医学界新聞

寄稿 東島 仁

2021.10.18 週刊医学界新聞(通常号):第3441号より

 研究への患者・市民参画(Patient and public involvement in research:PPI)とは,患者や家族,支援に携わる人々など対象となるコミュニティのメンバーと研究者が,パートナーシップの下に協働することを通じてより良い研究開発をめざす取り組みである。これらの人々の声を研究開発に生かすことを前提として,PPIでは患者・市民と研究者が互いの視点や価値観を尊重したコミュニケーションを図る。具体的には,テーマの設定や計画作成に向けた検討等,意思決定を協働するパートナーとして患者・市民を位置付けた上で,先述した「より良い」の在り方自体を共に検討するわけである。

 国際的に知られるPPIの考え方は,「市民によって,または,共に研究が行われること。単に市民に対して,市民について,あるいは市民のために行われる研究は該当しない」という英国発祥の定義1)だろう。この場合,市民には患者や家族も含まれる。国内では,いち早くPPI関連の体制整備を進めた日本医療研究開発機構(AMED)が,「医学研究・臨床試験プロセスの一環として,研究者が患者・市民の知見を参考にすること」という定義2)を示している。いずれの定義にしても,患者・市民が研究対象者として研究に協力し,サンプルやデータを提供することはPPIではない。患者・市民と研究者が,研究開発への反映を見据えた双方向的な「対話」を行うことがPPIなのである。なお活動主体や地域,分野に応じて,ペイシェント・セントリシティやペイシェント・エンゲージメントなど種々の呼称が存在するが,本稿ではPPIとして統一している。

 現在,米国や欧州など世界各地の規制当局や研究助成機関,患者(支援)団体,研究機関,研究プロジェクト,企業などの多様な主体が,医学領域における研究開発の重要な過程として,時に連携しながらPPIを進めている3)。国内でも学会や研究機関,研究プロジェクト,企業の取り組みが増えてきた。AMEDの公募要領に記載されている「医学研究・臨床試験における患者・市民参画(PPI)の推進」の項目4)は,研究においてPPIが重視されていることの表れと言える。

 AMEDでは,「患者・市民参画(PPI)ガイドブック」5)を作成し,PPIの基本的な考え方や実践方法等を公開している。また企業でPPIを実施する際には,日本製薬工業協会(JPMA)が発表している「製薬企業がPatient Centricityに基づく活動を実施するためのガイドブック」6)が参考になるだろう。手短にコンセプトをつかみたい場合は,筆者らが作成してYouTubeにアップロードした5分程の紹介動画「研究への患者・市民参画」もご活用いただきたい。PPI事例に関心がある場合は,海外事例だが,革新的治療のための欧州患者アカデミー(EUPATI)が公開している日本語版無料教材EUPATI Toolbox7)が参考になる。医薬品の開発・承認審査などを主眼として,医薬品医療機器総合機構(PMDA)も「患者参画ガイダンス」8)を発表している。このようにPPIについては,各団体から資料が公表されている。参考にしていただきたい。

 PPIを組み込むことで,研究開発は研究者コミュニティの視点のみに根差したものから,患者・市民の価値観を加えた,より多角的な検討を経たものへと変化する。これには研究倫理上の問題の低減,経験知の活用,研究における民主化の推進という3つの観点からの意義があると期待されている5)

 1つ目の研究倫理上の問題の低減という観点からは,被験者保護やリスク低減に資することが期待できる。これは患者・市民が研究に参画することで,患者・市民目線の負担やリスクを検討できるからだ。2つ目の経験知の活用という観点からは,研究者の「専門知」に患者・市民の「経験知」が加わることで新たな展開につながると期待される。これらにより,医学研究・臨床試験を適切かつ円滑に実施する道,そして研究者のみならず患者や社会にとってより望ましい研究成果を創出したり社会に実装したりする道が開けるかもしれない。3つ目の研究における民主化の推進という観点からは,社会により求められる課題解決を実現できる可能性が高まると言える。これまで研究者界で閉じられていた研究に,程度の多寡はあれ患者・市民に開かれるプロセスが加わるためである。

 PPIとは,研究者と患者・市民が単にコミュニケーションをすることではない。研究者は,PPIにこれら3つの意義があると意識した上で,研究開発の一環としてPPIを位置付けることが重要である。

 研究者には,PPIの目的や対象とする人々,協力内容について,綿密な計画を立てた上で協力者を募集してPPIを実施することが求められる。研究に対する患者・市民の参画度合いやパートナーシップの程度は,PPIの目的や研究の規模や予算,性質,スケジュールに応じて変わるためだ。例えばアドバイザリーボードとして研究テーマの設定から成果の社会実装までかかわる場合があれば,評価指標の設定や研究参加者の募集方法の検討に際してのみ意見が活用される場合もある。また研究開発の全過程でPPIが必要とは限らない。参画する人々に求める経験やスキル,知識もPPIごとに違う。例えば他の患者の状況等を知る人々の参画が必要な場合がある。できる範囲でできることから始めるのが良いだろう。

 このように,PPIではその実施方法から,研究者が求める患者・市民の経験や知識,属性,提供される情報やその提供方法,協力者の物理的負担への対応,そしてフィードバックの方法まで,事前に検討・決定すべき事項は多岐にわたる。詳細については,前述のPPIガイドブック5)をご参照いただきたい。また筆者らは,より良い研究をめざすプロジェクトの一環として,研究者を対象としたPPI相談窓口を設置している。PPI実施に際して困り事がある場合には,こちらも活用していただければ幸いである。

 PPIの有意義な面や成功例のみに注目するのは現実的ではないという批判は常にある9)。一方で米国や欧州各地では,これまで多くのPPIが生まれ,手法の検討や支援システム,制度の整備が進んでいる。これはPPIの科学的,そして社会的な重要性が認識されている故であろう。

 国内のPPIは,基本体制が整備されたところである。コロナ禍の現在では対面でのコミュニケーションが制限さている。だがオンライン企画の普及は移動負担の軽減につながるためPPIへの追い風でもある。徐々にPPIに活用し得る各種素材や知見の蓄積も進んでいる。それらを土台に,患者・市民と研究者の双方にとって有意義で円滑なPPI実施を支える仕組みが形作られることを期待する。

筆者らが作成したYouTubeの動画「研究への患者・市民参画」は下記からご覧いただけます。


1)NIHR. Briefing notes for researchers―public involvement in NHS, health and social care research. 2021
2)AMED.AMEDの「研究への患者・市民参画(PPI)」の定義等.2018.
3)武藤香織.臨床試験への患者・市民参画「PPI」―日本における取り組み.週刊医学界新聞.2015.
4)AMED.令和3年度公募要領 臨床研究・治験推進研究事業.2021.
5)AMED.患者・市民参画(PPI)ガイドブック―患者と研究者の協働を目指す第一歩として.2019.
6)日本製薬工業協会.製薬企業がPatient Centricityに基づく活動を実施するためのガイドブック―患者の声を活かした医薬品開発.2019.
7)EUPATI. Toolbox. 2021.
8)PMDA.独立行政法人医薬品医療機器総合機構 患者参画ガイダンス.2021
9)Ball S, et al. Patient and public involvement and engagement in research:Enabling meaningful contributions. 2019.

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千葉大学大学院国際学術研究院 准教授

2001年慶大文学部人間関係学科心理学専攻卒。10年京大大学院生命科学研究科博士課程修了。博士(生命科学)。信州大医学部助教(特定雇用),山口大国際総合科学部准教授などを経て,20年より現職。専門分野は科学技術社会論,研究倫理,科学コミュニケーション。

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