医学界新聞


武村 雪絵氏に聞く

インタビュー 武村 雪絵

2021.07.26 週刊医学界新聞(看護号):第3430号より

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 新型コロナウイルス感染症(以下,新型コロナ)の流行初期(2020年3~4月)に看護管理者は,情報が少ない中で職員を守るために奔走した。職員の心身の健康を守りながら患者へのケアや病院機能を継続するという厳しい状況に直面し,頭を悩ませた看護管理者は多いだろう。しかし同時に,新型コロナ対応で得られた知見は,次なる新興感染症に立ち向かう「知の結晶」でもある。

 これを体系化すべく,武村雪絵氏は研究代表者として「新型コロナウイルス感染症に対応する看護職員の確保及び最適なマネジメント検討に向けた実態調査研究」(MEMO,以下,本研究)に取り組んだ。職員の力を引き出す看護管理の在り方を研究する武村氏が本研究を通じて見いだした,看護職員の確保や看護体制維持のマネジメントを今後に生かすビジョンとは。

――本研究では,新型コロナ流行初期に看護管理者がどのように看護職員を確保し,看護体制を運営するマネジメントをどう講じたかを明らかにしています。まずは実施に当たって抱いていた問題意識を教えてください。

武村 現場のために看護管理学の研究者として何ができるのか? これを流行初期から考えてきました。そして実践報告が持つ情報の豊かさを踏まえ,複数の実践報告から共通項を見いだして現場で活用しやすい知に転換することが私たちの役割だと思いました。併せて,看護管理者の思考プロセスや今後の課題の抽出を心掛けました。

――新型コロナ対応に当たった病院では,感染患者受け入れ時とクラスター発生時でマネジメントに差があったのではないでしょうか。

武村 いえ,実は基本的に同じ方策でした。もちろんクラスター発生時はより迅速かつ困難な対応が求められましたが,マネジメントには重なる部分が多々見られたのです。そして本研究のインタビュイーである看護管理者らが実施していた方策が,過去20年の文献から明らかになった新興感染症流行時のマネジメントの大部分をカバーしていたことも驚きでした。

――特に感染拡大初期には,新型コロナに関する情報が不足しており,看護管理者は手探りで立ち向かわざるを得ない状況だったように思います。なぜ多くの病院で過去の事例に即した,多角的で有効な手を打つことが可能だったのでしょうか。

武村 病院トップに2つの姿勢があったからだと考えています。1つ目は,病院を挙げて職員を守ると明確に宣言する姿勢です。病院長などが全職員に対して自施設のミッションと職員を守る姿勢を明確に示し実行することで,職員の働く気持ちが支えられました。

 2つ目は,新型コロナへの対策を地震や火災などと同様,一種の災害として認識する姿勢です。これによって病院が一丸となって災害時体制に切り替わることができ,病院全体としての迅速な意思決定や部門間調整,資源投入を行えるようになりました。

――つまり,病院が2つの姿勢を示したことが看護職員を含む全職員をエンパワーメントし,「総力戦」の体制で臨むことが可能になった,と。

武村 その通りです。これらの姿勢に基づいて,看護管理者はありとあらゆる方策を実践していました。本研究では,看護職員を確保して看護体制を作る「体制構築フェーズ」と,確保した看護職員を支援しながら看護体制を維持する「組織運営フェーズ」の2つにそれらを区別して分析しています。

――それぞれのフェーズでは,具体的にどのようなマネジメントが行われていたのでしょうか。

武村 「体制構築フェーズ」では,通常診療の縮小と専用病棟の決定を行った上で,専用病棟で勤務する職員の選定などが行われました。選定に当たり,多くの病院では看護師本人の意思や感染対策技術,基礎疾患の有無などに加えて,家族の意思や高齢者・子どもとの同居状況が確認されていました。職員確保が困難な中でも,職員を守る基本姿勢が貫かれていたと感じます。

 クラスター発生時も同様の確認が行われましたが,中には丁寧な意思確認ができず,心の準備が不十分なままに専用病棟に配置される看護師もいました。クラスターが発生し,濃厚接触者の看護職員が2週間自宅待機となった病院では,深刻な人員不足の状態に陥りました。そのため,早期の看護職員の確保は深刻で困難な課題です。

――次なる新興感染症に対応する際に看護体制を円滑に構築するためには,何が重要なのでしょう。

武村 事前の備えです。例えば平時から看護職員に対して感染管理の知識やスキルの教育を行うことは欠かせません。地震や火災などの災害で訓練を行うのと同様に,新興感染症を想定したシミュレーション訓練を実施することが大切と言えます。感染患者受け入れ時のゾーニングや動線を確認しておくことで,緊急の際に迅速に対応できるでしょう。

――事前準備の徹底は,有事の看護体制の構築に当たって不足する看護職員の確保にもつながりそうですね。

武村 はい。事前に看護職員に対して専用病棟で勤務する意思を確認したり,家族との話し合いを促したりすることで,早期の人員確保が容易になります。ある病院では事前に意思確認を行い,専用病棟に従事できる看護職員のリストを作成していました。そのため看護管理者はクラスター発生時,迅速な再配置を行うことができました。看護職員も心の準備をした上で専用病棟での勤務に臨むことができたでしょう。実践的な事前準備が新興感染症への備えになるのだと実感しました。

――構築した体制を維持する「組織運営フェーズ」での実践はどうでしたか。

武村 職員を守るという姿勢の下,全職員に対する幅広い人的・物的な支援が行われました。専用病棟の看護職員には手厚い人員配置や休憩の確保,きめ細やかな感染対策支援,多職種による周辺業務支援,現状や見通しの情報共有,心のケアなどが行われました。

 同時に専用病棟以外の部署も,感染への不安や専用病棟に人員が割かれたことによる負担が大きく,多くの看護管理者はそれらの対応も行っています。看護管理者は全職員に対して感染対策の正しい情報を提供しながら,組織の一体感の維持に努めていました。

――看護管理者は大きな責任と膨大な業務量を抱えているため,これらを一手に担うのは容易でないではないように思います。

武村 これらのマネジメントを実施する上では,院内外の資源を活用することが求められました。そして一部の看護管理者からは,院内の他部門や地域の医療施設,看護協会等にもっと協力を求めればよかったという声が聞かれました。これは本研究から見えた課題と言えます。

――今後の解題解決の糸口となる,協力の好事例はありましたか。

武村 新型コロナ対策本部で情報共有し,業務調整を含む意思決定を行った病院では,患者の買い物や洗濯を事務職員が担うなど多職種の支援が円滑に実行されました。またクラスターが発生して深刻な人員不足に陥った病院に対しては,支援要請に応じて看護協会やナースセンターを通じた災害支援ナース等の派遣が行われました。

 一方,新型コロナ対策本部が病院トップからの情報伝達の場になり,看護部の窮状が十分に伝わらなかった病院では,看護職員が周辺業務で疲弊したり,感染管理認定看護師が事務作業に追われて現場支援に入れなかったりしました。看護部でオーバーフローする業務についてどこに協力を依頼できるのかを日頃から考え,有事に支援を求める力が看護管理者には欠かせません。

――本研究で見いだされた多角的な知見を今後にどう生かすのか,先生のビジョンを教えてください。

武村 冒頭でお伝えしたように,看護管理の現場で活用できる知恵に転換することが私たちのミッションだと考えています。日本看護管理学会では,厚労省の研修委託事業として今年の8月から3回,看護管理者向けの研修を実施します。研修の場で共有するため,本研究で得た知見を以下のように「新型コロナウイルス感染症対応から学ぶ看護マネジメント10か条」に整理しました。

◆基本姿勢2か条
 ●非常時であることを宣言し,組織が一丸となって取り組む体制を作る
 ●組織として職員を守るという明確なメッセージを全ての職員とその家族に伝える

◆重要実践6か条
 ●感染者に対応する看護職員の選定方針を示し,心・技・体が整う看護職員を見つける
 ●感染対策を含むさまざまな人的・物的支援を職員に届ける
 ●看護職員が担うべき業務に集中するために組織内の利用可能性がある資源を探し出す
 ●最新の情報や院内の情報を速やかに職員に届ける仕組みを作る
 ●組織内の差別的発言・温度差や周囲の風評被害により職員が傷つけられることを防ぐ
 ●看護管理者は正解がわからない状況でも前に進むために選択し説明することを続ける

◆将来に備える2か条
 ●災害の1つとして新興感染症対応の準備をする
 ●地域の医療施設・福祉施設間で相互に協力し合える関係を作る

 この10か条をベースに資料を作製し,研修で配付します。研修では新型コロナ対応の要諦を伝え,現場で対応に当たった看護管理者に実例を話してもらう実際的な内容を考えています。

――新型コロナ収束後にも,看護管理者が参照できる知恵となりそうです。

武村 資料は日本看護管理学会のWebサイトに掲載し,いつでもアクセスできるようにする予定です。来る新興感染症に対する平時からの備えとして,また有事の際の知恵として,本研究の成果が看護管理者に広く活用されることを願っています。

 

(了)


厚生労働科学特別研究事業として,①医療施設・障害者施設調査,②宿泊療養施設調査,③文献調査の3つの調査が行われた。①②では,看護職員確保や支援のマネジメント方策に関するインタビュー調査が実施された。①の対象者は,2020年4月頃までに新型コロナ感染者の受け入れもしくはクラスターの発生を経験した病院の看護管理者,およびクラスターが発生した病院や障害者施設に派遣された感染管理認定看護師など計38人。②では宿泊療養施設で管理的立場を担った看護職や保健師,計5人を対象とした。③では過去20年分の文献1179本から基準に該当する71本を抽出し,新興感染症発生時に病院や看護管理者が看護職員に実施した取り組みを34のカテゴリーに分類した。調査結果は厚生労働科学研究成果データベースで公開している。

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東京大学大学院医学系研究科 准教授 健康科学・看護学専攻 看護管理学/看護体系・機能学分野

1992年東大医学部保健学科(現・健康総合科学科)卒。博士(保健学)。同大病院,虎の門病院分院に看護師として勤務。2000年東大大学院医学系研究科健康科学・看護学専攻修士課程修了,03年同専攻博士課程単位取得退学後,同専攻助手を務める。06年より同大病院副看護部長。11年同大医科研病院看護部長,12年副病院長兼務。15年より現職。著作に『ミッションマネジメント――対話と信頼による価値共創型の組織づくり』(医学書院)。

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