医学界新聞

寄稿 福原 進一

2022.04.04 週刊医学界新聞(通常号):第3464号より

 2022年1月のある週,3件の経カテーテル大動脈弁置換術(TAVI)によって留置されたTAVI弁摘出,および再弁置換のための外科的大動脈弁置換術(SAVR)を施行した――。

 筆者は心臓外科医として年間に約100例のTAVIを施行する。また,2018年から数え,22年1月時点で50以上のTAVI弁を摘出した経験がある。TAVI弁の摘出は,もはや珍しい手術とは言えなくなった。この手術を受ける患者は例外なく「後に開心術が必要になるなんて,TAVI施行時は誰も教えてくれなかった」と愚痴をこぼす。これまで何度となく聞いたせりふだが,今でも変わらず耳が痛い。

 「比較的若いうちに低侵襲のTAVIを受けて,歳を重ねてから高侵襲の開心術って,順序が真逆じゃないですか?」。初めてTAVI弁を摘出した2018年当時の筆者の率直な“ツッコミ”である。患者は81歳,TAVI施行時は76歳であった。大動脈基部が人一倍小さく,弁は予想以上に大動脈壁に癒着していた(写真)。そのため欠損した大動脈壁の再建が必要となり,ただのSAVRのはずが予想外の大手術となった。にもかかわらず,上記のツッコミを投げ掛けても,周囲のTAVIにかかわる医師の誰もが見向きもしなかった。TAVI弁摘出が,大規模施設でも多くて年間2~3例しか当時行われていなかったことも,医師の関心が薄かった一因と言える。再手術が予想外に困難な一方,あまりにも医師からの関心に欠けるため,事実を世に知らしめる必要があると考えた。そして,TAVI後の再手術に関するデータを短期間で続けて発表した1~3)。結果,近年ようやくTAVI後の再手術リスクへの認識が周囲に芽生えてきたように思える。

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●写真 自己拡張型TAVI弁と大動脈壁の癒着
大動脈内膜の欠損(矢印)が確認できる。TAVI弁のフレームが大動脈壁と強く癒着したことで生じたもの。

 米国で大動脈弁狭窄症に対するTAVIがFDAにより正式に認可された2011年から早10年以上が経過した。当初は手術不能の高リスク患者のみが適応であったが,次第に適応は拡大し,2018年には低リスク患者にも適応となり現在に至る。心臓外科医にとってもTAVIの適応拡大は対岸の火事ではなく,将来SAVRがなくなると豪語する過激な循環器内科医まで登場している。しかし,筆者は真逆の考えで,むしろTAVIが将来多くのSAVRをもたらすと確信している。そして,再手術は多くが困難症例で全ての施設が施行して良いものではなく,集約化が必要と考える。また,かつて経皮的冠動脈ステント留置術が冠動脈バイパス手術の施行数を凌駕した後,データ蓄積を経て冠動脈バイパス手術数が近年急速に再増加したように,TAVIの施行数も今後増加を経て,長期成績が出る頃には多くの問題が明るみとなり頭打ちを迎え,SAVRの再増加およびTAVI後の再手術の増加で,外科医は非常に忙しくなると予想する。

 さまざまな種類のTAVI弁が存在する中,一般的に使用される弁はエドワーズライフサイエンス社のバルーン拡張型人工弁と,メドトロニック社の自己拡張型人工弁の大きく2種類である。それぞれに一長一短があり,患者の大動脈基部や大動脈弁の解剖,特徴により慣習的に使い分けられる。ただし,これらのTAVI弁はいずれもウシやブタ由来の生体弁で,長年耐用できるものではない。さらに,具体的に何年ほどTAVI弁が耐用し得るかは,意外なことに明らかになっていない。なぜなら,初期にTAVIを施行された患者の多くが既に死亡しているからだ。TAVI弁の耐用年数よりも長期間生存し得る患者たちにTAVIが施行されるのは,米国でも近年に始まったことである。その中で欧米では,TAVI弁摘出が必要な患者は頻繁ではないものの確実に増加の一途をたどっている。

 これまで,TAVI弁劣化後の対応は考えられてこなかった点は重要である。そもそもTAVI弁は劣化後の再TAVI(弁内に追加のTAVI弁を留置)を考慮してデザインされたものではなく,まして劣化後に外科的に摘出するシナリオなど,一片たりとも考慮されていない。

 TAVI弁内への再TAVIについて,TAVI後患者全体の一体どのくらいに施行可能なのか,いまだにデータがほとんど存在しない。名だたる循環器内科の雑誌に掲載される多施設レジストリーは,成功例のみを抽出したデータばかりがずらりと並ぶ。これらのデータでは一貫して母数が完全に欠如しており,どのくらいの割合の患者が再TAVIの候補から外れたのか,候補から外れた患者らがその後どうなったかといったデータは公開されていない。にもかかわらず,再TAVIが多くの患者に施行可能と誤解を招く記述も多く存在し,筆者は非常に懸念している。われわれミシガン大がTAVI後の再手術を要した患者87人を解析したミシガン州のデータでは,劣化後のTAVI弁のうちバルーン拡張型人工弁の20%,自己拡張型人工弁の50%の患者が再TAVI不可のため開心術を要し,術後30日までの死亡率は15%にも及んだ1)。これは近年の急性A型大動脈解離の緊急手術よりも高い死亡率であることを補足しておく。

 患者はさまざまな理由から再TAVI不可能と判断され得るが,最も多い理由の一つは冠動脈閉塞リスクの高さである。外科的生体弁と比較しフレームが薄く,またオーバーサイジングで固定されるTAVI弁は,弁口面積が大きいメリットがある一方,弁尖が冠動脈開口部により近く位置することになり,再TAVI時の閉塞リスクにつながるためだ。弁輪上に弁尖が位置する自己拡張型人工弁に対する再TAVIでは,特に致命的となる。

 あまり知られていないことであるが,再TAVIが将来可能かどうかは術前のCTでほぼ予測が可能である。したがって,TAVI弁の寿命よりも長期間の生存が予測される患者に対し,再TAVIが不可能であると術前CTで判断された場合,開心術が将来必須であることを告知した上で患者が同意しなければ,TAVIを施行すること自体が倫理に反する。

 またTAVI後の再手術は,一般的な再SAVR (SAVR後の再手術)に比較し,術後死亡率が圧倒的に高いことが既にわかっている(30日死亡率:14.8% vs. 23.8%)2)。その理由の一つとして,手技自体が容易でないこと(写真),TAVI弁特有の落とし穴が術中に数多く存在すること3),また外科紹介前に開心術を回避しようと非外科的治療の手を尽くし,手術タイミングを完全に逸したケースが多いこと,そしてTAVIを無理に施行したがために放置もしくは不完全に治療された僧帽弁や冠動脈の病変が増悪することなどが挙げられる。以上から,若いうちに低侵襲治療を施行し,年を経て極めて高リスクの開心術を施行することは,どう考えても医学的妥当性に反すると言わざるを得ない。

 これらの情報共有は,TAVIを施行する際に術者と患者間で必ず行われなければならないのだが,残念ながら米国ではほとんど行われていない。

 「TAVIが施行可能であるから」「術後回復が楽だから」という理由で,50代や60代の患者で安易にTAVIが選択されるケースには,患者希望という理由だけではなく,上記事項の理解に乏しい医療従事者側が主導していることもしばしばである。低侵襲の手技は短期的には合併症も少なく,見栄えが非常に良い。一方そういった安易な選択に潜む落とし穴については,明らかになるまで10年以上の歳月を要することもあるだろう。最も大切なのは,低侵襲治療の限界をわれわれ医療従事者が正しく理解し,患者に適切な情報を提供することである。

 心臓弁膜症診療において,ハートチームによる集学的アプローチの重要性が近年ますます高まっている。TAVIは循環器内科の領域にとどまらず,心臓外科を含めた多種の専門科の協力なくしては,真の意味でのベストな治療の提供は不可能である。逆に言えば,お互いの専門領域を尊重したチームを形成できない施設はTAVIを施行するべきではないだろう。TAVIは夢のような低侵襲治療であると同時に,皮肉なことに適応を見誤れば悪夢のような再手術の可能性をはらむ治療である。適材適所でのTAVIの施行はわれわれ医療従事者に委ねられている。治療戦略の正しい選択により,悪夢のシナリオのリスクを最小限にとどめたい。


1)J Thorac Cardiovasc Surg. 2021[PMID:34538638]
2)Circulation. 2020[PMID:33284653]
3)J Thorac Cardiovasc Surg. 2021[PMID:32037245]

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ミシガン大学心臓外科 教授/胸部外科レジデンシープログラムディレクター

2006年慶大医学部卒。同大病院心臓血管外科などで研修後,10年に渡米。米コロンビア大胸部心臓外科レジデンシー,米ペンシルバニア大大動脈外科フェローシップなどを経て,18年よりミシガン大講師。22年より現職。米国外科・胸部心臓外科専門医。

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