国境を越えて臨床研究を支援する
寄稿 飯山 達雄
2022.01.17 週刊医学界新聞(通常号):第3453号より
医療の進歩のためには,新たな診断・治療法の開発や既存薬の適応拡大,Clinical Questionの解決,ガイドラインの更新などさまざまな場面でエビデンスが要求される。医療上の課題解決や公衆衛生学的対応を行うグローバルヘルスの領域でもエビデンスが必要になる場面は多く,適切な臨床研究を通じた新薬開発やEBM(Evidence-Based Medicine)の実践が進められている。
近年,グローバルヘルスにおける臨床研究・臨床試験の体制が,単一国・少数施設で行う従来の形式から複数国・多施設が協力して行う国際共同型に移りつつある。グローバルな研究体制は,下記①~⑤を含むさまざまな場面でその力を発揮している。
①希少疾患のように臨床評価に必要な症例集積が難しい場合
②遺伝子の違いを考慮した研究デザインで,多数かつ広範囲のデータが必要な場合
③マスタープロトコルのように複数のデザインを内包する研究の場合
④緊急時で多数の国・地域が同時並行的に臨床評価を必要とする場合
⑤研究開発の効率化,科学的知見の国際共有と医療への還元をめざす場合
上記の④については,今般の新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のパンデミックが一例として挙げられる。2019年末以降,多数の基礎・臨床研究を通じて疾患の生物学的・臨床的な分析が行われ,医療プロダクトの研究開発もかつてない規模と速度で進められている。各国やWHOは緊急承認のための規制を設け,迅速な審査と条件付き承認,その後の使用調査の継続と再評価を組み合わせたスキームを構築している。こうして創られたワクチンや治療薬の登場によって2021年12月現在,COVID-19による世界の死亡者数は減少傾向にある。この例からも,グローバルヘルスの実現のために国際的に臨床研究・新薬開発を進める重要性が認識できる。
◆AROがグローバルヘルスの実現に向けて果たす使命
臨床研究・臨床試験において重要な役割を果たす組織にARO(Academic Research Organization)がある。AROとは,研究機関や医療機関等を有する大学等がその機能を活用して,医薬品開発等を含めた臨床研究・非臨床研究を支援する組織を指す。研究者や企業との臨床研究の企画実施に際し,薬事規制や医療機関の評価・調整,臨床薬理,データサイエンス,研究デザイン,品質管理,知財,契約などさまざまな業務に専門機能を提供する。
筆者が所属する国立国際医療研究センター臨床研究センターインターナショナルトライアル部では,グローバルヘルスの領域からAROを担っている。本邦の研究者や企業のプロダクト・シーズと各国の臨床ニーズをつないでいる。主に本邦発の医薬品・医療機器を対象として,各国の承認に向けて効率化を図るために国際共同臨床試験を通じて海外への実装を推進する活動を行っており,COVID-19パンデミック下においても複数のプロダクトにかかわっている。当部署は一般的なAROに加えて海外業務を担当するため,各国規制,翻訳,MTA(Material Transfer Agreement,註),現地の補償・賠償制度の確認,安全保障貿易管理,各種現地調査などの対応も行っている。平時における効率性と品質管理,緊急時における迅速対応を念頭に,アジアのアライアンス構築と業務標準化・人材育成,また欧米の主要機関との連携も進めている。
グローバリゼーションによって,希少疾患などの研究開発の国際協力が進む一方で感染症が拡大しやすい環境となっている。希少疾患も感染症のパンデミックも,その解決には各国の共同が必要である。国際協力を担う研究機関として引き続き国内外と協力し,グローバルヘルスに貢献できるよう努めてまいりたい。
註:材料や生体試料等の研究成果有体物(Material)を提供または受領する際に結ぶ,法的拘束力を持った契約。Materialの取り扱いの条件を取り決めることで,研究者の知的財産を守る。
飯山 達雄(いいやま・たつお)氏 国立国際医療研究センター臨床研究センターインターナショナルトライアル部 部長
1995年高知医大(当時)卒。同大病院臨床試験センターなどを経て2016年より現職。専門は臨床試験マネジメント。現在はグローバルヘルスにおけるアンメットニーズに対する研究開発やEBMの推進に携わっている。
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