医学界新聞

FAQ

患者や医療者のFAQ(Frequently Asked Questions;頻繁に尋ねられる質問)に,その領域のエキスパートが答えます。

寄稿 柴田 龍宏

2022.03.07 週刊医学界新聞(通常号):第3460号より

 急性・慢性心不全診療ガイドラインに基づく標準的心不全治療(GDMT)の徹底は,心不全患者さんの予後を大きく左右します。ここ数年で新たな心不全治療薬が続けて承認され,使い分けに迷う先生も多いでしょう。本稿では,非循環器専門医の先生も知っておきたい,心不全薬物治療について取り上げます。

 心不全の治療方針を考えるに当たり,キモとなる2つの分類があります。一つ目は検査施行時の左室駆出率(Left Ventricular Ejection Fraction:LVEF)による分類です。LVEF40%未満をLVEFの低下した心不全(HFrEF),LVEF 50%以上をLVEFの保たれた心不全(HFpEF),そしてその境界であるLVEF 40~50%をLVEFが軽度低下した心不全(HFmrEF)として分類します。

 二つ目は心不全ステージ分類です(図11)。「心不全とは,心臓が悪いために,息切れやむくみが起こり,だんだん悪くなり,生命を縮める病気です」2)という一般向けの定義からもわかるように,多くの心不全は時間経過とともにステージが進行していきます。心不全の発症予防から終末期に至るまでを時間軸(ステージの変化)でとらえ,ステージの進行や増悪を抑制して生命予後を改善することが心不全診療の目的です。

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図1 心不全とそのリスクの進展ステージ
日本循環器学会/日本心不全学会.急性・慢性心不全診療ガイドライン(2017年改訂版)(2022年1月15日閲覧)

LVEFによる分類とステージ分類の把握が,心不全診療の鍵になります。特にステージ分類を患者さんと共有することが,目標を持った心不全治療につながり,予後改善が期待できます。


 ステージC以降の症候性となる心不全治療を,LVEFに応じて考えていきましょう(図22)。まず基本となるのはエビデンスが豊富なHFrEF治療です。アンジオテンシン変換酵素(ACE)阻害薬/アンジオテンシンII受容体拮抗薬(ARB)とβ遮断薬を,忍容性がある限り最大限用います。忍容性の指標は,血圧や腎機能,血清K値(4.0~5.0 mmol/L)3),β遮断薬ではこれらに加えて心拍数(洞調律60~70 bpm程度,心房細動70~80 bpm程度)などです。上記薬剤にミネラルコルチコイド受容体拮抗薬(MRA)を加えたものが第一選択となるHFrEF基本薬です。

 効果が不十分な場合には,ACE阻害薬/ARBをアンジオテンシン受容体ネプリライシン阻害薬(ARNI)へ切り替えます。心血管に保護的に働くナトリウム利尿ペプチド(NP)系を賦活化させる作用と,HFrEF標準治療薬であるARBの作用を併せ持つARNIでは,ACE阻害薬と比較して,HFrEF患者の予後を有意に改善することが示されています4)。ARNIは1回50 mg/1日2回で開始し,2~4 週間の間隔で忍容性に応じて1回200 mgまで増量可能です。ACE 阻害薬から変更する際は,血管浮腫を避けるために最低36時間空けてください。

 さらに糖尿病治療薬であるナトリウム・グルコース共輸送体2(SGLT2)阻害薬のダパグリフロジンとエンパグリフロジンも,糖尿病の有無にかかわらずHFrEF患者の予後改善効果が示されている5, 6)ため導入を検討します。SGLT2阻害薬は初期投与量=目標投与量です。ARNIもSGLT2阻害薬も利尿効果を有するため,導入後は適宜利尿薬を調整しましょう。ACE阻害薬/ARB/ARNI,β遮断薬,MRA,SGLT2阻害薬が新時代のHFrEF基本薬です。

 一方でHFpEFの予後を改善する薬物治療はまだ確立しておらず,うっ血に対する利尿薬と,高血圧や糖尿病,心房細動などの併存症の治療が中心になります。心不全入院抑制効果の報告8)があることから,MRAは選択肢の一つになるでしょう。また,国内未承認ですが,糖尿病の有無にかかわらずエンパグリフロジンがHFpEFの予後を改善することが近年報告9)されており,今後HFpEF治療は大きく変わるかもしれません。HFmrEFに関してはまだ情報が少なく,現時点ではHFrEFに準じて治療するのが一般的です。

ACE阻害薬/ARB/ARNI,β遮断薬,MRA,SGLT2阻害薬がHFrEFに対する新時代の基本薬です。HFrEFのさらなる予後改善をめざし,全ての薬剤を導入検討しましょう!


 初発の心不全を診た場合,原因の鑑別が重要です。特にHFrEFを発見した時は,ぜひ専門医に精査を依頼してください。HFpEFに関しては,心機能が一見よく見えるだけに,紹介のタイミングが難しく感じるかもしれません。例えば利尿薬を減量するとすぐうっ血する一方で,利尿薬の増量で腎機能の悪化や血圧低下を来しやすいなど,volumeの安全域が狭い場合は,二次性心筋症や弁膜症が隠れていることもあるので,ぜひ専門医にコンサルトしてください。

 前述の通りHFrEF治療の基本薬はACE阻害薬/ARB/ARNI,β遮断薬,MRA,SGLT2阻害薬です。これらは非循環器専門医の先生でも積極的な導入・増量をご検討ください。心不全は「安定」しているように見えても,実は「寛解」しているにすぎません。症状が悪くなってから薬剤の増量や追加,変更を検討するのではなく,忍容性とコストの問題が許容される限り,たとえ症状がなくてもさらなる予後改善をめざして常に薬剤を見直す視点を持つと,一歩進んだ心不全治療につながると思います。ただし,薬剤を見直してもなお症状コントロールに困る場合はコンサルトするタイミングです。

 心不全治療の併用薬としてイバブラジンやジギタリス,経口強心薬などもありますが,やや専門的な使用法となるので,ぜひ専門医と共に使用を検討してください。

初発の心不全,難治性の心不全はぜひ専門医にご紹介ください。基本薬は,非循環器専門医の先生でも積極的な導入・増量を検討しましょう。たとえ安定していても,常に薬剤を見直すことが予後改善につながります。


近年,加齢に伴う野生型ATTRアミロイドーシス(ATTRwt)の頻度が意外に高いことがわかり,HFpEFの1割以上が心アミロイドーシスとも報告10)されています。治療薬や予後の考え方が他のHFpEFと異なるため,とにかく心アミロイドーシスを疑うことが重要です。大抵の場合,高齢男性の難治性HFpEF患者として遭遇します。心エコーで左室肥大があるにもかかわらず心電図が低電位であったり,両側の手根管症候群や脊柱管狭窄症を合併していたりしたら,ATTRwtを疑って専門医に相談しましょう!

1)Circ J. 2019[PMID:31511439]
2)Circ J. 2021[PMID:34588392]
3)J Am Coll Cardiol. 2020[PMID:32498812]
4)N Engl J Med. 2014[PMID:25176015]
5)N Engl J Med. 2019[PMID:31535829]
6)N Engl J Med. 2020[PMID:32865377]
7)N Engl J Med. 2014[PMID:24716680]
8)Circulation. 2013[PMID:23741058]
9)N Engl J Med. 2021[PMID:34449189]
10)Eur Heart J. 2015[PMID:26224076]


久留米大学病院 心臓・血管内科 助教/高度救命救急センターCCU助教

2009年熊大医学部卒。飯塚病院総合診療科を経て,12年国立循環器病研究センター心臓血管内科,15年久留米大病院心臓・血管内科。20年より同院高度救命救急センターCCU助教。専門は心不全/循環器集中治療/緩和ケア/腫瘍循環器。

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