オンライン臨床実習で「診療参加型」を実現できるか?
寄稿 民谷 健太郎
2021.12.06 週刊医学界新聞(レジデント号):第3448号より
医学教育のカリキュラムにおいて,座学や見学型臨床実習,初期臨床研修に至るまでのシームレスな医師育成に向けた取り組みが課題となっています1, 2)。特に医学科5,6年次と,初期研修1,2年目との間には大きなギャップがあり,このテーマは長きにわたり議論が交わされています。そのギャップを補填する役割を担うのが卒前の「診療参加型実習」とされているものの,従来の見学型実習との差異化を図るのは困難だという現場の声は少なくありません。そのような課題を抱えた中でコロナ禍が訪れ,「診療参加型」という要件に加え,「患者接触を伴う病院実習の禁止」との条件下で臨床実習を見直し,オンライン稼働のできる学習環境を構築せざるを得ない状況に卒前教育は陥りました。
当初,市中病院の内科コア科臨床実習の指導医として,北海道大学と旭川医科大学の医学科5年次のStudent Doctorの実習指導に携わっていた私も例外なくコロナ禍の影響を受け,実習が中止となりました。それがオンライン臨床実習の開発を決意するきっかけとなったのは確かです。本稿は,教材開発に当たる中で得られた知見を中心に「診療参加型」臨床実習について改めて考察したいと思います。
初期臨床研修の2年間で飛躍的な成長が期待できる理由
執筆に当たり,これまで指導医としてかかわってきた初期研修医の顔を思い出してみると,初期臨床研修2年間での成長は目を見張るものがあることに気付かされました。そこに卒前教育にも応用できる医師育成のヒントがありそうなので,まずは卒前・卒後の相違点を考えることから始めます。
総論として,卒前と卒後の違いに「自己裁量の程度」が挙げられます。行動心理学者Alasdair Whiteは,適切なストレス環境下では能力を効果的に発揮できる「最適なパフォーマンスゾーン(optimal performance zone)」があると主張しています3)。これを初期臨床研修と重ねて考えると,積極性の乏しい見学者レベルの研修(comfort zone),あるいは過度のストレスや負荷が掛かったような研修(danger zone)では,適切なパフォーマンスや成長が得られにくいことに通じます。前者は精神的ストレスが小さく済むものの成長に必要な経験が担保されませんし,後者は恐怖感や事故のリスクが高まることで,試行の機会が減ったり致命的な過失を負ったりすることにもつながります。
したがって最適なパフォーマンスゾーンの要件は,1)学習者(Student Doctor/初期臨床研修医)および患者の安全が担保される,2)学習者が試行錯誤できる(=自己裁量がある)という2点に集約されそうです。つまり卒前より卒後での成長のしやすさは,「安全に試行錯誤して経験や学習を積み重ねられる環境」に起因するのでしょう。
患者接触を禁止されてStudent Doctorが失ったもの
さて冒頭の話題に戻ります。コロナ禍によって患者接触を伴う病院実習が中止とならざるを得ない状況に陥り,各医育大学ではオンライン臨床実習の開発を余儀なくされました。その知恵と努力の結晶は,『医学教育』誌〔51巻3号「特集 パンデミック下の医学教育」,52巻3号「特集 コロナ禍より生まれた医学教育イノベーション」〕にて報告されています。これらの論文に目を通すと,医育大学の共通の悩みは「Student Doctorは患者接触を伴う臨床実習の機会を喪失し,大学教員はコロナ禍で日常の臨床業務負荷が増大したことに加え新規教材開発等で余剰のエフォートが発生した」という点です。
したがってオンライン臨床実習を設計するに当たり,①患者接触禁止下では実現不可能なこと,②患者接触が無くとも代用可能なこと,③通常の病院実習では実現が難しいがオンライン臨床実習では可能なことに分けて整理して,②や③の領域をなるべく広く活用できるような学習環境をめざすことになります。コロナ禍で臨床実習に制約が生じたことで,次に挙げる本来の病院実習の価値を再認識できたのは,逆説的ではありますが興味深い結果です。
- ●患者との直接的なコミュニケーション
- ●五感を駆使したベッドサイドでの診察機会
- ●リアルタイムで変化する動的な患者情報
- ●介入や時間経過に対するレスポンス評価の機会
- ●患者やその家族,疾患の多様性を知る機会
- ●指導医の診療技術の見学機会
- ●各種手技,手術の見学/実践機会
- ●指導医との密なコミュニケーション
- ●医療現場の臨場感,緊張感
- ●医療スタッフとして振る舞わなければならないという一種の強制力
②「患者接触が無くとも代用可能なこと」の代表としては「臨床推論」が挙げられます。オンサイト,オンラインにかかわらず,臨床推論は比較的容易に臨床実習に組み込みやすいテーマであることが,先ほど挙げた『医学教育』誌に掲載された各大学の報告例からもわかります。むしろ症例情報や課題を自由に設計できるという点では,オンライン形式のほうが教材の標準化を図りやすく優れているとも見なせます。
意思決定の機会を担保し「診療参加型」を実現する
私がオンライン臨床実習の開発過程で強調したのは「意思決定の機会」です。例えば,治療方法の選択,中止のタイミング,入退院の判断,病勢の評価,患者・家族への病状説明といったケースです。病院実習の場合,患者安全の観点から見てもStudent Doctorに一任するわけにはいきません。しかし,オンライン臨床実習で仮想患者を対象とした場合には学習者の意思決定が実際の患者に影響を与えることは無いので,前述のdanger zoneを回避し心理的安全が担保された状態で意思決定が可能となります。
診療の様子を後追いでトレースするような見学型の臨床実習では受動的な学習しかできませんが,意思決定やクリニカルクエスチョンの想起を課題として設けることで,主体的な診療参加を疑似体験することが可能となります。当事者意識を持って「自分だったら次にどうするか」「その根拠は何か」という思考の習慣を学習環境のシステムに落とし込むことができれば,学習者は診療にかかわる内容のディスカッションを指導医と交わせるようになります。実際,筆者開発のオンライン臨床実習に参加した旭川医科大学医学部医学科5年次122人を対象としたアンケートにおいては,仮想患者にもかかわらず,オンライン臨床実習のほうが「医療チーム内で参加しているという感覚がある」と答える傾向を認めています(図)。模擬患者に対する診療に関して毎日のカルテ記載も課されており,意思決定・クリニカルクエスチョンの想起・カルテ記載という一連のサイクルがアウトプット主体の実習形式になっているので,学習者には「診療に参加している」という実感が芽生えるのかもしれません。
*
最後に,筆者が考えるオンライン臨床実習の価値を以下にまとめます。いつかコロナ禍が終焉を迎え,従来の日常が戻ったとしたら,臨床実習も元の姿に回帰するのでしょうか? コロナ禍で生まれた医学教育イノベーションの灯が消えてしまうのはもったいないと思いますので,1つの資産としてオンライン臨床実習が共存,さらには進化ができるような未来を個人的には期待しています。
オンライン臨床実習の価値
- ●新興感染症流行時や大規模自然災害時においても学習者に学習機会を提供できる
- ●教員の時間的/労力的エフォートを軽減できる
- ●模擬患者が学習対象であれば,学習者・患者の両方の安全を担保できる
- ●患者接触を伴う病院実習との併用(ハイブリッド形式)で付加価値を与えられる
参考文献・URL
1)文科省.医学教育モデル・コア・カリキュラム 平成28年度改訂版.2017.
2)厚労省.シームレスな医師養成に向けた取り組みの現状と課題.2019.
3)Alasdair W. From Comfort Zone to Performance Management. White & MacLean Publishing;2009.
民谷 健太郎(たみや・けんたろう)氏 救急科専門医/旭川医科大学オンライン臨床実習開発者
2009年旭川医大卒。同大病院にて初期研修後,札幌東徳洲会病院での救急科研修を経て,救急科専門医の資格を取得。過去には医師国家試験予備校講師を務めた経験もある。20年旭川医大地域共生医育統合センター助教。同時期よりオンライン臨床実習の開発を行った。現在は医系技官として行政職に就く。
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