医学界新聞

対談・座談会 山本 健人,柴田 綾子

2021.11.08 週刊医学界新聞(レジデント号):第3444号より

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[問]以下の①~④の単語の意味を,各100字以内で答えなさい(制限時間:3分)
①給与所得控除,②社会保険料控除,③小規模企業共済等掛金控除,④青色申告

 皆さんは答えられましたか? ①~④は全て確定申告書に記載のある用語ですが,意外と知らないものも多いのではないでしょうか。この問いにスラスラ答えられるほどのマネーリテラシーを身につければ,自ずとお金にまつわるリスクから自分や家族の身を守る力も養われます。さらに,お金の知識を得ることで,社会の仕組みも見えてきます。患者さんの悩みに向き合う際にもきっと役立つはずです。本紙では,医師でファイナンシャル・プランニング技能士2級の資格を持つ山本氏と,医師向けにお金に関するセミナー開催の経験がある柴田氏の対談を企画。正しいお金の基礎知識を若手のうちから身につける意義と,その学び方をご紹介いただきました。

山本 病院に勤務していると,投資や節税を勧誘する電話がよくかかってきませんか?

柴田 ええ。1か月に1~2回ほどの頻度であります。

山本 私が以前に所属していた病院のPHSは外部から直接つながる電話番号があったため,多い時には週に1~2度の頻度でかかってきました。実は私,悪徳な業者に騙されかけたことがあるんです。

柴田 えっ! どういう経緯だったのですか?

山本 ある日,PHSに電話がかかってきて――。

山本 はい,もしもし。

A 交換手です。〇〇という企業の方からお電話が入っています。

山本 聞いたことのない社名ですね。どのような企業ですか?

A 普段から当院と取引している企業です。院内の先生方とも多くやりとりしているので,怪しくはないと思いますよ。

山本 そうでしたか。では,電話をつないでください。

B お電話代わりました,株式会社〇〇のBと申します。今回は特別なご案内をしたいと思いまして。山本先生の所属されている医局で多くの先生方が行っている節税法です。よかったら一度ゆっくりお話しさせていただけませんか?

山本 わかりました。

B では,本日午後に病院へ伺います!

 それまでも怪しげな勧誘を電話で多数受けていたため最初は警戒していたのですが,この時だけは実際に企業の方と会ってしまいました。

柴田 なぜ警戒心が解けたのですか?

山本 交換手を名乗るAの話から「この企業は信頼できるんだ」と思い込んでしまったからです。一度相手を信用すると,その後は違和感になかなか気付けないものです。

柴田 電話の後はどうなったのでしょう。

山本 近くにいた後輩に上記の一連の話をしたところ,「交換手とうそぶいて会社の信用度を上げてから悪徳な不動産投資の契約を迫る勧誘方法が最近増えているらしい」と言われはっとしました。要するにAは病院の交換手ではなくBと同じ企業に所属する1人で,私は2段階で騙されかけたわけです。その後来院したBには丁寧に謝罪して帰ってもらいましたが,もし後輩がいなかったら勧められるがままに無理な投資に踏み切っていたかもしれません。

柴田 投資等を持ち掛ける企業の方の多くは具体的な数字を用いて商品の説明をするため説得力があり,一見魅力的な話に聞こえます。しかし現実にそんな「ウマい話」は存在せず,実際は勧誘主の企業だけが得するケースがほとんどです。

山本 見ず知らずの人から誘われる投資や節税に対しては懐疑的になるべきです。ただ,そう理解していても,相手の話術が巧みだったら,あるいは知人経由の誘いであったら,果たして断り切れるでしょうか。正しいお金の知識を身につけている人なら,資料を見ただけでそれが本当に「ウマい話」なのかが見抜けます。最低限のマネーリテラシーが,自分と自分の家族を守る盾となるのです。

柴田 私は,医師にとってマネーリテラシーは「人間力」を構成する要素の1つだと考えています。医師である以前に私たちは社会人です。社会を生き抜く1人の人間として欠かせない能力,すなわち「人間力」の中に情報リテラシーや交友術,そして最低限のマネーリテラシーが含まれると思うのです。この土台の上に臨床の知識・技術など医師ならではのスキル,つまり「医師力」やそれを継続する「努力」,そして「運」が乗る形をイメージします()。すると,診療を行う環境を整える上で「人間力」を育てるのが重要だとわかります。

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 医師の能力におけるマネーリテラシーの重要性(柴田氏作成)
医師として働く環境には,マネーリテラシーを含む「人間力」のスキルが土台になっている。

山本 医師としての「人間力」の中にマネーリテラシーが含まれるのはなぜですか?

柴田 お金の知識は社会制度の知識へとつながり,患者さんと信頼関係を構築するツールにもなり得るからです。例えば,多額の医療費支払いを抱える患者さんへのセーフティネットとして高額療養費制度()があります。患者さんにとって,このような制度をわかりやすく解説してくれる医師はどれだけ心強いことでしょう。

山本 同感です。また,治療や検査にかかる費用1)を知らない医師も少なくありません。医療費について聞かれた時に,大まかな数字だけでも答えられるようにしておくと,患者さんは安心すると思います。

柴田 加えてマネーリテラシーを身につけると,社会の仕組みが見えてくることも大きな特徴です。お金に関する法律や制度は頻繁に変わり,そのたびにメディアで取り上げられます。私自身,それまで意識していなかった税制のニュースを,お金の勉強を始めてから理解できるようになり,今では関心を持って耳を傾けています。

山本 社会の仕組みを知ると,現行の制度がいかにうまくできているかにも気付かされます。例えば源泉徴収票を見ると,自分の収入額と手取り額との間に大きな差があることは一目瞭然です。それに対し,不満を抱くケースは珍しくありませんし,かつては私もそうでした。しかしそのメカニズムを正確に理解すると,考えは少し変わります。基礎控除や給与所得控除,配偶者特別控除など,社会的な立場に応じて私たちが恩恵を受けられる仕組みの存在を知るからです。

柴田 税金の制度は,多くの人ができる限り平等に過ごせるよう細かく定められているのだと感じます。制度が細か過ぎて,初学者には理解しにくいのが難点でもありますが(笑)。

山本 とはいえこれらの仕組みは,確定申告書に書いてある単語の意味を知れば必然的に理解できる内容です。「お金の知識」と言うと,株や不動産でどんどん稼ぐイメージを持つ方も多いかもしれませんが,それは応用編でしょう。まずは一人の社会人として必要最低限の知識を身につけて,社会の仕組みに目を向けることが大切です。

柴田 確定申告書はマネーリテラシーを身につける上で良い教材となりますよね。私自身,確定申告を通じて勉強を行った1人です。

山本 初めて自力で確定申告をしたのはいつだったのですか?

柴田 初期研修が終わってひと段落着いた医師3年目の時です。源泉徴収票に書かれた税金の意味が気になったのを機に,自力で手続きを行いました。しかし自分なりに調べて作成した申告書類は,税務署で大幅に修正されてしまいました(笑)。

山本 必要書類の準備や経費の計算が煩雑で,初めての確定申告は困惑しますよね。

柴田 プロに任せたほうがよいと判断し,次年度は税理士に依頼しました。すると驚いたことに,とてもスムーズに書類が作成されたのです。その後税理士の元に伺い,前年度に抱いた疑問点を一通り聞くことで知識を身につけました。

山本 私も柴田先生と同じく,お金の勉強を始める契機となったのは確定申告です。臨床を経て大学院に進学し,医師8年目で初めて行いました。申告書類の一番上には自分の収入を書く欄があり,その下に社会保険料控除や扶養控除など「所得から差し引かれる金額」の記入欄が並んでいます。しかし,当時の私はそれらの単語の意味がほとんどわからなかったのです。自分の知識の乏しさに危機感を抱き,勉強を始めました。

柴田 山本先生はファイナンシャル・プランニング技能士3級・2級の資格を独学で取得2)されています。インターネットで検索するだけでも用語の理解はできるはずですが,資格取得という形を選んだのはなぜですか?

山本 より体系的に学びたいと思ったからです。全く知識のない分野を学ぶ際は,「何をどのような順番で学べば効率的か」がわかりません。しかし資格取得のような体系的なカリキュラムにのっとると,学習はスムーズに進みます。また,学びながら「まだ自分が知らないこと」の存在を認知しやすいのも利点です。

柴田 素晴らしいですね。では,これから勉強を始めたいと考える若手医師にも資格の取得を推奨しますか?

山本 時間に余裕がある方にはお勧めしたいです。とはいえ,医療以外の勉強を行う暇がない若手医師は多いでしょう。そういう場合は,柴田先生のようにプロに相談する方法が効率的です。それぞれの生活スタイルに沿った学習方法を選んでほしいですね。

柴田 リスクの回避や「人間力」の形成につながる正しいお金の知識は,学部教育で扱ってもいいくらい,医師にとって大切なものだと思っています。しかし実際には自ら学ぶしか術はありません。いきなり対価を払って税理士に話を聞いたり資格の取得をめざしたりするのはハードルが高いと感じる医師にとって,第一歩となり得る勉強方法は何でしょう。

山本 まずは関連書籍を数冊,手に取ると良いと思います。私のお薦めはMEMOの3冊です。どれも読みやすいので,息抜き読書の一環として参考にしてもらえれば幸いです。柴田先生が初学者に推奨したい媒体はありますか?

柴田 実践的なツールの1つとして,国税庁による「確定申告期に多いお問合せ事項Q&A」を推薦します。お金に関する情報がわかりやすくまとめられた個人のブログやSNSは多々あれど,正確性の面で国の文書が一番であることは言うまでもありません。同サイトでは10月からチャットボットの運用も始まっており,より活用しやすくなっています。勉強を始めてわからないことがあった時に有用です。

山本 公的機関が発信する一次情報はどんな勉強をする際にも重宝しますよね。お金の知識であれば,地域の税務署や年金事務所の電話相談窓口でも丁寧に教えてもらえます。私自身,初めて確定申告を行った時は何度もお世話になったものです。

柴田 書籍を読んでお金の勉強に興味を持ったら,試しに確定申告を自分でしてみてほしいですね。そこでわからないことがあれば,公的機関の無料ツールに頼ると良い経験になります。

山本 そしてさらに体系的に学びたいと思った時に,より専門的な存在として税理士への相談や資格勉強などを視野に入れると良いでしょう。この対談が第一歩を踏み出すきっかけとなればうれしい限りです。

柴田 そうですね。私たち医師は学生の時から限られたコミュニティで過ごすことが多いため,どうしても社会の制度や情勢に疎くなりがちです。まずは「お金の仕組み」という身近な窓口から社会に関心を持ち,政治や国の制度を考える契機になればと思います。今年度の確定申告から,ぜひ始めてみてください!

(了)

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MEMO 山本氏のお薦め書籍3 冊および各書籍へのコメント

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トマス・J・スタンリー,ウィリアム・D・ダンコ(著).早川書房.

億万長者と聞くと,豪華な家,高級車,ブランド品……そんなイメージを抱きがちです。しかし本物の億万長者は,必ずしもこういった派手な暮らしをする人々ではなく,意外にも一般的な住宅街に住む,普通の職業の人たちです。本書は,このことを億万長者1万人以上へのインタビューとアンケートから解説しており,読むと消費や資産に対する理想的な考え方が身につきます。

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橘玲(著).幻冬舎.

タイトルから「お金持ちになるために読む本」と誤解されるかもしれませんが,そうではありません。本書では,個人と法人の大きな違いや年金制度に対する正しいとらえ方などが日本の税制に沿って詳細に解説されており,まさに「社会の仕組み」を知ることができます。読み終わると,「こんな大事なことを知らずに今まで生きてきたのか」と頭を抱えます(笑)。

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後田亨,永田宏(著). 講談社.

生命保険会社で働いていた著者らが,入る必要のないと考える保険とその理由を紹介している一冊。もちろん有用な保険はたくさんありますし,実際保険によって救われた方も少なくありません。ただ,知識がないのに営業担当者に勧められるがまま次々と加入するのは危険です。本対談では直接話に上がりませんでしたが,保険の基礎知識を身につける入り口としてお薦めです。


:医療機関や薬局の窓口で支払う1か月の医療費が上限額を超えた場合に申請することで,その超えた額が支給される制度。上限額は年齢や所得に応じて定められている。

1)三谷雄己.研修医だからこそ知っておきたい「救急外来診療メニュー表」で学ぶ“お金”の話.週刊医学界新聞.2020.
2)山本健人.「医学の勉強+α」として大事な3つのこと.週刊医学界新聞.2020.

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田附興風会医学研究所北野病院 消化器外科

2010年京大医学部卒,21年同大大学院修了。博士(医学)。神戸市立医療センター中央市民病院での臨床研修などを経て,21年4月より現職。『レジデントのための専門科コンサルテーション』(医学書院)など著書多数。「自分と家族を守るため,将来のライフプランを見据えて適切な支出管理の方法を身につけてほしい」。(Twitter ID:@keiyou30
 

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淀川キリスト教病院 産婦人科

2006年名大情報文化学部卒,11年群馬大医学部卒。沖縄県立中部病院での初期研修を経て,13年より現職。近著に『患者さんの悩みにズバリ回答! 女性診療エッセンス100』(日本医事新報社)。「キャリア選択は,現在の人気や収入も大事ですが“自分が楽めること”が最も肝心だと思います」。(Twitter ID:@ayako700
 

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