訪問看護ステーション閉鎖の要因解明を通じた
訪問看護サービスの適正な需給検討
寄稿 柏木 聖代
2022.03.28 週刊医学界新聞(看護号):第3463号より
訪問看護事業所数の現状
2000年4月の介護保険制度施行から20年以上が経過した。しかし,訪問看護サービスの供給量を安定的に確保することは依然として大きな課題である。
介護保険制度では,サービス供給量の安定的確保のために,民間事業者の在宅サービス市場への参入を認めている。これは一定の成果を挙げ,訪問介護や通所介護では民間事業者の参入が進んだ。一方で訪問看護は未経験者の参入が困難などの理由から民間事業者の参入数が伸びず,訪問看護ステーションの事業所数は2000年から約10年間,約5000か所前後で推移していた1)。
民間事業者の訪問看護への参入が急速に進んだのは,訪問看護に関する報酬が高く評価された12年度の診療報酬・介護報酬同時改定後である(図)。12年以降,年間1000前後の訪問看護ステーションが開設されている。一方で,閉鎖する訪問看護ステーションも増加している。12年には209か所だったが,20年には541か所もの事業所が閉鎖した2)。
訪問看護ステーション数の閉鎖が増え続けると,訪問看護サービス供給量の減少につながり,今後の訪問看護の需要に対応できなくなる可能性がある。この状況を改善するには,閉鎖した訪問看護ステーションの特徴を明らかにし,閉鎖を防ぐための対策を講じる必要がある。
海外では訪問看護ステーションの形態が独立型であること,小規模であること,開設年数が少ないこと,などが閉鎖の要因として報告されている3, 4)。しかしながら訪問看護を提供する事業所を対象とした研究は少なく,これに関する知見は限定的である。他方,ナーシングホームなどの閉鎖については,いくつか研究が報告されており,競争の激しい地域に所在しているなどの地域特性が閉鎖に関連する要因として示されている5, 6)。
閉鎖した訪問看護ステーションの分析結果から見えた特徴
これらの先行研究から,日本の訪問看護ステーションの閉鎖には,事業所の規模や開設年数,運営組織などの組織要因と,所在地域の競争の程度などの地域要因が影響を与え得ると考え,筆者らは研究7)を行った。2014年の事業者情報を公表していた6496の訪問看護ステーションのうち,15~17年の3年間に事業者情報が消失した訪問看護ステーションを「閉鎖」とした。6496のうち,閉鎖となった事業所数は821事業所。各年の閉鎖数は,15年に433か所,16年に206か所,17年に182か所であった。その上で,14~17年に開設した群を「①開設年数3年未満」,2000年の介護保険制度導入前に開設した群を「②開設年数15年以上」,その間の群を「③開設年数3年以上から15年未満」とした。
結果として,①の事業所の閉鎖が最も多く,3年間で342か所が閉鎖していた。各群で閉鎖に関連する地域要因ならびに組織要因は,以下の通りであった。
①開設年数3年未満の群
地域要因では,高齢化率が低い地域,人口10万人当たりの訪問看護ステーション数が少ない地域や診療所数が多い地域への所在が,閉鎖に有意に関連していた。組織要因では40歳未満の利用者の割合が高いことが,閉鎖に有意に関連していた。着目すべきは,人口10万人当たりの訪問看護ステーション数が少なかったり診療所数が多かったりすることが,閉鎖に有意に関連していた点だ。訪問看護ステーション同士ではなく,診療所との市場競争が生じた可能性を示唆するのは,私たちの予想に反する結果だった。
図のように病院や診療所での訪問看護サービスは減少傾向にあり,閉鎖する訪問看護ステーションが多い地域では,訪問看護サービスの供給量の減少が懸念される。また訪問看護の利用者の半数以上は高齢者であるため,40歳未満の利用者の割合が高い地域にあって閉鎖した事業所では,訪問看護利用者を継続的に確保できるかなどの参入時の市場調査が不十分であった可能性が示唆される。
②開設年数3年以上から15年未満の群
地域要因では①と同様に人口10万人当たりの診療所数が多い地域に所在していること,組織要因では看護職員常勤換算数が少ないこと,看護職員常勤換算1人当たりの利用者数が少ないこと,提供できる医療処置の種類が少ないことが閉鎖に関連していると明らかになった。
一般的に言えば,費用対効果の低い運営を行う事業所ほど,市場メカニズムによって収益は悪化し,市場から短期間で退出する。労働集約型産業である訪問看護サービスの供給量をどのように確保するべきかという観点に則れば,開設を指定する自治体は事業所の新規参入の誘導だけでなく,専門家による経営コンサルティングや在宅医療提供のための研修など,事業継続のための支援を同時に進めていく必要があるだろう。
③開設年数15年以上の群
緊急時の訪問看護体制を確保していることや,看護職員常勤換算数が少ないことが,閉鎖に有意に関連していると明らかになった。これらの事業所では,介護保険制度開始前から訪問看護に従事してきた看護職の高齢化や,若手人材/後継者の確保が困難であることにより,事業継続ができなくなった可能性が考えられる。
日本の訪問看護サービスの需要に応えるには,介護保険制度以前から運営している訪問看護ステーションの事業継続も重要な課題である。
これまで日本では訪問看護ステーション数を増やす量的拡大が進められてきた。しかし閉鎖した訪問看護ステーションの特徴を踏まえると,それだけでは不十分だと言える。全国一律でなく自治体単位での訪問看護の需給の検討が必要であること,経営安定化のための支援や看護職員の高齢化に伴う事業継続・継承の検討が必要であることなどが,この研究から示唆された。
パフォーマンスをどのように評価するのか?
それぞれの訪問看護ステーションの質はさまざまであり,閉鎖を回避して訪問看護サービスの提供を維持するためには,パフォーマンスの評価や公表の在り方を検討する必要がある。
米国では,連邦政府の保健福祉省内にあるCMS(Centers for Medicare & Medicaid Services)が,事業所の比較ができるようにパフォーマンスの評価結果を公表している。これは,メディケア(65歳以上の高齢者に対する米国の医療保険制度)を適用する在宅ケア機関に対し,OASIS(Outcome and Assessment Information Set)を用いた利用者単位でのアウトカム測定・データ提出を義務付けているためだ。
一方,日本では介護保険サービスの質評価に関する定期的な情報の開示・評価は,開設主体や従業員数などのストラクチャーに関する情報が中心であり,どのようなサービスが実施されているか,利用者にどのような変化が生じたかなどのアウトカムは公表されていない。訪問看護のプロセスやアウトカムデータが継続的に蓄積されておらず,訪問看護ステーションのパフォーマンスを評価することは今後の課題である。国レベルで訪問看護のアウトカムに関するデータを集積・分析する仕組みが必要だろう。
*
以上のように,訪問看護サービスの供給量の確保と同時に,訪問看護ステーションのパフォーマンスの評価と可視化を進めていくのが重要である。これは,訪問看護サービスの質改善,利用者や関係職種の事業所選択の支援への貢献,さらには訪問看護サービスのより適正な需給の検討につながると考えられる。
参考文献・URL
1)全国訪問看護事業協会.令和3年度訪問看護ステーション数調査結果.2021.
2)全国訪問看護事業協会.訪問看護ステーション基本情報.
3)Med Care. 2009[PMID:19194328]
4)Health Serv Res. 2006[PMID:16987305]
5)Health Serv Res. 2009[PMID:19674434]
6)Health Econ. 2015[PMID:25760588]
7)Int J Environ Res Public Health. 2021[PMID:34574744]
柏木 聖代(かしわぎ・まさよ)氏 東京医科歯科大学大学院保健衛生学研究科看護ケア技術開発学分野 教授
1994年藤田保衛大(当時)衛生学部衛生看護学科卒。同大病院に勤務後,2005年に広島大大学院医学系研究科保健学専攻博士後期課程修了。博士(保健学)。横市大医学部看護学科基礎看護学領域・大学院医学研究科看護学専攻看護管理学分野准教授などを経て18年より現職。
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