医学生が知っておきたいアルコール問題
寄稿 吉本 尚,川井田 恭子
2021.08.09 週刊医学界新聞(レジデント号):第3432号より
国際連合や世界保健機関をはじめ,さまざまな学会・団体等から新型コロナウイルス感染症のパンデミックにより,メンタルヘルス危機に関して注意喚起がなされています1)。その中でも,世界的なアルコール摂取量の増加が見られます。英国では2020年のアルコール関連死者数が前年比19.6%増加し,過去最高の数字2)となりました。日本でもアルコール関連の相談件数が急増しています。アルコール対策は世界的な喫緊の課題と言えます。
急性的なアルコールの問題に要注意!
2013年に開始された健康日本21(第二次)では,1日当たりの純アルコール摂取量が男性では40 g以上,女性では20 g以上を「生活習慣病のリスクを高める飲酒」とし,その割合の減少を目標とした取り組みを行っています3)。日本人を含むモンゴロイド系の人々には,飲酒時に発生する有害物質アセトアルデヒドを分解するALDH2(2型アルデヒド脱水素酵素)が低活性もしくは不活性型4)で「お酒に弱い体質」の人が多く,日本人の4~5割を占めます。そのため,体質によってまったく飲まないか少量にとどめることが重要になります。
アルコールの問題は,慢性的なものと急性的なものに大別されます。日本では,アルコール依存症や高血圧,脂質異常症,痛風,がんなどの慢性的な問題が議論されることが多いです。アルコールが原因となる死亡や障害ではがんや肝臓疾患をイメージする方も多いのではないでしょうか。
しかし世界的に見ると,アルコールに起因する死亡や障害のうち,発生率の1位は急性的な問題である外傷なのです5)。これにはケンカや飲酒運転による事故も含まれます。また急性的な問題の1つとして頻繁に取り上げられる急性アルコール中毒は,医学生のような若い人にも身近な問題です。急性アルコール中毒で救急搬送される患者は20歳代が最も多く,その結果命を落とす悲しい事故が後を絶ちません。
「飲み放題」というシステムに潜む危険性
急性アルコール中毒を引き起こす飲み方の一つに「ビンジ飲酒(むちゃ飲み)」があります。これは2時間で男性では純アルコール摂取量50 g(ビール中ジョッキ2杯半),女性では40 g(ビール中ジョッキ2杯)を超える飲み方です6)。ビンジ飲酒は「ストレスを発散したい」「嫌なことを忘れたい」という飲酒理由と関連が高いことが示されています7)。またビンジ飲酒の結果として対人関係上の問題や自責の念を抱きやすいことも示されています8)。
このようにビンジ飲酒はリスクが高い飲み方ですが,日本にはビンジ飲酒を助長しかねないシステムがあります。そう,「飲み放題」です。多くは2~3時間で制限時間が設定されており,短時間で多量のアルコールを摂取することになります。2010年に世界保健機関は,飲み放題のような一定価格で酒量フリーのシステムは危険なので禁止するべきと提言しています9)。
日本の大学生511人を対象にした筆者らの研究によると,飲み放題の利用で飲酒量が約2倍程度(男子学生で1.8倍,女子学生で1.7倍)増えることが示されています(図)10)。背景には「元を取らないともったいない」「せっかくだからさまざまなお酒を飲みたい」という気持ちがあると思います。そして「ラストオーダーです」と言われるとここぞとばかりに注文し,短時間で飲み干した経験がある方もいるでしょう。飲み放題はビンジ飲酒につながり,体調不良や命にかかわる事故が起こりやすいシステムと言えます。

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吉本 尚(よしもと・ひさし)氏 筑波大学医学医療系地域総合診療医学 准教授
2004年筑波大医学専門学群卒。博士(医学)。勤医協中央病院,奈義ファミリークリニック,三重大大学院医学系研究科家庭医療学分野助教を経て,18年より現職。厚労省「第1期アルコール健康障害対策推進基本計画における対策の取組状況および効果検証に関する研究」研究代表を務める。

川井田 恭子(かわいだ・きょうこ)氏 筑波大学医学医療系研究員
1991年自衛隊中央病院高等看護学院卒。博士(ヒューマン・ケア科学)。自衛隊病院,防衛医大看護学科教員を経て,2018年より現職。大学生のビンジ飲酒を予防する教育プログラムの開発・構築に取り組む。
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