医学界新聞


小児科主治医同行訪問事業の実践で得た学びを中心に

寄稿 中村和幸,柴田健彦

2022.03.21 週刊医学界新聞(通常号):第3462号より

 新生児医療の進歩により,在宅で人工呼吸器や気管内・口腔内吸引,経管栄養などの「医療的ケア」を要する小児(医療的ケア児)は年々増加しており,2019年の統計では全国で2万155人とされる1)。この数値は10年ほど前と比較し2倍近くに増加した。また,在宅で人工呼吸器を使用している人数(0~19歳)は2019年の時点で4600人1)に上り,同じく10年ほど前と比較すると約10倍の増加がみられている。

 医療的ケア児の増加に伴う2008年のNICUの満床問題に端を発して在宅療養への移行が進められるようになり,2016年6月に児童福祉法が一部改正されたことで,支援体制の整備が努力義務となった。さらに,2021年9月に医療的ケア児及びその家族に対する支援に関する法律(医療的ケア児支援法)が施行された。本法により家族の負担軽減,保育や教育などにおける支援拡充や医療的ケア児支援センターの設置などが責務となったことで法的整備が進みつつある。

 しかしながら医療的ケア児とその家族を支援するための小児在宅医療システムを構築していく際,地域によっては医療資源が乏しく困難さを感じることもある。地方都市としての立場から小児在宅医療システムの構築に向けて取り組む山形県の現状を紹介する。

 山形県での小児在宅医療の現状について把握するために,県を挙げて2019年に市町村や病院を介した実数把握,必要とされるサービスの調査を行った。山形県における医療的ケア児数は100人前後と推測され,通院や通学の移動支援,受け入れ可能な訪問看護ステーションの不足,レスパイトなどが課題として挙げられた。課題解決に向けたさまざまな支援施策を行う上で,行政機関や医師会などとの連携は非常に重要である。そのため山形県医師会では,「小児在宅ケア検討委員会」を発足させ,地域医療機関とつながるパイプを用意している。また,山形県障がい福祉課が中心となり,各医療機関や医師会,歯科医師会,相談支援専門員協会,保育,教育関係機関,家族会などが参加する「医療的ケア児支援会議」を設置。同会議の直下に位置する4つの専門部会(在宅医療,人材育成,教育,災害対策)での議論の結果を基に支援体制の構築を進めている。

 まず取り組んだのは医療的ケア児の通院負担の軽減である。運転手派遣や訪問看護師の同乗に費用の助成を行い,移動支援策とした。また,遠方からの通院回数の減少を目的に,訪問診療の導入支援を行っている。地方都市では小児在宅医療を専門とする医院がない場合が多く,それぞれの地域で訪問診療を行う成人在宅医との連携が重要と考えている。しかし,成人在宅医は医療的ケア児・者の診療経験が乏しく二の足を踏んでしまいやすい。こうした不安を払拭するため,すでに他県でも行われていた「小児科主治医同行訪問事業」を開始した。開始に当たっては県医師会から各地域の訪問診療を行う医院へ,受け入れが可能かどうかのアンケート調査を実施し,医療的ケア児とその小児科主治医,成人在宅医とのマッチングを行った。小児科主治医が訪問診療の導入期に同行することで,病状などの情報共有や家族との関係性を築くための橋渡しをする役割を担っている(写真)。

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写真 成人在宅医による訪問診療に小児科医(写真奥が中村氏)が同行をしている様子

 また,訪問診療を継続性のあるものとするため,日頃から情報通信技術(ICT)を用いたシステム(バイタルリンク®)を利用して,在宅医,小児科主治医,訪問看護師,かかりつけ薬局,通所施設,患者家族,特別支援学校などと相互に情報共有を行っている。本事業により,これまでは軽微な感冒症状であっても大学病院への受診を要していた医療的ケア児が,訪問診療で診察と処方を受けられるようになった上,通院回数と通院に掛かる負担を減らすことにもつながっている。

 さらに医療的ケア児・者にかかわる人材養成も重要な課題である。そこで,訪問看護師,介護士,通所施設や学校関係に勤める看護師などを対象とした講習会を行っている。具体的にはe-learningを用いた講義や,医療的ケア児を受け入れる通所施設へ直接赴いての気管カニューレや胃瘻チューブ,経鼻胃管などの扱い,さらには吸引などのケア手技の実習,各事業所での利用者を想定した緊急時シミュレーション実習(気管カニューレのトラブル対応など)を実施している。

 医療的ケア児・者では,人工呼吸器や在宅酸素療法,吸引器など電源に依存した医療機器を使用しているケースが多く,災害時の電源や衛生物品確保が特に重要となる。そのため災害時の避難先,電源確保などについて,地震や水害など災害規模を考慮した個別支援計画の策定やICTを用いた連絡体制の構築を進めている。一部の市町村では,圏域の保健所が中心となって実際に避難訓練を行うことで,より具体的な災害時の対応を家族や自治体で共有できている。

 医療的ケア児・者への支援体制整備は少しずつ進んできている一方で,通学支援やレスパイトの受け入れ拡充など,課題はいまだ山積している。山形県においても医療的ケア児支援センターを中心として,引き続き各関係機関同士で協働し支援の輪を広げていくことが重要と考えている。これまでの山形県における取り組みは,NHK山形ポータルサイトで公開されており,参考にしていただければ幸いである。

 小児科主治医同行訪問事業は,2019年に小児在宅医療体制整備業務として山形県から山形県医師会に委託されました。本事業は成人在宅医の医療的ケア児への訪問診療に小児科主治医が同行し,小児診療の助言および指導等を行うものです。成人在宅医は高齢者中心の在宅医療には慣れていますが,医療的ケア児特有の医療やその家族への接し方には不慣れであるため,小児在宅医療の開始に躊躇する場合が少なくありません。しかし,医療的ケア児の在宅医療導入時に小児科医が数回同行訪問することで,医療情報の共有だけでなく,患者や家族との橋渡しとなり,相互の意思疎通が図れます。小児科医も成人在宅医に同行することで,診察室では見られない患者の姿や家庭環境を理解できます。患者・家族にとっては,軽度な症状の際には気軽に成人在宅医に相談し,病院に行かなくとも在宅で対応してもらえること,入院が必要な際には小児科医がいる病院を紹介してもらえることで安心感を持てます。本事業は成人在宅医だけでなく,小児科医,患者・家族にとってもメリットがあるのです。


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柴田内科循環器科クリニック院長

1988年山形大卒。同大病院,市立酒田病院,石巻赤十字病院,山形県立新庄病院に勤務後,2001年柴田内科循環器科クリニックを開業。山形県医師会常任理事。

 


1)厚労省.医療的ケアが必要な障害児に係る報酬・基準について≪論点等≫.2020.

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山形大学医学部小児科 助教

2002年山形大卒業後,同大病院小児科に勤務する。鳥取大医学部脳神経小児科学分野助教,横市大大学院医学研究科遺伝学教室研究員を経て,14年より現職。日本小児科学会小児科専門医,日本小児神経学会専門医,日本てんかん学会専門医,臨床遺伝専門医。

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