医学界新聞

対談・座談会 福岡 敏雄,杉山 徹

2022.04.11 週刊医学界新聞(レジデント号):第3465号より

3465_01_00.jpg

 新年度を迎え,入職のシーズンがやってきました。研修医採用試験(以下,採用試験)や医師国家試験を乗り越えた研修医は,今まさに医師人生の第一歩目を踏み出したところでしょう。

 「医師としても社会人としても成長させ,社会で活躍できるプロフェッショナルを育てることが,私たち臨床研修責任者に課せられたミッションです」。対談の中でこう語ったのは,「1.5cm 四方の極小折り紙で折り鶴を作る」などのオリジナリティ溢れる実技を採用試験に導入した倉敷中央病院で,人材開発センター長を務める福岡氏。では採用試験で指導医が重視するべきなのはどのようなポイントでしょうか? 福岡氏と対談するのは,医師臨床研修マッチングの人気病院の常連である武蔵野赤十字病院で臨床研修部長を務め,臨床研修教育に力を注ぐ杉山氏です。これまで数多くの研修医を社会に送り出してきた両氏の議論を通じて,医師としての長いキャリアを見据えた採用試験の在り方を探ってみましょう。

福岡 杉山先生が臨床研修部長を務める武蔵野赤十字病院は,医師臨床研修マッチングで根強い人気を誇っています。募集定員10人に対して直近5年間は常に5倍以上の応募者がいますね()。

3465_01_01.jpg
 医師臨床研修マッチングでの武蔵野赤十字病院と倉敷中央病院の1位希望人数

杉山 ありがとうございます。当院が持つ研修医教育の長い歴史が医学生に評価されているのだと思います。1970年代から現在のスーパーローテーション方式を導入し,臨床研修教育を40年近く継続してきました。また多職種による研修医育成をめざし,医師のみでなく看護師や臨床検査技師などが参加する当院独自の指導医講習会を実施しています。その他にも屋根瓦式の指導体制をはじめ,病院全体で研修医をフォローアップする文化が浸透しているのです。

福岡 病院が一体となって研修医を育てる組織文化の醸成は,当院でも意識している点です。特に屋根瓦式の指導体制について,研修医からは「先輩が身近に多くいることで,何でも相談できた」との声をよく聞きます。こうした取り組みや充実した研修プログラムなどが医学生に評価され,当院は地方都市である倉敷市に位置しながらも,募集定員を上回る数の1位希望者が応募してくれていると考えています。

杉山 医学生が研修先を選択するプロセスで重要なのが,研修医の働く姿や指導医との関係性などを実際に見て理解を深められる病院見学です。当院では,1人の見学者につき1人の研修医が対応します。見学者は一日かけて研修医の働きぶりを見る中で研修医と一対一で話したり,ランチを一緒に食べたりして積極的にコミュニケーションを図ることができます。

 見学者の案内は研修医に一任しています。いいポイントも悪いポイントも,年齢や立場が見学者と近い研修医から話してもらうほうが「病院のリアル」を伝えられると考えているためです。

福岡 当院も同様に,指導医ではなく研修医に見学者の案内をお願いしています。それに加えて当院への理解を深めてもらうのを目的に,採用で求めている人材イメージや研修プログラムの特徴などについて研修医も参加しながら,週に1~2回私と見学者の少人数グループで30分ほど話す機会を設けています。

杉山 臨床研修責任者の考えを聞くことで,見学者の満足度はさらに高まるでしょう。当院でも導入を検討したいと思います。

 病院見学の最大のメリットは,研修医の働く姿を目の前で見たり生の声を聞いたりして,病院にどのような文化が根付いているか,病院の中で研修医がどのような役割を果たしているのかなどを全身で感じ取れる点だと考えています。そのため当院ではコロナ禍でもオンラインの病院見学は行わず,見学人数の制限やワクチン接種歴の確認を踏まえて病院見学を実施しています。倉敷中央病院も同様の方針だと伺いました。

福岡 ええ。新型コロナのまん延状況によっては病院見学を延期・中止せざるを得ませんが,「現地でしか味わえない雰囲気」を重視して継続しています。コロナ禍以前の病院見学では見学者と研修医に加えて指導医も参加する懇親会を開催し,ざっくばらんに話をする場を用意していました。「資料やWebサイトに掲載されていない病院の良さを知ることができた」「研修医や指導医から率直な話が聞けてとても参考になった」と見学者からも好評でした。しかしコロナ禍では懇親会は開催できず,見学者とコミュニケーションを取る機会が大きく減少してしまっています。

杉山 コロナ禍においても,医学生が研修病院を選ぶきっかけをどうすれば作れるのか。これは臨床研修責任者として考えるべき大きな課題であり,頭を悩ませています。初期研修の2年間をどの病院で過ごすのかは,その後の医師人生を大きく左右します。だからこそ医学生には,現地での病院見学の機会を最大限活用してほしいのです。これからも試行錯誤しながらより良い病院見学のスタイルを考えていきたいですね。

杉山 医学生が受験する採用試験に創意工夫を凝らすのは,私たち臨床研修責任者が担う重要な役割と言えます。倉敷中央病院ではどのような採用試験を行っているのですか。

福岡 医学知識を問う学力試験は課さずに,小論文と英語の筆記試験と面接を実施しています。これらに追加して,2016年度の採用試験から1.5 cm四方の極小折り紙を用いた折り鶴を作る実技試験を取り入れました(写真)。

3465_01_02.jpg
写真 倉敷中央病院で導入された実技試験「極小折り紙で折り鶴を作る」
筆記試験や面接だけでは十分に評価しきれない医学生の能力を見定めるため,2016年度採用試験から実技試験を導入した。1円玉よりも小さい1.5 cm四方の極小折り紙(左)を使い,器具を用いて15分の制限時間の中で折り鶴を作る(右)。

杉山 面白い試みですね! どのような狙いがあったのですか。

福岡 難しい判断が求められる場面での集中力や判断力,精神力などは医療現場では必要不可欠であるにもかかわらず,筆記試験や面接だけでは十分に評価しきれません。そのため,これらの能力を見定めるために導入を決めました。実技試験のテーマはほぼ毎年変えており,17年度は細い糸を用いた蝶結び作成,18年度は細い紙を結んで織り込んだ極小の星形作成,19年度は折り鶴,20年度は極小折り紙を用いた輪つなぎでした。面接担当者からは人物本位の幅広い評価につながっていると好評で,受験した医学生からもユニークな取り組みとして好意的に受け取ってもらえています。

杉山 面接で求められる自己アピールが苦手でも,面接担当者がアッと驚く能力を持つ医学生を見いだすことができそうですね。

 当院の採用試験では「面接担当者が一緒に仕事をしたいか」を採用基準として,自主性を持って前向きに業務に取り組めるか,周囲と協調が図れるかなどの人物性を重視して選考を行っています。医学知識を問う学力試験は当院も課していません。医師国家試験に合格できる学力が担保されていれば,研修医として採用する上で問題はないと考えているためです。

福岡 武蔵野赤十字病院では具体的にどのような形式で採用試験を実施しているのでしょうか。

杉山 コロナ禍以前は一次選考で小論文を,二次選考で集団面接と個人面接を実施していました。20年度からは新型コロナ対策として受験生の密集を避けるために一次選考をなくし,オンラインと現地開催を受験者それぞれに選択してもらう個人面接のみの選考にしました。一次選考による「足切り」がなくなったことで受験者全員にマッチングの機会が生まれ,当院では20年度と21年度に1位希望人数が大きく伸びたのです()。

福岡 なるほど。当院では採用試験の全プロセスをオンラインに移行しました。21年度の採用試験では実技試験と筆記試験は行わず,事前課題と面接によって選考しています。事前課題は2つあり,1つは患者さんや家族の言葉,手記を踏まえてそれに対する自らの考えを記述する小論文,もう1つは学生時代に取り組んだ内容をまとめる自由課題です。これらの内容に基づいて,受験者全員とオンラインで面接を行っています。

 オンラインの採用試験では受験者の立ち居振る舞いや空気感が十分に伝わらず人物像を評価しきれないなどのデメリットがある一方で,移動や待機の負担が減り,お互いの緊張も少ないなどのメリットがあります。コロナ禍で生じた変化をどのように取り入れて採用試験をアップデートするのか,長期的視野で考えていく必要があるでしょう。

杉山 ここまで,医学生を採用する指導医の目線で,病院見学や採用試験について話し合ってきました。では,採用試験を受験する医学生の立場では,学生生活の中でどのような備えをしておくとよいでしょうか。

福岡 2つ挙げられます。1つは臨床実習などの機会を活用して,患者さんとコミュニケーションを図る機会を増やすこと。臨床医としてのコミュニケーション能力は,患者さんと直接かかわることでブラッシュアップされます。もちろんコロナ禍では,臨床実習で患者さんと接する時間が減少しているでしょう。しかし,だからこそ数少ないチャンスを生かして患者さんと積極的に会話をしてほしいです。

杉山 その場でしか得られない一瞬一瞬の体験を大切にしてほしいですよね。もう1つの備えは何でしょう。

福岡 医学に限定されない,幅広い経験を積むことです。具体的には部活動や研究,ボランティアなどの社会活動に取り組み,医学部以外のコミュニティとの接点を持つことが挙げられます。これらの活動を通じて涵養できる問題解決能力やコミュニケーション能力,共感力などは,患者さんと意思疎通を図る上で大きく役立つでしょう。

杉山 そうですね。そして医学生が学生生活を通じて得た「人としての厚み」を面接でいかに引き出せるかは,私たち臨床研修責任者や採用担当者の手腕にかかっています。あらためて責任の重さを実感します。質問するに当たって福岡先生が心掛けているポイントを教えてください。

福岡 医学生の成功体験だけではなく,問題に直面した体験を聞くことです。例えば医学生が面接で海外留学の経験を話すとします。その時に「立派な経歴だ」でとどまるのではなく,もう一歩踏み込んだ質問をするのが大切です。「慣れない海外は大変だったのでは?」と聞けば,言語の壁や文化のギャップなどさまざまな障害に直面したことを話してもらえるかもしれません。困難にぶつかった時にどのように立ち向かい乗り越えたのかを知ることで,先述した問題解決能力やコミュニケーション能力などを測れます。

 医学生には医学部コミュニティの内外で積極的なチャレンジをして,失敗を積み重ねてほしい。それは採用試験の突破だけではなく,医師になった後も必ず役立つ武器となるからです。

杉山 おっしゃる通りです。福岡先生に付け加えるならば,私たち臨床研修責任者は採用試験を医学生の就職の可否を決める単なる「ふるい」ではなく,医師としての成長プロセスにおけるマイルストーンとしてとらえるのが望ましいでしょう。入職はあくまで彼らの医師としてのスタートラインであり,キャリアはその後も長く続くものですから。

福岡 研修医として入職してすぐの時期は社会人としてのスタートでもあります。これまでとは環境が大きく変化して精神的に不安定になりやすいため,研修医のリアリティ・ショックを防ぐ丁寧なフォローアップが欠かせないでしょう。武蔵野赤十字病院ではどのような取り組みを行っていますか。

杉山 1年目研修医のために4月には20日間のオリエンテーション期間を設けています。ここでは実務や実技だけでなく医師としての考え方や医療倫理,病院の体制や方針など具体的な指導を多職種の先輩から受けることができます。5月から秋頃までは救急外来で2年目研修医が必ず一緒に診察し,不明点がある場合に指導医に相談するようにしています。

 1年目研修医からは「オリエンテーションが終了して5月は緊張しっぱなしだったが,先輩の丁寧なサポートで困難な時期を乗り越えられた」との声をよく聞きます。

福岡 屋根瓦式の指導体制を生かして1年目研修医の緊張を緩和できる大切な取り組みですね。

 当院では私がセンター長を務める人材開発センターが主導して,職種/組織横断的な同期のチームワークを重視したサポートを行っています。4月に4日間かけて行う全病院のオリエンテーションでは,同時期に入職した医師や看護師,臨床検査技師などの多職種によるグループワークが中心になっています。具体的にはBLSの実技研修や「情報伝達と患者誤認」をテーマにした医療安全のロールプレイなどが挙げられます。また,これまでは自身が経験した倫理的課題を多職種で話し合う集合研修を,2年目に1日かけて実施していました。22年度からは1年目に前倒しして,2年目は自己目標と成果を多職種で共有する1日研修を予定しています。従来2年目に2回行ってきた個別面談では,研修修了後のキャリアや2年間の振り返りなどを話し合っています。

杉山 初期研修を総括するのは何より重要です。医師としての資質・能力などの評価項目ごとに彼らがどれだけ成長できたかをまとめる。そして大きくステップアップできた点や今後さらに伸ばしてほしい点などを研修医に適切にフィードバックする。これらによって,その後のキャリアでのさらなる成長につながるでしょう。

福岡 同感です。先ほど杉山先生がおっしゃったように,医師キャリアのロードマップを描く上で入職はスタートラインに過ぎません。医師としても社会人としても成長させ,社会で活躍できるプロフェッショナルを育てることが,私たち臨床研修責任者に課せられたミッションです。採用側が一方的に評価するだけではなく,受験する医学生が自分の強みに気付けるような採用試験を模索していきます。

(了)


3465_01_03.jpg

倉敷中央病院人材開発センター長/副院長

1986年阪大卒。阪大病院,大阪府立病院にて研修後,89年倉敷中央病院循環器内科。92年名大病院を経て同大大学院助手。教員として集中治療部,救急部,救急・集中治療医学講座などを担当。2006年から倉敷中央病院総合診療科主任部長兼医師教育研修部長に就任。10年救急医療センター主任部長,13年救命救急センター長,14年より人材開発センター長を兼任。20年より副院長に就任。
 

3465_01_04.jpg

武蔵野赤十字病院臨床研修部長/内分泌代謝科部長

1998年東京医歯大卒。同大病院第二内科,武蔵野赤十字病院にて研修を行う。2000年東京都立府中病院(当時),05年東京医歯大病院,06年米ハーバード大ブリガムアンドウィメンズ病院などを経て,10年東京医歯大病院臨床教育研修センター特任講師。13年武蔵野赤十字病院にて内分泌代謝科部長の傍ら臨床研修教育に携わる。21年より同院臨床研修部長。

開く

医学書院IDの登録設定により、
更新通知をメールで受け取れます。

医学界新聞公式SNS

  • Facebook