医学界新聞

寄稿 小塩 靖崇

2021.10.18 週刊医学界新聞(通常号):第3441号より

 スポーツ医学ではアスリートのメンタルヘルス問題が注目されている。国際的にはアスリートのメンタルヘルス研究や実践は進み,既にケアシステムが実装されている国もある。日本では現場での取り組みが全くないわけではないが,本領域について国際学術誌で発表された研究はほぼ存在しない状況であった。

 筆者は,日本のアスリートにおけるメンタルヘルスの実態として,不調が高頻度に発生する状況や,対処行動に特徴が見られることなどの知見を日本ラグビーフットボール選手会と協働で発表してきた。

 2019年12月から20年1月までに実施された調査1)(251人が回答)では,男性ラグビー選手のメンタルヘルス不調者は42.3%。内訳は心理的ストレス(32.3%),中等度~重度のうつ不安症疑い(10.0%)などだった。また1年後のコロナ禍に実施した調査(20年12月から21年2月まで,227人が回答)では,男性ラグビー選手のメンタルヘルス不調者は25.2%。内訳は心理的ストレス(15.0%),中等度~重度のうつ不安症疑い(10.2%)などで,心理的ストレスが有意に減少した(論文投稿中)。この結果はリモートワークへの転換による自由時間の増加などの環境変化で,状態が改善される比較的軽症な一群(心理的ストレス)が存在する一方,専門家の支援を要する一群(中等度~重度のうつ不安症疑い)が一定数存在することを示した。すなわち,国内スポーツ組織に体系的なケアシステムを構築する必要性を示唆している。

 また文献1の回答者のうち日本人選手233人を対象にメンタルヘルスケアの知識や態度,行動,不調の関係性を分析した調査2)では,①抑うつの程度が強い人ほど他者に相談する傾向が弱い,②メンタルヘルスの知識が多い人ほど不調を抱える他者に肯定的な態度を持つ,③知識の程度と自身の不調時に相談する傾向には有意な関係がない,という可能性を示唆する結果を得た。つまり知識提供のみでは不調時に助けを求める行動を促すには至らないこと,ケアを要する人ほど相談しないことなどが考えられる。そのためケアを受けやすい環境作りや,相談によって得られるメリットを体験できるアプローチが必要かもしれない。

 そこで筆者は,アスリートがメンタルヘルスに関するメッセージを発信する「よわいはつよいプロジェクト」に取り組んでいる。ここではメンタルヘルス不調を含めて心の状態を受け入れ,つらいことに一人で耐えるのではなく信頼できる人と支え合い,共に問題を解決し前に進む心の在り方を共有する場を提供している。その中で,ラグビー日本代表の堀江翔太選手や姫野和樹選手が心の状態について語った記事を公開したところ4, 5),他の選手やスタッフもコメントが寄せられるなど,スポーツ界においてもメンタルヘルスが語られる機会となった。

 アスリートのメンタルヘルスケア研究の発展は,一般社会へのインパクトも大きいだろう。医療・教育・研究から各専門家が協力し,経験や知見を共有することでメンタルヘルスケアの環境作りを進めることが求められる。


1)Int J Environ Res Public Health. 2021[PMID:33572911]
2)PLoS One. 2021[PMID:34432823]
3)よわいはつよいプロジェクト.堀江翔太「リーダー,つよさゆえに。」.2021.
4)よわいはつよいプロジェクト.姫野和樹「がんばっていない選手なんて,ひとりもいない。」.2021.

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国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所 地域・司法精神医療研究部 研究員

2009年三重大医学部看護学科卒。17年東大大学院教育学研究科身体教育学コース修了。博士(教育学)。20年より現職。アスリートのメンタルヘルス課題のメッセージを発信する「よわいはつよいプロジェクト」研究代表を務める。