専攻医を惹きつけ育て,組織の価値を高めるために
リクルート戦略をどう立てる?
対談・座談会 大杉 泰弘,大杉 泰弘,柏木 秀行
2021.09.13 週刊医学界新聞(レジデント号):第3436号より

「事業は人を中心として発展していくものであり,その成否は適切な人を得るかどうかにかかっている」――(松下幸之助『人事万華鏡――私の人の見方・育て方』PHP文庫,1977年)。
病院組織をマネジメントして継続的に機能させるためには,若手医師を戦略的にリクルートすることが欠かせません。加えて,中長期的なビジョンを持ち次世代のリーダー育成を見据えてビジネスモデルを構築することもマネジメントの重要なファクターです。
それでは,多くの専攻医を惹きつけるリクルート戦略を成功させる秘訣はどこにあるのでしょうか。4年連続で総合診療プログラムの専攻医数全国第一位を達成した藤田医科大学の責任者を務める大杉泰弘氏を司会に,飯塚病院と頴田病院でそれぞれ専攻医のリクルートに注力する3氏が語り合いました。
大杉 私たち3人は,これまで出身である飯塚病院で身につけたノウハウや,MBA(経営学修士)を取得するに当たり学んだスキルを生かして,組織マネジメントに取り組んできました。そして専攻医のリクルート活動にも力を注ぎ,2021年度も成果を上げています(表)。まずはお二方がリクルート活動を重視するようになった理由を教えてください。

柏木 診療科の機能を維持するために不可欠だと認識したためです。というのも,飯塚病院の連携医療・緩和ケア科はスタッフの多くが専門医取得をめざして2~3年間在籍した後キャリアアップをめざして異動します。組織の流動性が高いため,専攻医リクルートのサイクル維持は組織運営の生命線と言えます。
大杉 本田先生からはいかがでしょうか。
本田 2008年に院長に就任した中小病院の頴田病院では大学医局からの医師派遣が終了しており,医師確保が喫緊の課題であったためです。そこで専攻医のリクルート体制を立て直すことによる病院再建をめざしました。
大杉 私が2015年に赴任した豊田地域医療センターでも頴田病院と同様に医局派遣が細り,医師確保に課題を抱えていました。そこで責任者として藤田医科大学で総合診療プログラムを構築し,その連携先として当センターに総合診療科を立ち上げることで専攻医を確保するリクルート戦略を立てました。
ブランド化がリクルート戦略の要となる
大杉 本田先生はどのような戦略を考えたのでしょうか。
本田 ブランド化です。「地方の中小病院は地域医療の後方支援ではなく,最前線を担う病院である」という明確なビジョンを打ち出し,総合診療医が中心となって外来・在宅医療・病棟診療をワンストップに提供する「コミュニティ・ホスピタル」1)という体制を頴田病院に構築しました。この改革の中で意識したのは,「何をやらないか」を決定して,やるべき内容にリソースを集中することでした。
大杉 トヨタの経営戦略である「選択と集中」ですね。
本田 はい。大病院が得意とする診療内容では中小病院は競争優位になりにくく,差別化を図る必要がありました。そのため総合診療医によるプライマリ・ケア診療や在宅医療,地域包括ケア病棟などにかじを切ったのです。
大杉 コミュニティ・ホスピタルの理念は,当センターがめざす在り方でもあります。ブランドイメージを刷新して立ち位置を見直すことで新たな価値の創出に成功しリクルート力を高めた,中小病院再生モデルの好事例と言えますね。
柏木 私も本田先生同様,ブランド化を意識し,「2025年までに日本一の規模で緩和ケア医を輩出する機関になる」ことをビジョンに掲げました。具体的には2つのポイントを重視したリクルート戦略を立てています。
1つ目は緩和ケア医療の充実化です。近年注目される心不全を代表とする非がん領域や救急・集中治療領域における緩和ケアの適用や在宅医療,アウトリーチ活動まで幅広く実践しています。
2つ目は露出を増加することによる,若手医師からの認知度の向上です。充実化させた内容を広く知ってもらうためにWebサイトを立ち上げ,ブログやSNSで情報発信したり若手医師向けのセミナーを開催したりしています。
大杉 先日,ある医師から「緩和ケアで有名な飯塚病院」と言われて驚きました(笑)。緩和ケア業界では,そこまで飯塚病院というブランドが浸透しているのか,と。
柏木 ありがとうございます。ブランド力を強化して認知度をさらに高めるために,当科ではスタッフ一丸となってリクルートに取り組んでいます。
大杉 これはリクルート戦略の要と言えますね。これによって若手医師に興味や関心を持ってもらったり見学に参加してもらったりするフェーズにつなげ,戦略に幅を持たせることが可能になるのです。
参加者を徹底的に分析して効果的なアプローチを考える
大杉 加えて私は「リクルートの相手を知ること」が戦略立案の上では欠かせないと考えています。つまり,どういうパーソナリティを持った人がプログラムに参加してくれるのかを徹底的に分析し,リクルートのプロセスを可視化するのです。
柏木 マーケティングにおける「カスタマージャーニーマップ」(註1)の考え方ですね。
大杉 ええ。具体的には図のように5つのステージを設定した上で見学者の行動や心理,感情の動きを想定して病院の施策を分析します。ここで重要なのが,リクルートのターゲットを明確化するためにペルソナ(註2)を構築することです。
本田 具体的にはどのようなペルソナをイメージしているのですか。
大杉 大まかには以下の3タイプです。
①スタンダードタイプ
多くの若手医師が属するペルソナ像であり,地域医療に継続的に貢献する視点から,特に狙って獲得をめざすべきグループ。
②外部発信タイプ
高い志と幅広い領域への興味・意欲を持ち,自己実現のために医療外のことにも積極的に取り組むグループ。
③既卒タイプ
卒後ある程度の経験をすでに積んでおり,総合診療医を全国に広げる視点からアプローチを積極的に行うべきグループ。
これらについて詳細な人物像やキャリア像,ライフスタイルなどを綿密に設定します。そして「医師としての目標は何か?」「プログラムへの期待は何か?」などの具体的な問いを立てて掘り下げ,どのようなアプローチが効果的か分析するのです。
本田 ペルソナはどう作り上げたのですか。要素を網羅的に検討してターゲットのイメージを構築することは容易でないように思うのですが。
大杉 ある企業の協力を得て,プログラムに参加した専攻医ほぼ全員に1時間ずつインタビューを実施してパーソナリティを分析し,半年ほどかけて構築しました。
柏木 素晴らしい取り組みですね。他業種が持つリクルートのノウハウは魅力的です。当科でも企業のレクチャーを受講して学ばせてもらいました。
大杉 これまで医療界では,自分たちだけでリクルートを行う「自給自足」の風土が強かったと思います。もちろん自主的な取り組みは大切ですが,リクルートに関しては企業の採用担当者がプロフェッショナルです。この力を借りない手はありません。強みを持つ外部リソースを積極的に活用することで,これまで以上の大きな成果が生み出せると感じています。
「ここならではの教育」を提供することで差別化を図る
大杉 リクルート戦略を語る上で,欠かせないのが教育体制の整備です。2つは車の両輪と言えるでしょう。
柏木 そうですね。多くの若手医師をリクルートできれば,教育に割くリソースが生まれて教育体制の充実化が図れます。教育体制が整備されれば,その魅力が若手医師に訴求してリクルート力をさらに高めるのです。
大杉 「ここならではの教育」による差別化ですね。お2人が力点を置くポイントはどこですか。
柏木 突然のお看取りや治療中止を伝える面談などのシミュレーション教育の実践や,「教え,教えられる」屋根瓦式の教育の提供です。一般的に緩和ケア施設では即戦力として採用のニーズ...
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大杉 泰弘(おおすぎ・やすひろ)氏 藤田医科大学連携地域医療学 准教授/豊田地域医療センター副院長
2004年藤田保衛大(当時)医学部卒。同大病院にて初期研修修了。飯塚病院総合診療科で家庭医療プログラムの立ち上げにかかわる。15年に藤田医大連携医療学准教授として総合診療プログラムを立ち上げ,豊田地域医療センターに副部長として赴任。17年より副院長。

本田 宜久(ほんだ・よしひさ)氏 頴田病院院長/九州大学医学部臨床教授
1999年長崎大医学部卒。飯塚病院にて初期研修修了後,同院総合診療科と呼吸器内科を経て2008年より飯塚病院に経営移譲された頴田病院院長に就任。黒字経営に向けたマネジメントと経営改善に取り組む。10年には4億円超の累積赤字を経常黒字化に導いた。18年より九大臨床教授を兼任。

柏木 秀行(かしわぎ・ひでゆき)氏 飯塚病院 連携医療・緩和ケア科部長
2007年筑波大医学専門学群(当時)卒。飯塚病院にて初期研修修了後,同院総合診療科と緩和ケア科を経て,16年より現職。同院の地域包括ケア推進本部副本部長を兼任。日本緩和医療学会専門医認定・育成委員会にて副委員長を務める。
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