感があり,高度な知識が求められる集中治療室においてはなおさら,チームの1人ひとりが率直に意見し質問をしても安全だと感じられる状況,つまり心理的に安全な状況を作ることは難しいと感じます。しかし集中治療室こそ,率直な意見を言える状況を作ることが,看護をする上で極めて重要な場所です。生命に直結する医療を行う集中治療室では,心理的安全性を確保できていないことによるパフォーマンスの低下が重大な結果を招くことがあるからです。
一方で,「業務に余裕がある職場でなければ心理的安全性の確保は難しいのでは?」と思われるかもしれません。しかし,NICU(新生児集中治療室)のような一刻一秒を争うことがある職場でも,心理的安全性を確保することはできます。また,そうした職場においても,心理的安全性が高いほうが知識・技術の習熟度が早く,かつ治療・ケアの成功率が高いことが示されています2)。
◆当院の集中治療室での取り組み
心理的安全性を確保するために,私の勤務する集中治療室では,「意見しても,助けを求めても,挑戦してみても,個性を発揮しても安全な職場」をテーマに,集中治療室をより長く経験している中堅層以上のリーダー間で複数回のディスカッションを行いました。
ディスカッションでは,「私だって知らないことはたくさんある」「メンバーの新しい提案を積極的に検討していかないと」「ネガティブな報告でも歓迎しよう」「先輩から後輩に声をかけるべき」「できる人と思われると,間違っていても指摘されないよね」「雰囲気の悪化を防ぐために中和的な存在になろう」「マインドフルネスについて学んでみたい」などの建設的な意見交換ができました。また,ディスカッションを計画していると,心臓血管外科の医師が「心理的安全性って大事だよね。僕も今,勉強中です」と,思いがけず会話に加わってくれました。
その後,心理的安全性とは何かを病棟内の全員に理解してもらった上で,リーダー層が職場の心理的安全性を確保しようと考えていることを共有しました。
今後は,メンバーの心理的安全性がどのくらい確保されているのかを,チェックリストを用いて確認しながら,集中治療室において心理的安全性を確保する方策を具体的に模索していければと考えています。
参考文献・URL
1)Edmondson A. Psychological Safety and Learning Behavior in Work Teams. Adm Sci Q. 1999;44(2):350-83.
2)Tucker AL, et al. Implementing New Practices: An Empirical Study of Organizational Learning in Hospital Intensive Care Units. Manage Sci. 2007;53(6):894-907.
剱持 雄二(けんもつ・ゆうじ)氏 青梅市立総合病院救命救急センター集中治療室 看護主任
北里大看護専門学校卒。東京女子医大病院救命救急センターICUを経て,2021年より現職。日本集中治療医学会評議員,日本クリティカルケア看護学会口腔ケア委員として活動している。
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