看護師が実験研究を始めるには
研究を行う意義と注意すべきポイント
寄稿 山上 優紀
2021.12.13 週刊医学界新聞(看護号):第3449号より
臨床での疑問を実験研究で明らかにしたいと興味を持つものの,「難しそう」と躊躇している方は多いと思います。本稿では,実験研究を行うメリットと注意点を初学者向けに概説します。
なぜ実験研究が必要か
まず実験研究とは,「理論や仮説が正しいかを人為的な変化を加えて確かめる研究」を指します。実験研究で加える人為的な変化を「介入」と呼びます。看護では患者に提供する全ての行動を介入と見なすことができます。
実験研究が重要とされる理由は,実験研究はエビデンスレベルが高い,つまり研究によって得られる結論の強さの度合いが高い点にあります。実験研究の中でもランダム化比較試験(RCT)は最もエビデンスレベルの高い研究です。実験研究は研究者が効果を調査したい介入を行う群(介入群)と,介入を行わない/もしくは別の介入を行う群(対照群)に対象者を割り付けます。RCTはこの割り付けを無作為(ランダム)に行い,対象者の年齢や性別などの背景特性を均等に近づけます。それによって介入以外の要因が結果へ及ぼす影響(交絡)を最小限にできます。
では看護学領域における実験研究の実施は,世界的にどのような状況にあるのか見ていきましょう。
【看護学領域における実験研究の現状】
●実験研究の割合
2000~06年に,看護学領域に影響力の高い国際雑誌〔インパクトファクター(IF)が上位10の雑誌〕で発表された実験研究は7%(168/2574件)だった1)。比較対象として2005~09年にLancetなど医学領域の上位3雑誌で発表された実験研究は31%(174/562件)だった2)。
●臨床研究の割合
2007年に欧州の看護学領域の3大雑誌に発表された実験研究のうち,臨床で行われた研究は12%(62/517件)だった3)。
●各国の実験研究の状況
2009~16年に看護学領域のIFが1.5以上の雑誌に実験研究を発表した国の上位3か国は米国(70件),台湾(45件),中国(37件)で,日本は1件だった4)。
少し古い文献になりますが,これらの結果から看護学領域の実験研究,特に臨床で行う研究の割合が世界的に低いことがわかります。
臨床で実験研究を行うのは難しい?
実験研究は果たして看護に不必要なものなのでしょうか? 確かに看護は1か0で割り切れない場面や,介入ができず実験研究に適さない事象もあります。しかし,医学や心理学など他の領域でも同じです5)。厳密に行われた実験研究(特にRCT)やRCTを再分析するシステマティックレビューのように,エビデンスレベルと質が高い研究は明確な看護の指針となり,看護師の臨床上の意思決定に影響を及ぼします6)。皆さんが臨床の疑問を解決するために行った実験研究の成果は,世界中の看護師の手助けとなるかもしれません。
実験研究の中でも特にRCTを行うのは難しいと思う方もいるでしょう。でも,安心してください。実験研究は臨床の看護師向きの研究だからです。理由は次の通りです。
1)病院所属の場合,対象者(患者)の募集が容易
2)統計検定が容易(t検定orウィルコクソンの順位和検定が主)
3)結果が明瞭で発表が容易
4)得られた知見をすぐに患者に還元可能
臨床で日頃から患者さんのケアに当たる看護師は実験研究に適した研究者とも言えるのです。では,臨床現場の看護師が実験研究に関心を持ったら,まず何から始めればよいのでしょうか。そこで,実験研究を行う6つのStepと,特に初学者が注意すべき点を表にまとめました。実験研究を進めるプロセスについては筆者らの解説7)も既にあるので,併せてご参照ください。
当たり前に行う看護こそ検証を
テーマ設定でポイントとなるのは,臨床で「当たり前」のケアも研究の対象になることです。一例として,RCTを用いて筆者が行った研究を紹介します。大学院生の時に「末梢静脈路確保を想定した部位の腕に温熱刺激を行うことは,静脈血管を大きくするのか」をRCTで検証しました8)。温熱刺激と駆血を行う群(介入群)と,駆血のみを行う群(対照群)にランダム割り付けを行い介入を行った結果,超音波診断装置で測定した静脈血管は介入群のほうが対照群よりも大きくなっていたと明らかにできたのです。
看護師にとってこの結果は「当たり前」と感じるかもしれません。しかし過去にこのようなテーマのRCTは行われていませんでした。この研究成果は国際的に評価され,看護学領域の国際雑誌で最も影響力の高い(IFが高い)雑誌であるInternational Journal of Nursing Studies誌に掲載されました。臨床現場では当たり前のように行われていても,科学的に証明されていない看護(いわゆる経験知)がたくさんあります。身の回りにある経験知を実際に検証することは,知の共有を図る上で意義のあることなのです。
研究の実施時に直面する課題と乗り越えるコツ
実験研究にいざ取り組みたいと考える皆さんに向け,実験研究に欠かせない要素であるヒト,モノ,お金,時間,情報の5点とともに9),準備や心得を図にまとめました。まずは自分のできる範囲,理解できる範囲の研究を着実に行いましょう。全ての研究に言えることですが,研究継続に必要なものは最終的にはモチベーションです。自分が興味のあるテーマに取り組むことが困難を乗り越える最大のコツと言えます。
臨床現場で働く看護師が研究を行うのは大変です。しかし看護の担い手である看護師が,自分たちが提供する看護の研究を行わないのはいささか不自然です。英国の看護研究者Forbesは次のように述べています3)。
(看護師が知識の生成を行わないことは)患者に対する専門職の義務と相反するものであり,看護の長期的な未来に悪影響を及ぼす。実践を基盤とする専門職が,患者に適用する介入方法の開発に十分に関与しないのは不健全である。このような状況下では,看護は他者のエビデンスに受け身な提供システム〈介入そのもの〉にすぎない。
看護師が実験研究の担い手となることは,将来への看護の継承と発展にもつながります。ぜひ,実験研究に取り組んでみましょう。
参考文献・URL
1)Int J Nurs Stud. 2009[PMID:19187934]
2)J Clin Med Res. 2015[PMID:25883705]
3)Int J Nurs Stud. 2009[PMID:18930228]
4)Worldviews Evid Based Nurs. 2019[PMID:31155844]
5)Int J Nurs Stud. 2009[PMID:19159881]
6)Worldviews Evid Based Nurs. 2016[PMID:27723954]
7)山上優紀,他.4.解説:実験研究を進めるプロセス.看研.2021;54(4):299-306.
8)Int J Nurs Stud. 2017[PMID:28410510]
9)山上優紀.3.実験研究に必要な要素.看研.2021;54(4):292-8.
山上 優紀(やまがみ・ゆうき)氏 奈良県立医科大学医学部医学科疫学予防医学講座 助教
看護師として大学病院に勤務後,2018年阪大大学院医学系研究科保健学専攻博士後期課程修了。博士(保健学)。日本学術振興会特別研究員を経て,18年より現職。現在は住環境コホート(平城京スタディ)のデータを用いて,身体活動や騒音が健康へ及ぼす影響を調査している。「簡潔明瞭な形で結果が出るのが実験研究の醍醐味です。多くの看護師が取り組み,臨床に生かしてほしいです」。
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