補完代替療法を望む患者に対して看護師ができること
寄稿 大野 智
2021.07.26 週刊医学界新聞(看護号):第3430号より
筆者は,認定看護師・専門看護師の資格をめざす学生(大学院生)を対象に,複数の大学院等で「補完代替療法」に関する講義を受け持っている。日本看護協会が公表している認定看護師教育基準カリキュラム1)によると,がん領域を中心に講義の学習目標として,補完代替療法に関する相談に応じられるようになることが挙げられている。つまり,看護師は患者が補完代替療法に対して抱く疑問や不安についての相談窓口という重要な役割を医療現場で担っていると言える。本稿では,患者から相談を受けた際の対応におけるポイントや注意点について概説する。
科学的検証が進む補完代替療法
実のところ,「補完代替療法」という言葉に国や行政機関が示す明確な定義は存在しない。ただし厚労省の検討会では,補完代替療法を包含する統合医療(註)を図2)のように位置付け,科学的検証と情報発信に取り組んでいる3)。本稿においては,近代西洋医学に組み合わされる各種療法を補完代替療法とする。
では,果たして補完代替療法は効くのだろうか。有効・無効の二者択一であれば「有効」(効く)ということになる。医学的に治療法の有効性を謳うにはランダム化比較試験(RCT)で効果が立証されていなければならない。健康食品,鍼,マッサージ,音楽療法,瞑想,ヨガ,アロマセラピーなどの補完代替療法に関するRCTの報告数は,米国国立医学図書館が運営するPubMedで検索すると,2010年以降は年間1500~2000報で推移している。もちろん全ての報告で有効性が証明されたわけではないが,近年,補完代替療法の科学的検証が進められてきていることは知っておいてもらいたい。
ただし,有効性の内容については吟味が必要である。がん領域を例に挙げると,補完代替療法による患者の生存期間延長など直接的な治療効果を証明した報告はない。一方,がんの進行に伴う身体的・精神的症状の改善,治療に伴う合併症・副作用・後遺症の軽減などQOL改善に関する補完代替療法の効果は複数報告されている。補完代替療法は患者のQOLをさらに向上させることが目的であると念頭に置いてもらいたい。
利用可否の判断基準は
鈴木らの報告では,がん領域における補完代替療法の利用目的で最も多かったのが「精神的な希望」とされている4)。つまり,がんと診断され不安や恐怖に襲われている状況をなんとかしたい一心で,補完代替療法を利用していることがうかがわれる。これは,医療現場において患者への心理的ケアが十分に行われていないことの証左かもしれない。逆説的ではあるが,患者に対するケアが十分に行われていれば補完代替療法に頼らずに療養生活を送れた可能性もある。
それでは,患者から「補完代替療法を利用したい」と言われた時には何を考えればよいのか。まず意識すべきは決断・行動の意思決定プロセスにおける行動指針としての,科学的根拠に基づく医療(EBM)だ。EBMを実践する際,意思決定に影響する要因として「科学的根拠」「資源」「価値観」の3つがある。
◆科学的根拠:主にRCTなどの質の高い臨床研究の結果が該当する。ただし,RCTの報告があるから実施すべき,ないから実施すべきでない,と短絡的に考えてはならない。科学的根拠は意思決定を行う際の「判断基準の一つ」である。そのため意思決定の際には,科学的根拠以外の要素も考慮するため,RCTが示す結果と異なる判断を下すこともあり得る。
◆資源:費用,時間,労力などが該当する。例えば費用について,金額によって補完代替療法の利用可否を一律に線引きできるものではないが,もし長期間の利用を想定した時,経済的負担を感じるのであれば利用しないという判断はあって然るべきである。なお,高額な費用がかかる補完代替療法を利用し始めると,支払ったコストを取り戻そうとする心理(サンクコスト効果)が働き,後戻りできなくなる恐れがあるので注意を要する。
◆価値観:効果と副作用のどちらを優先するか,その大きさや程度がどれくらいの数値であれば納得・許容できるかは人によって受け止め方が異なる。これは個人の価値観によって判断が異なることを意味する。注意すべき点として,価値観は人によって千差万別であり,唯一無二の正しい価値観があるわけではないことを,医療者は肝に銘じておく必要がある。
利用可否の判断の際には,デメリットも併せて検討したい。1つは健康被害である。補完代替療法そのものによる健康被害もさることながら,体の状態によって避けるべき補完代替療法がある点も覚えておきたい(例:出血傾向のある患者への鍼治療や指圧・マッサージ)。また,健康食品などは医薬品との相互作用にも留意が必要である。
2つ目は経済被害。消費者庁が集積した事故情報5)では,契約・請求時などのトラブルが最も多い。マーケティングの名のもと,患者の心理を悪用する販売手法は後を絶たない。トラブルに巻き込まれていないか丁寧な聞き取りが求められる。
最後に注意したいのは機会損失である。補完代替療法を盲信し標準治療を受ける適切なタイミングを失うと,本来得られたかもしれない利益をも失うことになる。標準治療を否定している補完代替療法には近付かないといった慎重な姿勢が必要だ。
患者から質問されたときの受け答えはどうする?
筆者個人の意見であるが,「なぜ補完代替療法を利用してみようと考えたのか,もしよろしければ経緯や理由を詳しく教えてください」と受け答えしている。繰り返すが,補完代替療法を利用する目的は「精神的な希望」が最も多い4)。その背景には「なぜ自分は病気になったのか?」(後悔),「この先,自分は死んでしまうのではないか?」(不安),「今受けている治療は本当に自分にとってベストなものなのか?」(葛藤)など,多種多様な悩みが渦巻いていることが推察される。そして患者の悩みを解決・解消するために何ができるか,医療者が一緒に考える姿勢を示し,可能な限りの対処方法を提案することで,補完代替療法は必要ではなくなるかもしれない。患者がもし補完代替療法の利用を検討することになった場合には,前述の判断基準や注意点を参考に,適切なコミュニケーションを図ってもらいたい。なお補完代替療法の相談を受けると,しばしば医療者は科学的根拠を突きつけ,「患者を説得しよう」「患者を正そう」という態度になりがちである。しかし,患者が求めているのは,事実よりも安心感,説得よりも納得であるかもしれないことを忘れないでほしい。
註:厚労省の検討会の報告によると,「近代西洋医学を前提として,これに相補(補完)・代替療法や伝統医学等を組み合わせて更にQOLを向上させる医療」と定義されている3)。
参考文献・URL
1)日看協.認定看護師教育基準カリキュラム.
2)厚労省.「統合医療」のあり方に関する検討会.これまでの議論の整理.2013.
3)厚労省.「統合医療」情報発信サイト[eJIM].
4)鈴木梢,他.緩和ケア病棟で亡くなったがん患者における補完代替医療の使用実態と家族の体験.Palliat Care Res.2017;12(4):731-7.
5)消費者庁.事故情報データバンクシステム.
大野 智(おおの・さとし)氏 島根大学医学部附属病院臨床研究センター 教授
1998年島根医大(当時)卒。2002年同大大学院修了。金沢大,帝京大,阪大等を経て18年より現職。日本緩和医療学会ガイドライン統括委員会(補完代替療法分野担当),厚労省「統合医療」に係る情報発信等推進事業などに従事。
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