医学界新聞

形態の観察を通して機能を解き明かす

対談・座談会 皆川 洋至,遠藤 秀紀

2022.03.07 週刊医学界新聞(通常号):第3460号より

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遠藤氏が所属する東京大学総合研究博物館の本郷本館にて撮影。
常設展示「UMUT オープンラボ――太陽系から人類へ」では,多様な動物の遺骨や剥製を展示している。

 「動物の形態を徹底的に観察することで,進化の過程を明らかにしたい」。その一心から遠藤秀紀氏は,動物の遺体を集めて観察し,他の動物との比較によって進化の歴史科学的解明をめざす比較解剖学の実践を続けてきた。同氏の著した書籍に影響を受け比較解剖学に着目した整形外科医の皆川洋至氏は,人体の成長や機能に関する臨床疑問を解決する糸口としての援用を試みる。遠藤氏が実践する研究や研究姿勢に関する話題から,比較解剖学と臨床の接点が浮かび上がった。

皆川 30年ほど前,私はヒトの腱板の筋内腱に関する研究1)をしていました。その一環で霊長類の腱板を超音波装置(以下,エコー)で見てヒトと比較したいと考えたのですが,研究に必要なものではないこともあり,時間が取れず頓挫してしまいました。しかし興味を捨てきれず,論文を発表した後も調べ続ける中で先生の著書『哺乳類の進化』(東京大学出版会)2)にたどりつき,特にサルの解剖に関する記述に興味を抱いたのです。遺体の観察から動物の実態に迫る研究の奥深さに目を見張り,ずっとお会いしたいと思っていました。

遠藤 これまで関心を寄せていただき,うれしく思います。

皆川 私は整形外科医として臨床を続ける中で成長期の障害が増えていると感じ,子どもの骨格の成長と整形外科疾患の関係について疑問を持つようになりました。またヒトと比べて生後数年で成熟を迎えるキリンなどの動物では,成長の過程で骨格系に何か異常は生じないのか? これらの疑問に示唆を与えてくれるのが比較解剖学だと考えており,臨床疑問を解決するヒントにもつながると信じています。そこで本日は,比較解剖学の研究手法について伺い,臨床との接点を探れればと思います。

皆川 まず,比較解剖学とはどのような学問領域か,改めて教えてください。

遠藤 今日的意味では,動物の形態を比較することで進化過程の解明をめざす学問です。しかし進化論以前の神学の時代に,フランスのキュヴィエによって形を記載,比較,総合する学問として高度に体系化され,生物の形の理解に大きな影響を与えました。アリストテレスの時代から知見が蓄積されてきた解剖学の,飛躍,発展として位置付けられます。

皆川 進化過程の解明に向けて,どうアプローチするのですか。

遠藤 収集した動物の遺体を解剖し,形態の観察や他の動物との比較から,その形態の意味を歴史科学として解き明かします。手法としては,遺跡の発掘や出土品に刻まれた文字の解読を通し,当時の政治や社会,文化を把握する考古学に近いイメージでしょうか。

 比較解剖学も同様のプロセスをたどります。実験で再現できない時間の壁に,比較と総合から迫ります。例えば,骨の粗面や筋肉の走行,神経の分岐,それら一つ一つの部位を他の動物と比べます。形が背負う歴史と,それが担う機能を解釈し,実際の形態を得るまでの過程や意味を検討していくのです。動物は場合によって何億年という時間をかけ,種の存続を賭して進化を続けます。その結果生き残った動物の形には何らかの意味があるはずなのです。

皆川 研究の根底には,動物の形態に無意味な進化はないとの仮説があると。

遠藤 ええ。そして形態が担う機能を解釈し進化の過程を解き明かすためには,実際に動物にメスを当てて解剖し解釈するほかありません。そう考えて,私は解剖を行っています。

皆川 先生の実践する比較解剖学は,動物や生物全体を対象とした学問なのですね。一方でわれわれ医師が学んできた「解剖学」は,人体解剖学に特化し,臨床に活かすために正常像を理解するものでした。

遠藤 国内で解剖学と言えば,一般に医師をはじめとする医療職種のための職業資格教育のカリキュラムを指します。それは新しい知見を得るサイエンス本来の目的に沿うものではなく,実態は試験勉強の類です。医学部は医師養成が目的ですから,動物の進化の過程を解明しようとする解剖学本来の学問にならないのは致し方ないでしょう。

 ただ国内では,サイエンス本来の目的が,実学を重視するあまり見落とされがちです。比べて欧米では医学部のみならず理学の分野でも解剖学が扱われます。自然科学の一分野として解剖学や形態学が位置付けられ,動物の進化を研究しているのです。一人の研究者として,国内でも基礎的な解剖学がより広がればと期待しています。

皆川 遠藤先生はサルやゾウ,パンダなど幅広い動物を研究対象とし,発見を成果として残しています。どこから研究の着想を得ていますか。

遠藤 先人の残した研究成果はもちろんのこと,ちょっとした雑談がきっかけになることも多いです。「あそことここのタヌキでは形が違う」との噂話があると,研究意欲が湧きます。

皆川 地域によって形が異なることが実際にあるのでしょうか。

遠藤 例えば傾斜地と平地に住むタヌキでは,肩甲骨の形状が微妙に異なります。遠目で見たらわからない程度ですが,棘上窩や棘下窩の面積を比較すれば有意差が出ますよ。自然環境から求められる機能が異なるため,適した進化を遂げるのでしょう。傾斜地が多い山地では登る動作が増えるので,腕を上げるための棘上筋が肥大する。平地では登る動作のための進化は不要となる一方,天敵から逃げたり獲物を捕まえたりするのに適した,より速く走るための進化を遂げます。生息する地域以外にも,気温や時代など,動物を取り巻く環境全てが形態の変化に影響します。

皆川 形態の相違から機能差を見いだすには,各動物の動きの把握が必要なのですよね。

遠藤 はい。まず生きた動物の動きを可能な限り観察します。手も脚も背骨も,名称は同じでも動物によって使い方が全く異なるので,その動物の動きを頭の中に蓄えます。その後遺体を解剖する際,生息環境が異なる集団間や種間で,形態を比べてみようと発想します。

皆川 理学療法士の着眼点に近いですね。彼らは整形外科医が着目するよりもはるかに微細な動きの変化まで綿密に観察し,隠れた症状や障害を見つけ出します。比較解剖学を極めていけば,1個の骨のわずかな突起などから理論を構築し,その動物に特徴的な動きを語れるかもしれませんね。

遠藤 その眼を持とうと努力しながら,研究を続けています。恐竜などの絶滅した動物では,世界中の研究者が同じ骨を見ています。にもかかわらず,生きている実物を見ることができないがゆえに多様な解釈が世界各地から生まれます。同じ骨に対し,それぞれの研究者がどこに着目し,異なる結論に至ったのか。研究者一人一人の考察の過程が大変興味深く,最も盛り上がる場面です。

皆川 研究が同時多発に進む観点では,整形外科の領域も共通です。エコーの誕生や機器の進化による画質向上などにより,それまで見えなかった,より詳細な皮下組織が可視化されました。高精細の画像からは新しい病態像の発見や治療法が生まれる。画質向上の恩恵を世界中の医師が同時に受けるので,生まれるアイデアもやはり同時多発的に提示され,診療の可能性が大きく広がります。

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写真 「ヒトと比べて極端に体重が大きい動物では,膝の軟骨が潰れることはないのですか?」(皆川氏),「ありますね。例えば象では5トンほどにもなりますから」(遠藤氏)

皆川 遠藤先生は研究対象を絞らず,提供の連絡があった全ての動物遺体を受け入れていると聞きます。意図的にそうしているのですか。

遠藤 ええ。遺体に対し,研究対象でないから必要ないとの態度は絶対に取りません。比較することで新しい知見を得ていく解剖学・形態学では,研究の守備範囲が広いほどより多くの発見があると考えているからです。解剖する動物の種を選り好みしているうちは,まだ初心者ですね。

皆川 対象を広げれば得られる収穫が大きくなる一方で,成果としてまとめるための手続きが増えて時間がかかります。一人の科学者として研究成果を上げる責務もあり,苦労も多いのではないですか。

遠藤 そうですね。近年は業績審査や,学生であれば奨学金などの審査に,成果偏重の傾向が強まっています。ただ解剖学を極めていくために,できる限り広範囲に研究を行うようにしています。専門の動物種などというのを誇示し,自身の専門を限定してしまえば,視野を狭めます。医学も同様ではないですか。

皆川 おっしゃる通りです。自身の専門領域に偏ると領域間の谷間を作りかねないので,注意が必要です。外科の領域で言えば,乳がんの摘出後に瘢痕が残り皮膚が縮むことで,腕を上げると肩に痛みが現れる患者さんが多く存在します。けれども乳腺外科の専門医にとって肩は専門外です。執刀した医師から治療法がわからないと言われれば,患者さんも「命が助かったから痛みは我慢するしかない」と思ってしまう。しかし,肩関節機能の低下に対する治療法は存在するのです。その治療ができる専門医に紹介するためには,治療が可能だとの認識が必要です。患者さんを適切に治療するために,われわれ医師にも専門領域外まで含めて広範に学ぼうとする姿勢が必要でしょう。

皆川 実は近年,医師にとっても形態を観察し,その機能を考える重要性が増しているのです。

遠藤 そうなのですか! 具体的には,どのように臨床に活かされていますか?

皆川 患者さんへの診断と治療に直結します。これまで,整形外科医は手術適応のない患者さんに対して,内服薬の処方で対応してきました。関節リウマチなどの全身疾患であれば,内服による全身への投与が適切でしょう。ただ,局所の痛みに対しても薬物治療で対処するのが適切なのかが疑問視されてきました。その問題を解決したのが,エコーの普及です。エコーによって,近年は痛みを引き起こす腱や神経の動きまで可視化されました。注射などで局所的に介入し,痛みを緩和できるようになったのです。形態とその機能の関係を理解し,痛みを引き起こす部位を見つけることがその前提になるので,エコーを用いる医師が解剖学や形態学の知識を学んでいます。

遠藤 解剖学は学問的な発展が見込めないと言われることも多くあるので,そう言っていただけるとありがたいですね。動物の形態も人間の形態も,解剖学はまだまだ謎だらけで,これからもさまざまな発見が得られるはずです。

皆川 お話を伺って,当たり前だと思っていたヒトの構造には,環境の変化に適応してきた,言い換えれば,生きるために獲得してきた機能が形として表現されている点,そして動物と比較することで形態と機能の関係がより鮮明になる点を学ばせていただきました。冒頭でお話しした臨床疑問についても,比較解剖学の視点から解釈する発想を持つのが極めて重要であると実感しました。

遠藤 遺体は,知の宝庫です。形態の観察を通して,生物に関する多数の発見を得られます。比較解剖学の視点で得るそれらの知見は,臨床ですぐに活用できるものではないでしょう。でも,比較解剖学のセンスがあれば,ヒトという種を数多ある動物の中の一種として相対視できるようになり,体のトラブルが起こる必然性やその要因に気付く力を高めることに繋がります。皆川先生のお話のように,臨床の疑問を解消するためのセオリーが得られるのです。本日の対談を機に,ぜひ比較解剖学に興味を持っていただければうれしく思います。

(了)

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1)皆川洋至,他.腱板を構成する筋の筋内腱-筋外腱移行形態について.肩関節.1996;20(1):103-9.
2)遠藤秀紀.哺乳類の進化.東京大学出版会;2002.

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城東整形外科 副院長

「自身の専門領域を越え広範に学ぶ姿勢が医師にも求められる」

1989年自治医大卒。秋田県内の複数病院で勤務の後,米Mayo Clinicでの研鑽を経て,2004年より秋田大病院整形外科講師。06年米University of Texas Health Science Centerを経て,08年より現職。博士(医学)。運動器疾患へのエコーを用いた診療を世界に先駆けて提唱し導入した。
 

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東京大学総合研究博物館 教授

「比較解剖学のセンスが,臨床で体のトラブルに気付く力の向上に繋がる」

1991年東大農学部卒。92年国立科学博物館研究官,2005年京大霊長類研究所教授を経て,08年より現職。博士(獣医学)。動物の遺体を収集し,観察から進化の本質に迫る形態学的研究を続け,遺体科学を提唱。代表的研究に,パンダの第七の指の理論化。一般向け書物に『東大夢教授』(リトルモア),『人体 失敗の進化史』(光文社)など。
 

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