医学界新聞

対談・座談会 秋山 智弥,森岡 典子,森田 光治良

2022.05.30 週刊医学界新聞(看護号):第3471号より

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 医療行為や検査結果のデータ入力等を行う看護師と,リアルワールドデータ研究の親和性は高いものの,データ解析を行える人材不足1),ひいては看護界での認知度不足の問題がかねて指摘されてきた。しかし,2021年に開催された第25回日本看護管理学会学術集会でリアルワールドデータに焦点を当てたシンポジウムが組まれるようになるなど,状況は好転しつつある。

 リアルワールドデータ研究で得られた成果は,日々の看護実践や,看護師の配置基準等の政策のエビデンスともなり得る。より一層の研究の推進に向けては何が必要となるのか。看護界において本分野のトップランナーである森岡氏,森田氏,また研究の成果を基に実際の政策的な議論に携わる秋山氏による座談会を通じて,そのヒントを探していきたい。

秋山 本日の座談会のテーマは「リアルワールドデータ」です。看護研究者はもちろんのこと,日本看護管理学会学術集会において同テーマを取り上げたシンポジウムが行われたことから,看護管理者の中にはすでにご存じの方もいらっしゃるでしょう。しかし多くの看護職にとって「リアルワールドデータ」という言葉は,まだまだ耳慣れないかと思います。まずは,リアルワールドデータを用いた研究に数多く取り組む森田先生から,この言葉の定義についてご紹介いただけますか。

森田 リアルワールドデータは,いわゆる「ビッグデータ」と同義として使用されることが多く,特に健康にかかわるようなデータを検索したり,集計したり,解析したりできるような形で恒常的に蓄積されたものを指します。例えば,調剤レセプトデータや保険者のデータ,電子カルテデータ,診療報酬データ,政府統計データが挙げられます。

秋山 つまり,日常的に行われる医療行為や検査の結果などを集約したものがリアルワールドデータというわけですね。では,こうしたデータを用いた研究の最大のメリットは何ですか。

森田 大規模な観察的研究であることです。ヒトを対象とした研究の場合,研究対象に直接的な介入が必要であれば,倫理面をはじめ,費用や時間,研究規模にも制約が生まれます。しかしリアルワールドデータ研究の場合,個人情報保護の観点を特に注意していれば,倫理面の制約は少なく済む上,費用面も抑えられます。先ほど挙げたようなオープンデータを用いれば,データを収集する労力も減少するはずです。

秋山 看護分野に限った話ではどうなのでしょうか。徐々にではありますが,看護領域でもリアルワールドデータを用いた研究が行われるようになってきています。この理由について,森田先生と同じくリアルワールドデータ研究に携わる森岡先生の見解を教えてください。

森岡 いくつか要因はあると思いますが,1つは「看護」がどのような効果をもたらしているかを明らかにするためです。看護は複雑な要素が絡んだ上で成立していることから,看護の必要性を主張していくには「質」「量」の両側面からのさまざまな検証,そしてエビデンスの構築が重要であり,特に量的研究による検証の観点から,一般化可能性のある大規模データ,リアルワールドデータを用いた研究が求められているのです。

秋山 なるほど。「看護とは何か」を証明していくことは,看護師の評価を高めることにもつながります。「質」「量」を組み合わせた多層的なエビデンスの構築が重要と言えますね。

森岡 ええ。これまでの看護研究の主流であった質的な研究だけではどうしても可視化できなかった部分を,リアルワールドデータを用いて明らかにしていく動きは今後加速していくと考えます。

秋山 本分野に興味・関心を抱きながらも,何から始めればよいかと戸惑う現場の看護師や研究者も多いはずです。アドバイスはありますか。

森岡 いきなり多施設のビッグデータを用いた大規模研究を行うのはスキルや設備面からもハードルが高いので,まずは自施設の中で「A病棟におけるケアBの施行回数」といった身の回りの看護実践を可視化することから始めるとよいでしょう。そのためには,現時点でどのようなデータが院内で収集されているのか,そして工夫次第でどのようなデータが取得可能なのかを知ることです。リアルワールドデータを用いた研究は,手元にある材料で料理をするイメージに近いと言えます。「どのようなデータが」「どこに格納されていて」「どうしたら活用できるのか」を整理することが,研究の出発点です。電子カルテデータや診療報酬データについては院内の医療情報を管理する部署に抽出してもらい,病棟間でベンチマークしたり,得られた成果を基に学会発表したりするのも一手です。

秋山 看護QIシステムやDiNQL(労働と看護の質向上のためのデータベース)など,ベンチマークをして看護の質を定期的に評価することも最近は増えてきたので,すでに院内でデータ収集している施設も多数あるはずです。そうしたデータを用いて研究した成果を基に,エビデンス・ベースド・プラクティス(EBP)の実践につなげることも重要ですよね。

森田 はい。特にコロナ禍では,エビデンスに基づいて臨床が目まぐるしく変化する経験を幾度も体験してきたために,研究成果を臨床に生かすという文化が今まで以上に醸成されているように感じます。これらの点もリアルワールドデータを用いた研究の推進に追い風となるはずです。

秋山 こうしたリアルワールドデータ研究は,現場の看護師による正確で詳細な記録があってこそ成り立ちます。しかし正確なデータ入力には時間を要してしまうことから,多忙な日常業務の中では,特記すべき異変がなければ「著変なし」の4文字で記録を終えてしまう場合もあるでしょう。私自身,現場にいた頃はその1人でした。けれども「著変なし」の4文字を達成した裏には数多くの看護実践が存在しており,その必要性を可視化するためにも,何とか詳細な記録を残してほしいと願うのです。

森田 同感です。森岡先生や私のような研究者が研究対象としている診療報酬データやDPCデータは,基本的には現場の看護師が入力しているデータを基盤にしており,現場の皆さんのおかげで成り立っていると言っても過言ではありません。日々,感謝をしています。ただ,翻って現場の看護師の視点に立つと,「著変なし」だけで終えられる入力作業を,わざわざ詳細に記録する意義を実感しづらいとも言えます。

秋山 大変な思いをしてデータを入力しても,自分たちの仕事に成果が反映されている実感がなければ,やる気が削がれてしまいますよね。それを防ぐには,現場レベルでもデータを評価・解釈し,日常業務の改善に生かしていく必要があると思うのです。この点はこれからの看護管理者に求められる大きな役割の1つであり,ひいてはリアルワールドデータ研究を現場で根付かせるための鍵だと考えます。

森岡 実際に京大病院で看護部長を務められていた時は,データに基づいた対応をされていたのでしょうか。

秋山 重症度,医療・看護必要度(以下,看護必要度),転倒転落の発生率や超過勤務時間などの院内データを基に,看護の質を評価したり,人員の傾斜配置に応用したりしていました。

 当然ですが,これらのデータの利活用と並行し,テクノロジー等を活用しながら看護実践の記録を残す工夫も求められます。入力フォーマットをあらかじめ設定する,自動的にデータを収集できるようにするなど効率化を図り,システムとして現場の負担をなるべく軽減させる必要はあるでしょう。

秋山 一方で,リアルワールドデータを用いた研究には,注意しなければならない落とし穴もあります。それは,収集されたデータが「本当にリアルワールドを反映しているのか」という点です。例えば2006年度の診療報酬改定以降,看護必要度を用いた看護師の配置管理の仕組みが取り入れられましたが,施設基準を満たすことが目的となりがちで,収集されたデータが実態にそぐわない場合も考えられます。したがって,これらのデータを基に研究がなされた場合,異なる解を導いてしまう恐れがあると言えます。

森田 まさにその通りです。ですので研究を行う際に私は,データの中の何人かを無作為にピックアップし,経過をじっくり追うことで現場の感覚と乖離した結果を導いていないかをチェックしています。

 加えて何万人というビッグデータは一般化妥当性は高くなるものの,細かな情報が見えづらくなる欠点があります。知りたいことが必ずしも全て明らかになるわけではないのです。

秋山 取得できていない部分のデータが結果に影響していた可能性もあるわけですね。

森田 ええ。手に入れられるデータの範囲内でどう研究を行い,成果を出すかは研究者の腕次第です。欠点は最小化した上で強みを最大化し,応用していくことが大事だと思っています。

秋山 不足している細かな情報を得るために,サンプル数は少ないけれども,質問紙でしか取得できないような調査票の結果と組み合わせて評価していくことも必要なのでしょうか。

森岡 昨今導入が進む患者満足度や患者報告アウトカム(PRO)を組み合わせるなど,詳細が見えるようなデータと連携してエビデンスを生み出すことは重要と言えます。そうした意味では,臨床に軸足を置きながら,ある程度データを取り扱える人材が増えれば,さらなる研究の推進が見込めるはずです。

秋山 森田先生は,現場の看護師がデータを取り扱えるリテラシーを備えておく必要性についてはどうお考えですか。

森田 難しい問いですね。データを取り扱ったことのない方が本領域にいきなり手を出しても,1人で研究を完遂することは難しいと私は考えています。

秋山 それはなぜですか。

森田 データを使える形に処理する能力,解析に必要な統計学の知識に加えて,結果を正しく解釈するための疫学知識も不可欠だからです。もちろん臨床の看護師に知っておいてもらいたいことはたくさんありますし,リテラシーとしての共通言語の取得はある程度必要でしょう。しかし,臨床なら臨床として,アカデミアならアカデミアとして,それぞれ専門性を発揮しながらチームで取り組むことができるならば,それが本領域の発展には最も適した形だと考えます。

森岡 その際に両者がより有機的な連携を取るためにも,例えば臨床を一度経験後,大学院でリアルワールドデータ研究の基礎を学び,再び臨床に戻って研究を並行して行う,橋渡し的な人材は必要なのかもしれません。こうしたキャリアパスが,これからの看護師の主要な選択の1つになることを願っています。

秋山 研究の実践者であるお2人から見て,これからさらにリアルワールドデータ研究を進めていくとした時に必要な変化はどのようなものですか。

森田 現在は個人情報保護の観点から,診療報酬データなどと患者の個票データが紐付けられません。このあたりが解消されれば活用の幅が広がるでしょう。

 また,人材配置などのデータが含まれる病床機能報告を用いた研究もさらに推進されるべきだと考えています。近年修了者が増加する特定行為研修の話題を挙げれば,特定行為研修を終えた看護師が「どの施設に」「どれだけいるのか」を正確に把握できるデータがあると,修了者の在籍が医療の質向上に結び付いているか否かを証明できるはずです。

秋山 森田先生も携わる厚生労働科学研究「看護師の特定行為研修の修了者の活用に際しての方策に関する研究」(主任研究者:真田弘美氏)で現在,修了者に関する調査が進められていますよね。医師から看護師にタスクシフトがなされても,安全性が担保されていることを客観的に示さなければ国民の納得も得られにくいため,本研究はとても意義深いと考えていました。

森田 ありがとうございます。例えば看護師が行った行為と,医師が行った行為に差があるのか否かを検討すると,興味深い結果が出るのかもしれません。さらに研究の内容を深めていきたいと思います。

秋山 森岡先生からはいかがでしょう。

森岡 DiNQLのデータをはじめ,専門・認定看護師の個票データなど,日看協が蓄積するデータの中には貴重なものが多いと思います。オープンにしにくいデータであることは承知の上ですが,もしも研究者に開示いただければ看護分野の研究は大きく進展するのではと考えています。日看協のデータを基にエビデンスが続々と発信されるようになれば,「データ入力は大変だけれども,頑張ってみよう!」と,現場の看護師が意識を変えるきっかけになるかもしれません。

秋山 確かに,収集されたデータを誰もが活用できれば,さらなる成長が見込めるはずです。DiNQLについては2012年のスタートから10年が経過しました。この間,徐々に変化し本年も新たにアップデートを行う予定です。DiNQLで得られたデータを基に,臨床現場や政策に役立つエビデンスが生まれてくれば,参加施設もさらに増えるのかなと期待しています。

秋山 最近では,叙述形式で記載された記録であっても,AIで分析できるようになってきました2)。つまり,「データさえあれば何らかの分析ができる」時代がすぐそこに来ているのです。リアルワールドデータ研究に可能性を見いだしている方は,研究者に限らず,現場の看護師の中にも少なからずいらっしゃると思います。ぜひそうした方々にとって,本日の議論が背中を押せるようなものになっていればうれしい限りです。

 政策決定の場である中医協では,国家の財政面への影響もあるために,客観的な数値を用いた主張が求められています。現場の看護師の皆さんには正確なデータ入力を,研究者の皆さんには,そのデータを基にさらなる看護の可視化を期待したいところです。本日はありがとうございました。

(了)


1)仲上豪二朗,他.看護研究におけるリアルワールドデータの活用.週刊医学界新聞3381号.2020.
2)新居学.AIによる過程評価支援とケアの質改善.週刊医学界新聞3385号.2020.

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名古屋大学医学部附属病院卒後臨床研修・キャリア形成支援センター 教授

1992年東大医学部保健学科(当時)卒業後,同大病院整形外科病棟に勤務。98年同大大学院医学系研究科修士課程修了(保健学)後,新潟県立看護短大助教授。2002年より京大病院に勤務し,11年より同院病院長補佐・看護部長。15年より同院に開設された看護職キャリアパス支援センターのセンター長を兼務。17年岩手医大看護学部特任教授を経て,21年より現職。日看協副会長,日本看護管理学会副理事長。

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東京医科歯科大学大学院保健衛生学研究科 講師

2006年聖路加看護大(当時)卒。臨床の看護師として聖路加国際病院に2年間勤務した後,東大大学院医学系研究科公共健康医学専攻へ進学。日看協医療政策部での勤務や,WHO本部でのインターン等を経て,17年同大大学院医学系研究科社会医学専攻博士課程修了。17年東京医歯大大学院保健衛生学研究科特任助教,21年より現職。公衆衛生学修士(専門職)。博士(医学)。

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東京大学医学系研究科附属グローバルナーシングリサーチセンター 特任講師

2007年高知大医学部看護学科卒。聖路加国際病院集中治療室の看護師として7年間臨床に従事した後,14年東大大学院医学系研究科公共健康医学専攻へ進学。20年同大大学院医学系研究科社会医学専攻博士課程修了。筑波大医学医療系ヘルスサービスリサーチ分野助教を経て,21年より現職。公衆衛生学修士(専門職)。博士(医学)。

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